第14話 山道の出会い、少女アグニフ


 

 いいどや顔である。

 

「ふん!」

「やりましたね」

「ふふん!」

 

 大きなクリスタルを両手に抱えたレフィは、これ以上ないほどに満足げな表情を見せる。俺の目の前に立ってまでそれを見せびらかしに来るのは、嬉しさの表れだろう。自慢するのも結構だが、あまりこの距離で俺を見上げないで欲しい。

 もしかしたら本当は撫でて欲しいのかもしれない。そうに違いない。違うか。

 

「クリスタル、もっと大きいかと思いました」

「魔物の大きさとは関係ないですからね。どんなに強い魔物を倒しても同じです」

「そうなんですねー」

 

 レフィは大事そうにクリスタルを撫でる。無機物に愛情を注ぐのは構わないけれど、頭頂部をこちらに見せ付けるのは本当にやめて欲しい。何度も言う。やめてほしい。やめなくてもいい。

 

「どうします?」と俺は声をかける。

「うーん……、一匹倒せるなら、何匹でもいけますよね?」

「そうですね、同じやり方なら」

「なら、今回は取っておこうと思います。技とか見てみたいです」

「……いいですね」

 

 俺が袋の口を開いて差し出すと、レフィはクリスタルをもう一度撫でてから袋の中にそっと入れた。入れた瞬間に消えてしまったのではないかというほど重さを感じない。これならどれだけ集めても運ぶのには困らなそうだ。

 

「レフィさんの最後のアレ、すごく良かったと思います」

「足を狙ったやつですか?」

「それもそうですけど、トドメをさした方もですね」

「トドメです? ……わたし何しましたっけ?」

「『このゴミくずのクソ野郎』って言ってましたよ敵に向かって」

「言ってないですよ? 何を言い出すんです?」

「言ってましたけどね。そういうトドメの刺し方なんだなって」

「だから言ってないですって。べつにトドメにもなってないですし」

「やっぱり、レフィさんはそんなこと言ってなかったと思います」

「そうですよ!? なんだったんですか今の」

「いや、ジャンプして斬りかかったじゃないですか。アレ、次からも使えるんじゃないかと思うんですよね。剣の重さも使えますし、落下のスピードも使えますし、うまくすれば体重も乗るんじゃないですかね。かなりいい一撃だったと思います」

「ほんとです? 強いですかね?」

「強いです。名前つけてもいいんじゃないですか? ジャンプ斬りですよジャンプ斬り」

「ジャンプ斬りっ! いいですね! ジャンプ斬り!!」

「……ゴミくずクソ野郎ジャンプ――――」

「ふつうにジャンプ斬りでいいです」

 

 

 

「いまです!!」

「たっ!」

 

 レフィは頭上高く跳躍する。同時に響く鈍い音。本日何度目かわからない脳筋の顔面衝突を目撃する。ハウジールドが一瞬よろけて見上げたときには、すでに白の刃がまっすぐ振り下ろされていて――――。

 

「――――今日はこの辺にしときますか」

「うええ!?」

「なんて声出すんですか、レフィさん」

 

 クリスタルを抱えて小走りに近づいてきたレフィは、俺の言葉に女の子がするべきではいような表情を見せる。まだまだこれからだと言いたげではあるけれど、すでに日が傾きかけている。香水があるとはいえ無理はしたくない。

 

「で、でも、まだ4匹しか倒してないですっ!!」

「4匹“も”ですよ。妖精さんと一緒にしちゃダメです。上出来も上出来ですよ。もっと上の狩場で認定をもらおうと思ったら10日あっても無理な場所だってあるんですから」

「でも! でも! いまの一回で出来たんですよ! 初めて一回で!」

「んー、じゃあ続けましょうか、そこまで言うなら付き合いますよ」

「う、うう……、やっぱり帰ります……」

 

 帰るんかい。

 

 直前で真上に飛び、障害物にぶつけて、そのままぶった斬る。

 戦いの間に得たヒントを加え、効率を求めて試行錯誤した結果だった。

 相手の動きを止める前にジャンプではあからさますぎて避けられる。動きを止めようと足を狙うのも確実ではなく、時間もかかる。俺も口出しはしたけれど、何よりも上手な狩り方を見つけようとしていたのはレフィだった。

 元から自分の力を過信していないからだろう。使えるものはなんでも使って、弱点があるなら容赦なく利用して、自分の非力さを補おうとしている。思考が停止しない。より良く、より楽な方法を探し続けている。


 ……本当に、理想的だ。

 理想的すぎるんだ。彼女が、ずっと俺の戦士でいてくれるなら。


「でも、でも良かったですよね!?」

 

 言いながら、レフィがクリスタルを差し出す。

 俺は袋に受け取る。

 

「もちろん。完璧でした。明日はバシバシいけますよ」

「はいっ!」

 

 

 

「もうだべでず……」

「レフィさん、お疲れ様です……」

 

 よよよ、とフラついたレフィが俺の服を掴む。

 俺はその小さな肩をそっと支えた。


「たはー、満足した!」

「堪能した……」

 

 村の入り口で攫われたレフィは、しばらくしてから返却された。

 スズちゃんはハツラツとした顔で自分のおでこを拭い、コチョウちゃんはえも言われぬ表情で嘆息している。二人ともお肌がツヤツヤしているように見える。これはずいぶんとお楽しみだったようだ。

 

「汚ざれまじだ……うう……」

「お勤めご苦労様です」

「ごんなじごどやですううぅぅ……!」

 

 ひんひんと泣くレフィを尻目に、おれはグッと指を立てて双子に見せる。スズちゃんはニッと笑い、コチョウちゃんは満足げに目を細めた。悪いなレフィ、お前が味方だと思っているその司令レフィンダーも変態の一人だ。

 

 ランキョクさんに夕飯の手伝いを申し出て、さらっと受け流されてしまった俺は手持ち無沙汰に居間を眺めていたところだった。

 相も変わらない内装が体だけでかくなった俺を見ているようで、俺は思わず睨み返した。お前らなんか、あの頃から少しも変わらないくせに、と言おうと思ったけれど、ランキョクさんの香りがするから許すことにした。

 家の匂いが先か、彼女の香りが先か。彼女が先なら、彼女はその香りをいったいどこから持ってきたのだろうか。母親のお腹から半分盗んできたのかもしれない。いい匂いだから、その窃盗も許されるべきだと思う。

 

「も、もう絶対に油断しないです!」

 

 そんな俺に見事なノスタルジックブレイクをかましてくれたレフィは、キッとした顔で双子を睨みつけた。にまにまと笑う二人にとって、レフィのそんな表情すら肥料にしかならないということをおそらく彼女は気付いてないだろう。気付いたところで、今度はムキになって無表情を提供してしまうレフィが簡単に想像できてしまう。


「そういえば」とスズちゃんが首をかしげた。

「なんでニト様はレフィに丁寧な言葉を使うんですか?」

「それ……、私も気になってた……」

 

 スズちゃんに同意するようにコチョウちゃんが頷いた。俺は全説明責任を押し付けるべく、レフィをじっと見下ろした。ほら、言われてんぞ。

 

「え、え? だって、ニトさんもわたしも成1年ですもん。わたしだって大人ですから、ぜんぜんおかしくないです。ぜんぜん、おかしくないです」

 

 なぜ二回言うのか。

 

 双子と俺の板ばさみになったレフィは、しどろもどろになりながら弁明を図る。俺はレフィの感覚が世間的には普通なのだと思って合わせていたが、どうやら雲行きが怪しい。


「私は変だと思うなー」

「私も……違和感がある……、ニト様のほうがずっと年上……」

「お、おかしくないですう! おかしく、ないですもん! ほらニトさんも何か言ってください。ほら、ち、ちょっと何を黙ってるんですか。ニトさん? どうしたんです? わたし別にだましてたとか、そういうことじゃないですよ? なんですか、ちょっと、そんな目で見ないでくださいよ。ねえ、あの」

 

 俺はそれでもレフィを見つめる。責める気もなければ、怒る気もさらさらないけれど、とりあえず極上の頭頂部が近くにあるので記憶に収めておこうと思う。双子のせいで俺との距離を測り間違えているらしい。

 俺がもし不機嫌に見えるのであれば、それは彼女の後ろめたさから来るものだろう。俺はいたって上機嫌である。

 

「これはヤっちゃったねえ、レフィ」

「観念するべき……」

「ま、まだ負けてないですよ!? まだ1対1ですから。わたしと、この家のヒトのじょーしきが違うだけですから。ぜんぜん、まだ、ていねーに扱ってくれればいいですからね。ニトさん。ニトさん、ニトさんはいつまで黙ってるんですか!?」


 いましばらく。




   *   *   *




「絶対に、今日で、終わらせますからね……!」

「はい」

 

 小鳥の鳴く林の中は穏やかで、木漏れ日が肌に温かい。朝の深呼吸をすると木の香りが肺にたくさん入り込んでくる。ブーツの裏に感じるのは少し湿っぽい地面。うちの戦士ボルダーはそれを掘り返さん勢いで前に進んでいく。

 肩を怒らせるレフィは何がなんでもランキョクさんの家にもう一泊することを阻止したいらしい。あまりの迫力に軽口も叩けやしない。

 

「ランキョクさんのご飯、おいしかったですね」

「まだ言ってます……。確かにおいしかったですけど、すごくおいしかったですけど、今日でここは終わりですから。今日は街に帰りますから」

「今日のメニューはなんだろうなあ」

「聞いてますか!? ま、ち、に! 戻るんですよ!?」

「そうはいくものかという精神でやっていきたいと思います」

「メーワクです。ちゃんと協力してください」

 

 俺に睨みをキかせていたレフィは、「ペァン!」という愉快な破裂音に飛び上がった。経験のある俺ですら一瞬息を呑むほどの音量だ。レフィはさぞ驚いたことだろう。

 

「……踏みましたね?」

「……へ、え、えっ?」

 

 レフィはひどく滑稽なステップを踏みながら、足元を確認する。

 

「どこです、どこです!?」

 

 また別のものを踏みやしないかとビクビクしながら、レフィは自分が立っていた場所を凝視している。俺も笑いをかみ殺しながら近づき、確認をしてみるけれど、潰れたナリタケはどこにも見当たらなかった。おや?

 

「――――うるっさいなあ、もう」

 

 驚かされたことに苛立ちを覚えるような声は、少しトゲついた乱暴な声だった。レフィよりも少し大人びているその声は、斜面の上から聴こえてくるようだった。

 ざざり、ざざ。

 小石や土を削り落としながら、その少女は斜面を滑り降りてくる。ある程度の高さまで降りてくると、小さな掛け声と共に跳び、ちょうど俺とレフィの間のあたりに着地した。俺たちを品定めするようなふてぶてしそうな目は、彼女の性格をよく表しているようだった。

 背中にかかるほどの長い髪は灰色。クーシー種に見える。声こそ低めだけれど、身長はレフィと同じくらいのようだ。おそらく彼女がナリタケを踏み抜いた張本人で間違いない。

 

「……あんたらは何だ? 狩りか?」

「そう、ですが。あなたは?」

 

 突然のことに戸惑っているレフィの代わりに俺が口を開く。一応、レフィの意思を汲み取って丁寧な言葉遣いにすると、少女はくっくと笑った。


「そう“ですが”? なんだお前、弱そうだな!?」

「……そういうあなたは強そうですね」

「あたしはな!」

 

 馬鹿にしたような笑みに、クーシー特有の尖った歯が見える。人を見下すには少し身長が足らないように感じるけれど、なかなか器用なことをするものだ。

 こういう手合いはとりあえず褒めておけば喧嘩にはならない。俺はパロームおばさんの手伝いでたびたび使用した商売用の笑顔を造り上げる。久しく頬が引きつりそうになるこの感覚は、明日以降には筋肉痛にかわるかもしれない。顔の。

 

「すいません。僕たちは狩りにいきますので、失礼しますね」

 

 にこやかに彼女の横をすり抜け、俺はレフィを促して先へ行く。

 どんなに危なそうな相手でも関わらなければ問題はない。

 

「おい、ちょっと待てよ!」

 

 もちろん、関わらなければ、の話である。

 

「はい」と俺はもう一度顔を造り、振り返る。

「どうされました?」

「あたしも狩りなんだよなあ……」

「ああ、そうなんですね。それならお譲りしますよ。僕たちは街にも用があるので、そちらを先に済ませようと思います」

 

 俺は潔く来た道を戻ろうとする。

 が、引っ張られた服の裾がそれを許してはくれなかった。おれはうんざりしながら立ち止まる。

 

「まあ待てって。あんたレフィンダーってやつだろ? あたしはそういうの、なんとなく声でわかっちまうんだよなあ。それで、あっちの弱そうなのはボルダーだろう?」

「ええ、そうですね」

「あたしのパーティに入れてやるよ。お前ら」

「はい?」

 

 俺が笑顔を崩さずにいられたのは軌跡と言えるだろう。

 なんとも、願ってもない申し出である。突然のことにうれし涙も出やしない。

 

 パーティに入れてやるよ、とは。

 彼女は誰かと待ち合わせでもしているのだろうか。いや、そんな様子には見えない。おそらく一人だ。一人なのに、パーティとは一体。

 突っ込みたい。激しく突っ込みたい、が、「一人じゃ悪いか?」なんて機嫌を損ねたらそれこそ最悪だ。

 仲間は多いほうがいいけれど、さすがに通行人と目が合っただけで勢い良く発射されそうな危険物は持ち歩きたくない。両目に眼帯をつけてロープでお散歩できるのであれば多少はマシになるだろうか。

 

「ああ、いえ。僕たちは見ての通り弱いですから、迷惑にしかならないですよ」

「仲間にしてやるって言ってんだよ、あたしが。立場わかってんのか?」

「や、本当に弱いんですよ。まだ狩りをはじめたばかりですから」

「いいんだよ、お前はあたしの言うとおりにノートってやつを出してれば。それだけやってりゃいいんだよ。できるんだろ? な?」

「…………」

 

 挑発的な目線は、実力行使も辞さない、とでも言いたげだ。

 

 声紋契約も知らない。他の戦士や司令を脅して契約させようとすることが協会の条約で禁止されていることも知らない。

 言葉だけ知っているところを見ると、おそらく協会で登録こそしたけれど説明をなにも聞いていなかったに違いない。戦士の方が司令より力が強いだけに、脅迫はかなり罪が重く扱われている。場合によっては協会で提供される自白剤を飲んだ上で俺が告発してしまえば、彼女は今後の契約が困難になるほど査定に悪影響が出るというのに。

 おそらく、本当にまだ何も知らないのだろう。

 

「わかりました。ただ、パーティに入れていただけるのはありがたいのですが、音指は協会で契約する必要があるので一度街に戻る必要がありますね」

「ああ? そうなのか? 使えねーなお前。だったらいいよ今は。どうせここらのザコなんて楽に倒せるだろうし」

 

 そういって、灰色の髪の少女は勝手に歩き始める。

 背中の鞘は短剣というには少し長く、その柄の部分には割れ目のような真っ直ぐな線が走っている。双剣使いか。

 先を行く少女が面倒そうにこちらを振り向く。俺も仕方なくその背中を追う。

 

「に、ニトさん……」

 

 隣についてくるレフィが不安そうに俺を見上げている。

 まあ、あんなのがこれからパーティに加わるのかと思ったら、そんな顔になってしまうのも大いに頷ける。

 さてさて、どうしたものか。

 

 

 

「ほら、早くしろよ!」

「……っ! ち、ちょっと待ってください!」

「おっせぇんだよザコ」

 

 灰色の髪の少女アグニフはハウジールドが2、3匹と固まっている場所へ、おかまいなしに突入していく。軽そうな双剣は致命傷こそ与えられないものの、手数が多い。

 さらには斬撃か刀身自体を何らかの方法で強化しているのだろう。ハウジールドから吹き出す血を見るに、その傷は見た目以上に深いようだ。目算でも、すでに3エリア程度はクリアしているだろうと思われる。

 

「っはは!!」

 

 アグニフは高笑いを浮かべて次の標的に襲い掛かる。突然斬りつけられたハウジールドたちは怒り狂ったように彼女を追っていく。最初から急所や足を狙うつもりはなく、目に付いた箇所にとにかく刃を振りまくっているのだろう。手傷こそ負わせているけれど、トドメになっていない。

 

「待ってください! ちゃんと! 一匹ずつ……!」

「うるせえ指図すんな! お前も早く戦え!!」

 

 レフィの注意は怒号にかき消される。障害も蹴散らして突き進むような能動的な狩りは、一体ずつ丁寧に戦うレフィとは根本的に相性が悪い。標的の注意がアグニフに集中するため、待ちの戦法も使えない。


「ニトさん!」

 

 レフィが指示を乞う。

 あるいは、アグニフへの注意を俺に期待しているのかもしれない。

 

 最も動きの鈍い、瀕死のハウジールドがまだ生き残っている。軽傷な群れに隠れ、レフィは手出しできず、数は膨らみ、それでもまだアグニフは新しい敵を探す。訴えかけるようなレフィの瞳が、俺とアグニフを行き来する。


「あ、アグニフさん! 無茶ですっ! ニトさんの指示を……!」

「ああ!? 指示を出すのはあたしだ! どうせアイツはいま何もできねえんだろ!? 黙ってりゃいいんだよ!! …………ッ!?」


 死角だったのだろうか。

ギリギリで避けようとした牙はそれでも、彼女の頬を薄く裂いた。


「ああ!? ……ってえな。なんだこいつら!」

 

 すでに劣勢なことに気づいていない。

 おそらくはその原因すらもわかってはいない。

 

 体の奥がささくれ立つ。肌が荒れて、めくれた皮がぽろぽろと崩れていくような、気持ち悪さとムズ痒さ。いっそ爪を立ててガシガシと掻いてしまいたいのに。後先考えずに全てを削ぎ落としてしまいたいのに。

 ああ。

 たとえ綺麗に片付けようとしても、後から後から勝手に崩れようとする本棚なんて、まるごと燃やしてしまった方が楽なのに。

 

「やあっ!!」

「レフィさん! 下がっ……」

「黙ってろって言ってんだよ!!」

 

 レフィが群れの一匹に剣を振るった。おそらくは自分にもある程度の注意を引きつけようとしたのだろう。しかし危険すぎる。レフィには、一度に複数のハウジールドを相手にするような力量はまだない。

 幸い、すでに手負いだった一匹はレフィの一振りのもとに倒れ伏せた。

 あとは退く前にトドメを――――。


「おい!!」

「やっ!?」

 

 突き飛ばされたレフィが体を地面に打ち付ける。当のアグニフは「横取りすんな!」と吐き捨てながら素早く刃を振るう。一瞬の眩い光り。出現したクリスタルの大きさが、彼女にとっての一匹目であることを示していた。

 拾う間もなく襲いくる群れに彼女は身を翻す。立ち上がったレフィは信じられないものを見るような顔をして、そして静かに唇を噛んだ。傍からそれを見ていた俺ですら一瞬何が起こったのかわからなかったのだから、レフィにわかるわけがない。

 

 横取りすんな。お前も早く戦え。

 それが同じ口から発せられたことに眩暈を覚える。

 

 未だまとわりつくハウジールドの群れに、アグニフは足を止めての迎撃に出る。一匹目の額を的確に切り裂いたその腕に、二匹目のハウジールドが牙を立てる。マナ同士の衝突音と共に彼女は呻き声を上げて腕を振り払う。俺なら食いちぎられているであろうその腕にはわずかな流血こそ見られるけれど、歯型程度の傷しか残っていない。

 

 ああ、そうか。

 

 彼女はこれまでも、獣性ベストの高さに任せて戦ってきたに違いない。

俺は香水があるからこそ、ここを一番安全な狩場と考えた。けれど純粋な危険性で言えば、ここより楽な場所はまだいくらかある。おそらく彼女はそれらの場所で、ほとんどの敵を一撃で倒してきたのだろう。

 そしてここで初めて一撃では倒せない魔物に出会ったのだろう。

 

 ふいに群れの一匹が足を止め、顔を上げた。

 こつ、ここん、という音と共に一匹、また一匹と同じ方向へ振り返り、唾液を散らして走り始める。その視線の先には地面から石を拾い上げるレフィの姿があった。

 

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