第15話 決裂
「…………!」
自分に向かってくる数匹のハウジールドを見て、レフィは剣を構えた。無茶だと、俺が叫ぶ前に、レフィは回りこむように地面を蹴った。すかさず追いつこうとするハウジールドに、レフィはさらに逆方向へ切り返す。先頭の一匹が足を滑らせた。
そうか。
レフィには最初から剣を振る気がない。迎撃するには数が多すぎるけれど、逃げに徹するならば彼女の足であれば可能だ。
そうしている間に、アグニフの近くにはすでにいくつかのクリスタルが転がっている。敵の手数が減って一気に勢いを取り戻した彼女は、一番手近な一匹にトドメを刺すと、後方に固まっていた残党に向かって突入していく。
優勢になればもう止まらない。手こずらされた苛立ちを一度に晴らすがごとく敵の命を散らしていく。一匹、また一匹。
逃げようとする最後に一匹に両手の剣を同時に突き刺し、えぐるように引き抜く。
ぱっと光りが弾け、そしてやっとのことで彼女は顔をあげた。
「……なんだ、まだやってんのかあ? 助けてやろうか? っはは!」
数匹のハウジールドに追われるレフィを見て、アグニフは顔を歪める。迎撃に夢中になっていた彼女は、おそらくは投石で助けてもらったことを知らない。
レフィは返事をしない。ただ口をキツく結んだまま、迫り来る魔物を捌き続ける。
「でもお前、さっき横取りしようとしたからなあ……?」
「アグニフさん」
「ああ?」
思わず声を上げてしまった俺は、振り返った彼女を前に無理やり心を静める。やけに重い空気を吐ききる。そして軽く眉を寄せて、申し訳なさそうな顔を造り上げた。
「……助けてあげて、もらえませんか」
「チッ、しゃあねえなあ!」
最初から自分の獲物のつもりだったのだろう。
アグニフはニッと笑って姿勢を低くした。
最後のクリスタルを体に取り込むと、アグニフは自分の手のひらに目を落とし、にぎにぎと動かした。そして満足げに息を吐くと、こちらに歩いてくる。
集中力と体力を最大限に使ったレフィはまだ呼吸が乱れている。俯き加減にたたずむ彼女の表情はここからでは良く見えないけれど、その背中が、まるで出会った日のように小さく見えた。
俺も判断を誤った。
強引に一緒に狩る流れにはなってしまったものの、性格に難があることに目をつぶれば、あとは狩りの相性の問題だけだった。連携さえ取れれば今後のレフィのクリスタル獲得も楽になる。第一印象こそ最悪でもパーティを組む可能性がまったくなかったわけじゃない。
もし相性が悪かったとしても、街の協会に着いてから契約を断れば彼女も大人しくするしかない。もともと協会はパーティ同士の揉め事が多く、街の兵が多く配置されている場所でもある。
脅すような言葉を聞いた時点で協会の条約の話を持ち出さなかったのは、その場での争いを回避したかったからだ。結果論でしかないけれど、口論になったとしても断っておくべきだったのかもしれない。
しかしまさか、まさかだ。
まさかここまで考えなしで、向こう見ずで、ワンマンで、周りのことも見えず、思いやりもなく、レフィの機転に救われたとも知らずに自分の力を過信するような馬鹿だとは俺も思わなかった。
彼女が一人で来ていたら、今頃どうなっていたのだろうか。
どういった育ち方をしたらあんなことができるのだろうか。クリスタルひとつのためにレフィを突き飛ばしてまで。
いったい。
「アグニフさん!!」
俯いたまま、レフィはぎゅうと拳を握っていた。
アグニフは「あ?」と眉を吊り上げてレフィの目の前に立った。
「勝手すぎます! あんな戦い方じゃ危ないです! ニトさんとか、わたしの話もちゃんと聞いてくだ、……うぐっ!!」
――――――――――。
肺の空気が無理やり押し出されたような声だった。
アグニフは無言でレフィを蹴り飛ばしたあと、二、三、何かを言った。おそらく「獣性の高い奴が一番偉い」だとか、「強い奴がやり方を決めるのが当たり前」だとかそんなことを言った気がするけれど天気が良いのでどうでもよかった。
俺が倒れているレフィに近づき手を差し出すと、彼女は俺を睨むように一瞥したあと、自分だけで立ち上がった。山の天気は変わりやすいというけれど、俺が薬草を取りに来ていた頃を思い出してもあまり雨のイメージはない。
治癒魔法もないのかとアグニフは憤慨した。どうせ足手まといにしかならないからと、レフィに治癒魔法の習得を薦めていた。俺が代わりに塗り薬を渡すと、使いきった試験管を当然のようにそのあたりに放った。また使うので俺は拾っておいた。
まだ真昼というには早いのだろう。ときおり吹き抜ける風は爽やかで、揺れる葉は乾いた音で鳴いた。クリスタルにかわってしまえば血の匂いもしない。
「ほら行くぞ、次」
とりあえずは歩くけれど、しかしどうなのだろうか。俺には感じ取れないだけで、ハウジールドからすれば嗅ぎ取れるくらいの微小な香りは漂っているのかもしれない。香りが成分のひとつだとしたら、広範囲に散らばったそれらも、クリスタル化するときにすべて消えてしまうのだろうか。
地面に血痕が残っていないことからしても、香り自体も消えてしまうのかもしれない。
開けた場所に出ると、数十匹にも上りそうなハウジールドがお出迎えをしていた。やはり血の匂いを途中まで嗅ぎつけていたのではないだろうか。レフィが撤退を促したように見えたけれど、アグニフは予想通り真っ直ぐ走っていった。さきほどクリスタルも大量に獲得したので気分も良いのだろう。ここならばお日様の光も十分に感じられる。
そういえばレフィは突き飛ばされたにも関わらず、アグニフの手助けをしていた。レフィは料理も嫌いじゃないと言っていたから、もし結婚して旦那さんと大ゲンカしたとしてもご飯だけは絶対に作るだろうなと俺は確信している。アグニフに大量のハウジールドが群がっているけれど、レフィは確実にそういったタイプの奥さんになると断言できる。
おそらくではあるが、レフィはあまり自分に落ち度を作りたくない性格に思える。相手に嫌がらせをされたとしても、やり返さずに、何の反論も許さないように、徹底的に自分の仕事は果たすタイプだ。そのあたりはきっと、俺とも気が合うのかもしれない。
思ったとおり、ついに手に負えなくなったのだろう。アグニフがたくさんのオナカマを連れてこっちに走ってくる。こんな穏やかな日に道連れは勘弁して欲しい。穏やかに眠ってしまう。永遠の安らぎは心地いいだろうか。
フタを取り、香水の薄めたものではなく、原液を地面にびしゃりとやる。三日月型に濡れた地面から喉の奥までこびり付きそうな匂いが漂ってくる。ここまでくると匂いを嗅いでいるというより鼻の穴に液体を流し込まれているような気分だ。せっかくの陽気も台無しである。
ハウジールドが一匹残らず姿を消したあと、アグニフは俺に何か文句を言ってきたので、俺も何か言っておく。当たり障りのないナニカを口から垂れ流し、垂れ流したついでに街へ戻ることを提案した。少し早いけれど、程よいピクニックだったと言えるのではないだろうか。これでお弁当もあれば満点だったのだが、もはや甘さや爽やかさを超越するような香りが立ち上っているこの状況では、食料が口の中でどんな味がするのか想像もできない。地面に撒いてしまったからには、丸一日は狩りは無理だ。もし別のパーティが来ているのなら、今日は狩りなんかやめてかくれんぼでもするのがいいだろう。
また地面に捨てられてしまった試験管を拾う。帰り道は緩やかな下り坂。坂は上るより下るほうがキツいなんてことを聞いたことがあるけれど、脱力しながらでも前に進めるのはなかなかにご機嫌なことだと思う。
アグニフがさきほどから語ってるのは自身の武勇伝か何かだろう。視界の端に映る身振り手振りがやけに大きいからおそらく間違いない。そんなことより小石を避けるほうが重要だ。地面に不規則に散らばっている小石、これは全てナリタケだ。立派な大人になる前の赤ちゃんナリタケが無数に生えているのだ。そう思ったほうが愉快だし、歩くことに集中できる。ブーツの底と地面。目測を決めて角度を変え、踏む、踏む、踏む。我ながら上手いのではないだろうか。ナリタケの群生地、踏破のプロと呼んでいただきたい。とはいえこれが本物のナリタケならすでに3回は爆死している。プロもタケを鳴らす。
聞いてるか? と聞かれたので。聞いています、倒したんですよね。と答える。満足そうな反応があったので、おそらく彼女は何かを倒したのだろう。見事だ。あと、あまり、普通の顔で、笑わないで、欲しい。
治療所にいたランキョクさんに、一度街に戻りますとだけ伝えておく。
街に着く頃には昼過ぎになっているだろう。お腹が空いているのかもしれないけれど、自分ではわからないので問題はない。お腹が鳴ったら食えばいい。鳴らなかったら、少し相談してみようとは思う。
それより先を急ぎたい。
街の協会はこれで二回目だっただろうか。一回目も野暮用で寄っただけなので、つくづく縁がないなと思う。大きな支部のかしこまった雰囲気も苦手だ。ランキョクさんのようなヒトが受け付けであれば、話は違ったかもしれない。無駄に話し込んで背中に列を作るところまで想像できる。薬品や実験の話なんかで会話を盛り上げたり、それとなく好意を伝えたり、そのヒトのために調合した香水などをプレゼントすることによって、めでたく出禁になるだろう。
大きな通りに出てしまえば、あとは街まで一直線。
何も目にする所もない地平線を、今日だけは恨めしく思う。
雲も浮かんでいないほどの晴天では、語るべきモノも想いをはせる景色もない。世界を二分する茶色と青色と。あと少しの緑と。ぽつりぽつりとヒト。ただそれだけだ。
ただそれだけ。
俺を夢中にさせてくれるモノなんて何もない。
「――――で、狩場だと手加減できないからな!」
わずかな風の動きに心の機微を紡ぐような、そんな詩人に生まれた覚えはないけれど、いまだけはどうか、足元で縮こまっている自分の影の形に世界のあり方なんかを感じ取ってしまうような頭が幸せなヒトであれたらと、そう思ってしまう。
ためしに、この影をどう言葉に表すことができるだろうか。
影が小さいということは、太陽がてっぺんにいるということで、太陽が照っているということは温かいということで、俺ぽかぽかの、頭ほかほかで、この世にはおそらく馬鹿しかいないということになるので。
「――――はちょっとやりすぎたな、悪かった」
温か、くて、気持ち、がいい。はずで。
雑音が景色を揺らす。俺が見ているのは自分の影で、耳に聴こえているのは風が平地を駆けていく音で、ヒトの声なんて、聴きたくもない。
だから俺は、影を。
「先に飯を食いにいくか! 何が食べたい? あたしが何でもおごってやるぞ。強い奴がパーティの面倒を見るのは当たり前だからな!」
雑音が、次第に鮮明になっていくのが、あまりにも、うるさい。
体の奥のざわつきが大きくなる。酷い虫刺されをわざと軽く撫でる様な、こらえようのないムズ痒さと苛立ちが、胃の内壁を這い上がってくる。もたれにも、胸焼けにも似た、けれどまったく違う何かに、俺は歯を食いしばる。
ああ、やめてくれよ。
嫌ナ奴ナラ――――――。
「これからはパーティなんだからな!」
「ご飯の前に」
――――――嫌ナ奴ノママデ、イテクレ。
「先に協会に行きましょう」
今日一番に、邪気のない笑顔を見せたアグニフは、俺の言葉にきょとんとする。
それを、俺は見ている。知っている。
気持ちが戻ってくる。俺が戻ってくる。
もうどうでもよかったのに。何もわからない奴なんて、こんな身勝手な奴なんて。
レフィを、蹴りつける、奴なんて。
「そうか、そうだな。先に契約とやらをやっちまうか!」
もう決めていたのに。
返り討ちにされようが殴りかかったって良かった。どれだけ脅されようと、痛めつけられようと、俺に想像できうる限りの言葉で糾弾してやっても良かった。
知ったことじゃなかったのに。ヒトの心がわからない奴なんて。仮にも仲間に暴力を振るう奴なんて。あれだけ頑張っているレフィを傷つける奴なんて。
どうでもよかったのに。こいつがどうなったって。
全部、すべて飲み込んで、ただ、ただ協会に急ごうと、そう思っていたのに。決めていたのに。
そんな、まともなヒトがするような顔なんて、お前がするなよ。
それがたとえ髪の毛一本分にも満たないほどの可能性でも、もしかしたら話せばわかるかもしれない、だなんて、議論の余地があったかもしれないだなんて、俺に思わせるな。
お前にどんな過去があろうと、ここにくるまでに何を経験していようと。一体どんな信念があろうと。
その土台に、お前は上がってくるなよ。
いまさら。いまさら。
「ええ、協会に行きましょう」
そうでなければ。
飾り気のない扉を開けて屋内に入ると、まるでそういった魔法がかけられているかのように周囲の音が止んだ。
白と茶色を基調とした内装はシンプルに見えて統一感があり、隅々まで手入れが行き届いている。あまり豪華に見せないのはこの街の方針だろうか。あくまで上品に抑え、お金やマナは街の発展に使う。そんな質実剛健なイメージを目指しているのかもしれない。
ピリっとした空気の中を少し歩くと、こちらを見る大柄な女性と目が合った。大仰な鎧を身に纏った彼女は、どこか気まずそうに視線をそらした。彼女も
受付へ歩く。
小さな眼鏡をかけた気品のある老婦が手元の資料に目を落としている。
契約まわりはパーティとしてもデリケートな部分であり、協会では何かと揉め事が多いという。その中でもこれだけ落ち着いて堂々としているのは、貫禄があるというか、百戦錬磨というか、勝手知ったる職場、といった感じだ。
アグニフは当然のような顔で隣を、そしてレフィはその後ろを俯き加減でついてくる。
「こんにちは」
俺が挨拶をすると、眼鏡の老婦はすっと顔を上げる。
レンズの向こうに見える眼光が鋭い。あるいはこのヒトがこの協会の雰囲気を生み出しているのかもしれない、とすら思えてしまう。
「どういったご用件で」
「えーっと……、コレをお願いしたいのですが」
受付台は高いものと低いものが隣同士に繋がり、受付台の上には表面の滑らかな黒い石版のようなものが置いてある。そこに白く彫られた文章のうちのひとつを俺は指差した。
アグニフの身長では、おそらく俺の手元は見えていない。
「……こちらで?」
「はい」
「お相手は」
「アグニフさん。彼女です」
俺は名前を呼んで、隣に立つ少女を示す。
それを見た老婦がほんの一瞬、どこかへ目配せをしたのが見えた。視線の先を目だけで追うと、壁際に武装した男性がすました顔で立っている。相当鍛え抜かれた体格に、黒い衣装の胸元には協会のマークが見える。
老婦が口を開く。俺は促されるままに首元から紋章を取り出した。
老婦はそれをじっくりと眺めた後、小さく頷き、台の下から真っ白なクリスタルを取り出した。大きさは片手で持つには余るくらいだろうか。金色の糸のような飾り台に乗せられたそれは、薄く透き通り、よくよく覗いてみれば中で様々な色が渦巻いているようにも見える。
おそらくこれが制約や契約を結ぶためのクリスタルなのだろう。
どうぞ、と老婦が手を差し出す。
俺は一瞬息を止める。アライクンさんの顔を思い出し、小さく息を吐いてから紋章を近づける。チン、と思いのほか高い音が鳴り、クリスタルが光りを放った。
老婦が何も言わずに紙を取り出し、なにやら書き込み始めたのをみて、俺はほっと胸を撫で下ろした。人知れず目を閉じ、おじさんに感謝する。
「契約、終わったのか?」
相変わらず尊大な表情で俺を見上げるアグニフは、それでも内心のわくわくが尻尾に現れてしまっているようだった。
俺はそれを見て、何も感じていない、ことにした。
ただつめたく、しんしんと、冷えていくだけ。それだけ。
「手続きが終わりました」
「そうか!」
しばらくして手渡された紙を一読し、俺はアグニフに見せる。
彼女が受け取り、読み始めるより早く、俺は口を開く。
「これでアグニフさん、あなたとパーティを組むことは二度となくなりました」
「うん? お?」
未だ状況を掴めていない彼女が俺を見上げる。
俺に彼女の表情は見えない。見ない。ただ一点、その鼻の頭だけを注視して言葉を続ける。
「僕とレフィが、あなたと組むことはありません。近づくこともやめてください。経歴には傷はつかないので安心してください。それだけです」
「…………は?」
表情の変化は見えない。見ない。
見たくない。
俺は出口へ足を向ける。
何も聞きたくない。嘘のような静寂に自分の足音だけがやたらと響く。それに続くのはアグニフの大声と、レフィの呼ぶ声。
どっちも、うるさい。
『止めなさい』
威厳のある老婦の声に空気が揺れた。
全て無視して扉を出る。
さっきまでの静けさが嘘のような喧騒。
大通りをゆくヒトの流れ。心地の良い騒がしさ。
俺もはやくその一員になってしまいたい。
「…………さんっ! ニトさん!!」
追いついたレフィが袖を掴む。
俺は構わずに歩き続ける。
「ニトさん!! なんで、どうして!」
「とりあえず離れましょう。少しの間は職員のヒトが抑えてくれているはずなので」
「ち、違います! そうじゃなくて……!」
そうじゃない、そうじゃなくて。
うわごとのように続けるレフィも、およそ感情の整理がつかないのだろう。言葉にしなければいけないことなんて、いまここに存在するとは思えないけれど。
「待ってください!!」
ぐ。
ひときわ強く引っ張られ、俺はレフィに向き合った。
通行人のうちのいくらかが歩幅を緩めてこちらを見ていた。レフィの大声に驚いたのだろう。こんな往来で何だというのか。恥ずかしい。
「なんで……、どうして……」
なぜ、どうして。
こっちが聞きたい。
アグニフは自分勝手に行動をした。アグニフはレフィに暴力も振るった。だからパーティを組まないことを宣言した。それで、なんで。
なぜレフィは、そんなに泣きそうな顔をしているのか。
なぜ怒ったような口ぶりで、俺を問いただすのか。
「なにか不満ですか? レフィさんも蹴られたりしたんですよ?」
「そうですよ!? それは、そうです! でも、でもっ……、でもどうして、どうしてニトさんは何も言わないんですか? 注意しなかったんですか!?」
「僕が叱ったところでアグニフさんが聞いたと思いますか?」
「思いませんよ!! でも、そうじゃないんですよ……! そうじゃなくて……、もっと、こう、わかんないですけど、やり方があったんじゃないですか!?」
「たとえば?」
「だから、わかんないですよう!」
「もう行きますよ」
「待ってください!!」
振り向こうとしたその腕を、レフィが引っ張る。
俺はうんざりしながら脱力した。
隠しもせずにため息を吐き、レフィから眼をそらして遠くを見つめる。ただ眺めるだけの景色には何の感慨も浮かんではこない。
アグニフが、彼女が悪さをしたというのに。いったい、なんなのか。
これでは。
俺が、悪者みたいじゃないか。
「なんで、なんでニトさんは……、なんで何も言ってあげないんですか……?」
消え入りそうな疑問は、地面に向かって放たれた。
俺は俯いたレフィに向かって口を開く。
他人を変えようとするなんて、不幸になりたいやつのすることだ。
「僕は」と俺は笑う。口の中が酷く乾いた。
「嫌いなヒトに、どうでもいいヒトに注意するほど、優しくはないですから」
つぶやいた言葉が、目の前の彼女に届いたかはわからなかった。
それでもレフィは、静かに俺の腕を離した。
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