閑話 小さな戦士の苦悩
「第7話 泉からの帰り道」のすぐあと。
別視点のお話です。
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(なぜ、許してしまったのでしょう)
無言で歩くニトさんの後ろを、わたしはどうすることもできずに、こうしてただ付いていくばかりです。いつもみたいにわたしを馬鹿にしたり、意地悪したりもせずに、ただ黙々と、わたしに合わせた歩幅で前を歩いているのです。
全部、ニトさんが悪いのです。
男の人の大きな手に、撫でられるというのは、初めてのことだったのです。
ニトさんはわたしの、乙女の、初めてを勝手に奪ったのです。サイテーです。
サイテーだから、わたしはすぐに、怒ればよかったのです。その手を払いのけて、やめてくださいと言ってしまえばよかったのです。もっともっと、足を蹴ってやればよかったのです。
でも、それができませんでした。
あんなに、優しく触れられたのは初めてでした。
あんなに、寂しそうなニトさんの顔は初めてでした。
言えなかったのです。何も。出来なかったのです。何も。
声も出せなかったのです。
何も言わせてくれなかったのです。ニトさんの目に縫い付けられて、ただただ、わたしはそれを受け入れてしまったのです。反則です。やっぱりサイテーです。蹴ります。
…………。
…………アライクンさんに会うのは、すこし気が重いのです。
アライクンさんはすごくいい人です。ケンサとケイヤクのときに、なにかすごく難しそうな顔をしていました。でも、すごく優しくて、いい人です。
なによりもお風呂がキレイでした。できればもう一回入ってみたいのですが、やっぱり何回もお邪魔するわけにもいきません。わたしもあんなお風呂がある家に住んでみたいです。ニトさんが言うにはぎるどに入ればいけるかもしれないそうですが、わたしにはなんだか、夢のまた夢に思えてしまうのです。
アライクンさんは、なにもいいませんでした。
ニトさんがわたしをさらった日です。ユーカイです。はんざいしゃのニトさんはわたしが蹴るからいいのですが、リーダーがもしかしたら、もしかしたら、協会にれんらくを入れてくれてるんじゃないかなんて、わたしは思いました。
そうしたら、ケーヤクのときに何かいわれるんじゃないかと思いました。ですが、アライクンさんは何もいいませんでした。ケーヤクがかんたんにすんでしまったのです。なにも問題がなかったのです。それがなんだかショックでした。
でもその日のことだったので、しょうがないのです。まだれんらくが来てないだけかもしれません。
協会にもいきました。
やっぱり何もないと言われてしまいました。こんどばっかりは、どうしようもありませんでした。もう何日もたっていて、こんどは街の協会にいったのですから。
なんとなく、リーダーの気持ちは、わかっていたのです。
わたしにあんまり興味がないのかな、なんて。泣きませんでした。戦士なので。
ニトさんは、どうなのでしょう。
わたしをユーカイするようなヒトにはまちがいないのですが、よくわからないのです。すごく物知りだなあと思うこともあるのですが、変なところで何も知らなかったりします。
お店で「テイリングって何ですか?」なんて聞かれたときは、こっちが恥ずかしくなってしまいました。それは、まあ、ニトさんはしっぽのないケットシー種の方ですから、しっぽの穴の位置決めをしたことがないのかもしれませんが、それにしたってテイリングくらいはしっておいてほしいものです。
ときどき、すごく暗い顔をするのです。
わたしのほうが心配になってしまうくらい、辛そうなときがあるのです。もちろんわたしは、いまはニトさんの戦士ですから、ニトさんを守るやくめもあるのですが。
それにしたって隠し事が多いのです。ニトさんのことはわかりませんが、わたしのことは、はっきり言って欲しいのです。戦士ですから。パーティですから。
前を歩くニトさんがこっちを振り返りました。
わたしは顔をそらします。頭を勝手にさわる人なんて知りません。わたしの心配なんかするまえに、自分のことを考えたほうがいいと思います。ふん。
…………、……やさしいヒトでは、あると思うのです。
わたしが笑われてたときに、わたしを隠すように前を歩いてくれました。いまもこうして、わたしのペースに合わせてくれています。
服も買ってくれました。わたしの司令になって、どうすればいいかを教えてくれます。わたしなんかのためにここまでしてくれるのです。
ニトさんはわたしがつよくなってしまえば、きっとわたしをリーダーのところへ返すつもりでいます。もともとその約束でしたから。
でもわたしに戻るパーティはありません。探してもくれないヒトたちのところへ、どんな顔をして会いにいけばいいのかもわかりません。
ニトさんには、夢はないのでしょうか。
もし、もしですが。ニトさんが司令としてずっとやっていくつもりなのであれば、わたしをここに置いてくれないかと、そんなことを願ってしまうのです。ジンメンタケみたいな顔をするくらい嫌そうではありましたが、それでも、ニトさんはたくさんのことを知っています。もったいないです。
そう! もったいないのです! もったいないから続けるべきです! 決してわたしのためではなくてですね。ニトさんの輝かしい将来のためにです。それで、それで、もし戦士が足りないようでしたら、そういうことも、まあ、なくはないのかなあと思ってしまいます。
それまでに、どうにかしてでも強くなるしかありません。
それしかないのです。
そうだ! そうです!
ヒジョーシュダンとして、服のお金のことを理由にするのもいいかもしれません。
これから依頼をこなすこともあるかもしれませんが、あんまりお金を受け取らないようにしておくのです。そしていざ野に放たれそうになったとしても、「お金を返すまでは!」なんていってつきまとうのです。
……いいですね! それしかありませんっ!
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