第13話 ハウジールド


 

「まあ、こんなにたくさん、助かりますわ」

「いえいえ、泊めてもらったこともありますし、それに実はこれから近場で狩りをさせてもらおうかと思っているので」

「あらあら」

 

 俺とレフィは診察室とは別の、客間のような場所に通された。この部屋も入り口から見える場所にあるので誰かがきてもすぐに対応できるのだろう。持ってきたツキガクレを渡す間も、隣の椅子に座ったレフィはずっとそわそわしていた。

 

「うふふ、あの二人ならいま、薬の材料を採りにいってもらっているので、ここにはいませんよ」

「あ、そ、そうなん、ですか」

 

 顔色を読まれたレフィは、それでも有益な情報にほっと息を吐いた。

 俺は出してもらった飲み物を口にしながら部屋の中を見渡す。背の高い観葉植物も、脇に置かれた妙な顔の木彫りの人形も変わり映えがない。特に着飾ったものを置いていないのはこの村に合わせてのことだろうか。別にランキョクさんの家が派手というわけではないけれど、このヒトにはもっと華やかなモノが似合うと思う。

 

 相変わらずボリュームのある薄桃色の髪は上品に波打っている。ケットシーやクーシーより一回り大きな耳は毛並みもよく、彼女のうしろにゆったりと揺れる尻尾は床に敷けば小さな子供をひとりくらい隠せてしまえそうなほどだ。

 ほわっと漂う雰囲気は、出会った頃の凛とした鋭さこそ感じないけれど、毎年毎年、この人は俺を置いてどんどん綺麗になっていく。

 

「二人は」と俺は聞いてみる。

「何の薬草を採りに行っているんですか?」

「いまはナリタケを集めてくれているはずです」

「ああ、あのうるさいやつですか」

「ええ」

 

 双子がいないということでいくらか安心したのか、隣のレフィが興味深そうにこちらを見上げている。

 

「ニトさん、なりたけってなんですか?」

「ナリタケは踏むと破裂音がするキノコです。結構うるさいんですよ、これが。山の中で油断しているときに踏み抜くと心臓が止まりかけます。たしか、実際に爆発が起こるわけじゃなくて音だけ鳴るんですよ。ね?」

 

 俺の記憶が間違っていないか確認すると、ランキョクさんはしとやかに頷いた。

 

「ええ、ただ音が鳴ってしまったものは使い物にならなくなってしまうので、扱いが少し難しいのです。あの子達は慣れているので大丈夫だとは思いますが……、もちろんニト様からいただいた香水も持参させていますので」

「なら大丈夫そうですね。ちなみに香水の残りは?」

「まだ十分にありますわ。いつもお気遣いありがとうございます」

 

 ランキョクさんの言葉に俺は頷きを返した。

 何気ない会話ではあるけれど、淀みのないやり取りに俺は胸をなでおろす。

 この前のランキョクさんは、やはりどこか様子がおかしかった。何か心配事か、大きな問題でも抱えているのかと思ってしまったけれど、どうやら取り越し苦労だったらしい。だいたい、もう何年もの付き合いであるのに込み入った悩みを打ち明けられたことは一度もない。その芯の強さで解決してしまうのか、それとも俺が頼りないのか。後者でないことを願う、だなんて、そんな無謀なことは言わない。

 

「この間はあまり話す時間もなかったのですが、ニト様もレリフェト様も、よくお似合いですね」

 

 ランキョクさんは両手をぱっと合わせて目を細める。

 その笑顔だけで部屋の中にランキョクさんの華やかな香りが漂ってくるような気がした。

 

「そうですね、あまりにお似合い過ぎてちまたでは結婚も間近と言われて痛い痛いっ!」

「服の! 話に! 決まってるじゃないですかっ!!」

 

 もう何度目かもわからないレフィの脛への執拗な攻撃に、俺は椅子ごとズラして逃げる。

 下手をすればクリスタルを獲得したせいで余計に痛みが増しているかもしれない。うちの戦士ボルダーは本当に足癖が悪い。

 

「レフィさん、僕のスネはもうボロボロです」

「自業自得です! 近づいたら蹴りますからね」

「はあ……、やっぱり本当にお嫁さんを探すときはランキョクさんみたいな優しい人がいいですね」

「あらあら、あんまりからかわないでくださいませ」

「ふんっ!!」

 

 口元に手を当てるランキョクさんとは対照的に、レフィは腕を組んで顔を反らした。

 このまま本当にランキョクさんに求婚できる世の中なら、もっと話は簡単なのだが。

 

「レリフェト様の方は、ノーヴィン様の戦士のモデルでしょうか?」

「……っ!! わかるんですか!?」

「え、ええ、とても人気のあるデザインですから」

 

 ふて腐れていたレフィがものすごい音を鳴らして膝を叩き、身を乗り出すと、ランキョクさんは気圧されたように苦笑した。

 なんだ、そんなに有名な装束なのか。

 

「いいですよね! これ!」

「ええ、そうですね。ニト様もノーヴィン様のお名前はご存知でしょう?」

「ノーヴィン? ああ、ノーヴィンね。ノービンノービン」

「……ニトさん? もしかして知らないんですか?」

 

 今までにないほどのレフィの眼光に、その名前が彼女のなかでどれほど大きいのかが痛いほど伝わってくる。

 

「もちろん知ってますよ。かくいう僕も、現代に蘇ったノーヴィンと呼ばれて――――」

「ノーヴィンさんは現代のヒトですよ。勝手に殺さないでください。たぶんニトさんとそんなに歳も変わらないはずですけど」

「……ノーヴィン的要素は、それなりにあるんですよ僕」

「ないですよ。ニトさんなんかじゃ似ても似つかないです。知らないんですよね?」

「だから知ってますって。結構似てるんですよこれでも。確かそのヒトも二足歩行をしていたはずです」

「当たり前じゃないですか! ノーヴィンさんを何だと思ってるんですか!!」

「何って、まあ、アイツもだいぶ僕に追いついてきたかなあ、とは」

「なにを上からモノを言ってるんですか!! 誰ですかあなたは!」

「いや、ところで質問なんですけど」

「突然なんですか!?」

「ノーヴィンさんって結局誰なんです、あっ、ち、ちょっと待って、待って、待とう。ウェイトウェイト」

 

 ついに椅子から立ち上がったレフィに、俺は両手を伸ばして距離をとる。

 スネどころの騒ぎじゃない。この目は殺し屋の目をしている。知らないけど。

 

「……フー、フー!」

「すいませんでした、すいません。とてもごめんなさい。そんな手負いのグリズリーみたいな威嚇はやめていただいて」

「ふしゃー!!」

「サーバリオンだった!?」

「あらあら、うふふふ」

 

 どう、どう、と両手でなだめながら、下手をすれば首筋に噛み付かんほどの彼女を椅子に戻させる。今のレフィであればマナの乗りも良いだろう、だとか、そんなことを言っている場合でもない。

 

「ノーヴィン様は、この国の大会優勝者ですわ、ニト様」

 

 楽しそうに肩を震わせながら、ランキョクさんが説明する。

 それを聞いたレフィは、まるで自分のことのようにムンと胸を張った。

 

「そうです! もう何年も負けてないんです! ノーヴィンさんと一緒にいる戦士の中に剣を使うヒトがいるんですが、この人がもうすごいんです。格好いいんです。一度だけしか見たことないですが! 本当にもう、かっこよすぎるんです! 剣が光って、目でも負えないくらいの速さで、敵の真ん中を走り抜けながら、ばばばばーってやっちゃうんです」

「やっちゃうんですか」

「やっちゃいます! ふん!」

 

 鼻息が荒い。

 けれどその目には、明確な憧憬が見て取れる。夢見る少女のオーラを全身に纏ったレフィの表情はいつになく輝いている。

 

「わたしもいつかノーヴィンさんの戦士になってみたいです……!」

「おっ、自信家ですね」

 

 俺が軽く茶化すと、レフィはこちらを睨みながら口を尖らせた。

 

「それは、無茶なことを言っているのはわかってますケド……。夢を見るくらいいいじゃないですか」

「いや、構わないんですが、僕は捨てられてしまうんだなあと思いまして」

「ニトさんなんか小指でぴんですよ」

「そのときはせいぜい遠くまで転がってみせますよ」

 

 軽口の応酬に、喉が乾いた俺はもう一度飲み物を口に運んだ。

 ぬるめの温度が口内に優しい。

 容器が空になったのを察したのか、ランキョクさんがポットの取っ手に手を掛けて小首をかしげた。ありがたくいただくことにする。

 

「そういえば、ランキョクさんも大会とか興味あるんですね?」

 

 聞きながらまた一口飲むと、ランキョクさんは苦笑した。

 

「あの子達もノーヴィン様が大好きなので……、もう、耳にタコができてしまいますわ」

「あ、ランキョクさん自身はそれほどでもないんですね」

「ええ、そうですわね。争いごとは、少し……」

「意外ですね」

「意外……、ですか?」

 

 ランキョクさんが目を丸くしたのを見て、俺はしまったと思った。

 

「ああ、いえ、もしかしたらそういうことにも詳しいのかなって」

「あらあら、どうしてそのように思われます?」

「なんとなくです」

 

 俺は手元の容器を見つめて、彼女から視線を外した。テーブルの上にそっと置く。思いのほか慌しく広がった波紋に、胸のあたりがヂリっと焦げるのを感じた。

 いけないいけない。

 

「……うん? レフィさん?」

「は、はい?」

「どうしたんですか?」

 

 気付けばレフィがやけにおとなしくなっている。ノーヴィン談義でランキョクさんと会話に花を咲かせるのかと思っていたのに、さきほどまでの勢いはどうしたのだろうか。

 

「な、何がですか?」

「ノーヴィンさんのお話の続きとか、しないんですか?」

「しないですよ。迷惑に、なりますし」

「いまさらですか? さっきも存分に語っていたと思いますけど」

「いいんです! しません!」

「あ、はい」

 

 ランキョクさんがノーヴィンにそこまで興味がなさそうなのがショックだったのだろうか。それともあの二人と趣味が一致してしまったのがショックなのか。目が泳ぎがちなその様子は、残念がっているというより、何か別の不安があるようにも見える。お腹が痛いのだろうか?

 

「そろそろあの子達が戻ってくる頃ですから、私は一度迎えに行きますね。この間のように、またレリフェト様に失礼があってはいけませんし」

「あー、そうしていただけると助かります。特にレフィさんが」

「……お、お願いします」

 

 それだけ言うと、ランキョクさんは丈の長い服の裾を上手に操りながら、入り口の方へと歩いていった。

 あれほど着こなしの難しそうな衣装でも立ち居振る舞いが自然なのは、本人の優雅さはもちろん、なにより慣れと経験の賜物だろう。だったら一体、この村に来る前のランキョクさんは何をしていたのだろうか、とか。旦那さんはどんな人だったのだろうか、とか。やっぱり、詮索することはしないけれど。

 

「に、ニトさん……」

「はい?」

 

 ランキョクさんの出て行った戸からレフィに目を向けると、やはり彼女は何か、不可解そうな表情をしている。

 

「あの、ランキョクさんって、……ランキョクさんは」

「ランキョクさんがどうしました?」

「……いえ、やっぱりなんでもないです」

「はい?」

 

 レフィは苦い顔をしたまま首を捻った。

 どうやらランキョクさんに関して何か思うところがあるようだけれど、それがうまく言葉にできないように見える。

 仕方の無いことだろう。俺自身もこれだけランキョクさんと長いこと交流があるにもかかわらず、わからないことだらけだ。あと一歩壁の向こうに入れてもらえたなら、そしてそれが俺だったならと考えたことはいままでに何度もある。けれどその先にいる彼女の全てを受け止めようとするには。

 

 おそらく俺という器はあまりにも、小さくて脆い。

 


 

   *   *   *

 

 

 

「さて、狩りですね」

「狩りですねえ!」

 

 俺が腰に手を当てると、レフィも真似をして胸を張った。

 村から“あの泉”までの道中を、今度は香水なしでいく。ここ一帯はハウジールドという魔物の住処だ。大層な名前ではあるが、鼻の効くウルフ系の中でも最も「名前負け」していると言われているなんだか残念で可哀想なヤツである。このあたりで活動を始めた者なら、やはり最初に狙うであろう魔物のうちの一匹だ。もちろん魔物特有の機敏さはあるだろうし、当然、牙もある。

 なにより、今度の相手は敵対行動を見せれば、容赦なく襲ってくる。

 

「ずいぶんご機嫌じゃないですか」

「それはもう! あの二人に襲われる心配がなくなりましたからね!」

 

 レフィが魔物以上に警戒しているらしい二人は、さきほど村の中ですれ違った。「双子が戻ってくるのなら、すぐに狩りに出発しましょう」というレフィの提案を受け入れた結果ではあるが、ランキョクさんの目の前ではスズちゃんもコチョウちゃんもやはり大人しくするしかないようだ。酷く物欲しそうな表情とワキワキとした手の動きにレフィも怯えていたけれど、ランキョクさんの一喝で二人は姿勢をただし、同時に盛大なため息を吐いた。

 夢破れた同志達に、俺は心のなかで静かに祈りをささげた。

 

「説明は村でした通りですが、いけますか」

「一匹ずつですよね、わかってます」

「複数で襲ってきたらすぐに逃げますからね」

 

 俺がレフィの様子を伺うと、わくわくした顔がこちらを見上げてくる。けれど、俺の緊張を感じ取ったのが、すぐにスッと表情を引き締めた。

 いい顔だ。

 

 山道から泉までの一本道は木々が入り組んでいて、途中に開けた場所が一箇所だけある。

 そこまでいけば見通しも良く動きやすくはなるが、同時に相手にしなければならないハウジールドの数も増えそうに思える。足場は悪いが、まずは村に近いこのあたりの山道で戦うことになりそうだ。

 

「気付かれる前に見つけられますかね?」とレフィが俺を見る。

「無理でしょうね。香水の匂いを遠くでも嗅ぎ取って、僕らに姿も見せずに離れていくような奴らですから、僕らがこの山道に入った時点で何匹かは気付いてるんだと思います。ただそこまで好戦的という訳でもないらしいので、こっちが何もしなければいきなり襲い掛かってくる可能性は低いでしょうね」

「襲ってこないんですか」

「いや、もちろん絶対ではないはずですけど……、たぶん頭が悪いんですよ」

 

 目もよく身軽なレフィが先を歩き、俺は村で借りた簡素な木の盾を片手に、その後姿を追う。

 普段は何も考えずに歩けた道を、香水を使っていないというだけで、これだけ不気味な道に感じるとは思わなかった。目と鼻の先に、下手をすれば命のやり取りをする相手がいるかもしれないという環境はおそらく初めてだ。胃が引き絞られるような独特の緊張が襲ってくる。

 先にあの狼に出会っていたことは不幸中の幸いかもしれない。レフィもよく、まだクリスタルも装備もない状態であのパーティに同行していたものだ。

 

「います」

 

 切迫した小さな声に、俺は体が強張るのを感じた。

 しばらくレフィの様子を見てから、俺も彼女に近づく。

 

「たぶん、アレですよね」

「……アレだな」

 

 おそらく背丈は俺の腰ほどもないだろう。薄黒い毛に、所々に斑点模様が見える。

 こちらに気付いている様子はあまり見られないが、ただ単に眼中にないといった感じか。想像していたほどの図体でもなく、こうして本体を見てしまうと多少の余裕も生まれるらしい。

 ぺちぺち、と自分の額を叩く。見た目で判断してはいけない。

 

「一匹ですよね?」

「わたしにはそう見えます」

「わかりました、僕が投げますね」

 

 俺が足元の手ごろな石を拾い、狙いを定める。

 当たらずとも近くに落ちれば敵と認識されるだろう。一匹だけ釣って少し退き、レフィとのタイマンに持ち込む。

 

「ふっ!」

 

 放った石は我ながら綺麗な放物線を描く。

 よし、バッチリ――――。

 

「――――もう一匹います! そこ! そこ!!」

「えっ」

 

 小石が見事に直撃したのと、別の木陰からもう一匹のハウジールドが出てきたのはほぼ同時だった。

 

「二匹! 二匹です!!」

「無理無理無理、逃げる逃げる」

「逃げます!!」

 

 言うが早いか俺達は互いに全力疾走する。

 自分より一回り二回り小さい女の子に遥かな加速力で追い抜かれていくのも、これが初めてだった。

 

 

 

「はあ、ふう、んげ」

「もう、だらしないですね」

 

 肺が痛い。

 運動をナメていた。なんなら司令の役目も少しナメていた。完全にダメだ。

 今日から走りこみとトレーニングをする必要がある。早急に。

 

「はっ、はあ」

 

 スタミナをつけて、筋肉もつけて、肺活量に発声練習と、護身用に正しい盾の扱い方と。

 ああ、やらなきゃいけないことが山済みだ。

 

「はあ、ふ、ふははは」

「気持ち悪いです。なに笑ってるんですか」

「いや、なんだか、楽しくなってきちゃいました。頑張りましょう」

 

 なぜか気分がいい。一週回ってハイになってきたのかもしれない。

 ひとしきり笑って、俺は膝を叩いて立ち上がる。

 

「行きましょうか」

「さっきのやり方でいいんですか?」

「一匹だったら狩る。二匹いたら逃げて仕切りなおし。この繰り返しで問題ないです。一番安全です」

「もっとババーっと狩れたらいいんですが……」

「ランキョクさんに治癒魔法をお願いできるとは言っても、怪我は痛いですから」

「怪我くらい、へっちゃらですよ、わたし」

「それでも、です」

 

 その言葉に、レフィは俺の方をじっと見つめる。

 俺も無言で見つめ返していると、しばらくして「わかりました」と頷いた。

 

 

 

「まだ回避優先ですよ!」

「わかってます!」

 

 剣を下段に構えて、レフィは地面を弾く。やや体格のいいハウジールドはぐわあと牙を剥きながら、レフィの後方にあった大木に激突し、ぶるぶると頭を振った。

 俺はバッグの中の試験管に手を掛けながら、それを見守っている。木々の隙間から零れる日の光りは地面に網目の模様をつくり、風が吹くたびにざあざあと鳴いては暗い明かりを散りばめる。濃い色の土と木の根が入り乱れる地面に、レフィの足は器用に着地場所を見つけていく。

 経験し、吸収し、試行してフィードバックする。なまじ、これが初めての“戦闘”であるレフィは、剣の扱いこそぎこちないけれど、その体捌きはたった少しの時間で見違えるようになっている。たとえ獣性が50しかなかろうと、やはり俺とは比べ物にならない。

 

 ……いま!

 

「ふっ!!」

 

 俺の思考と一致するように、レフィはやや下向きから斜め上へと斬り上げる。剣の風斬り音に一瞬遅れ、クリスタルを吸収する瞬間にも似た独特の甲高い音が鋭く鳴り、木霊は木々の間を高速で過ぎ去っていく。マナ同士のぶつかる音。動物的な勘で致命傷を避けたハウジールドは、それでもすでに顔の周りが傷だらけになっている。剣に含まれる鉱石の質、レフィの花畑での経験と、そして身体を強化したことによる振りの強さが合わさり、それは確実にハウジールドの硬さを上回っている。

 

「レフィさん! もう一回です!」

「はい!」

 

 レフィはすぐさま地面を蹴り、再びチャンスを伺う。


 突進しか脳のないハウジールドを相手に、俺が提案したのはカウンターだった。

 もともと剣の重さもあり、レフィの方から敵を追うのは少し難しい。相手が立ち止まっていたとしても体勢が十分な状況では避けられるし、剣の振りが安定してきた程度では深い傷も付けられない。その点、相手が飛び込んできたところに合わせるカウンターは相手の勢いも利用できる。

 

「やっ!!」

 

 レフィの体が前方に倒れる。体重をかけるカウンターはリスクが高い。俺が声を上げる暇も無くハウジールドの体はレフィに重なり、そして呻き声を上げて転がった。剣は低い軌道。前ではなく、横。レフィがすれ違いざまに狙った前足は、その片方が不自然な短さになり大量の血を噴き出してる。やった。

 

「レフィさん! 敵が逃げます!」

 

 剣を振りぬいたレフィは、のたうちながら足を引きずる敵の背中を捉える。間髪入れない跳躍。高く振り上げた剣は、掛け声とともにまっすぐ振り下ろされる。短い断末魔が木々の間に消えた。

 

 

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