第9話 レフィのクリスタル

 

 

 

「一応聞きますけど、素振りは頑張ってたんですよね?」

「がっ、頑張ってたんですよ! ……これでも」

 

 さきほどまでの得意げな顔は見る影もない。

 

 ひらひらと舞う光の羽は虫のような頭や胴体もなく、輝く粉なようなものを漂わせながらあちらこちらと揺らいでいる。飛び交う一匹に狙いを定めたレフィ渾身の一撃は、妖精のはるか低空を切り裂き、鮮血のように舞った赤色の花弁に、俺は静かに祈りをささげた。

 

 実に尊い犠牲だった。

 

「一度、素振りだけ見せてもらえませんか?」

「い、いいですよ!」

 

 彼女は上段に剣を構える。

 が、その姿勢すら保てずに、わたわたとよろけて、ざしゅ、と土に剣を振り下ろした。

 種族としての機敏さは目を見張るものがあったけれど、絶望的に腕力と体重が足りていない。剣を振るどころか、剣に振られてしまっている。この様子なら、腕相撲をしても俺の圧勝に違いない。

 

「や、やあ! とお!」

 

 勇ましい掛け声と共に、剣を降った方向へ、ふらふらよろよろと、小さな体が持っていかれる。見ていて飽きないけれど、この素晴らしい太刀筋に俺の今後の命も懸かっているかと思うとあまり笑えない。

 残念ながら剣に関しては俺もド素人だ。

 言えそうなことは限られる。

 

「レフィさんレフィさん」

「は、はいー?」

「足、閉じすぎじゃないですかね。もっと開いたほうが安定すると思いますよ」

 

 まず、重心が高い。

 足腰は強そうなのだから、もっと姿勢を低くしたほうがいいと思う。

 

「あ、あし開いたらかっこ悪いです」

「かっこよく戦いたいんですか?」

「スッて構えて、ばばばーって振るんです。……あの人みたいに」

 

 あの人。

 剣を買ったときにも確かそんなことを言っていた。彼女に強い影響を与えた、憧れの人というのが存在するのだろう。

 憧れを追っているのであれば、俺がヘタに止めるわけにもいくまい。

 曰く、他人を変えようとするのは不幸になりたいやつのすること、というやつだ。

 

「まあ、わかりましたけど、日没までには戻りますからね」

「はい……」

 

 剣を手に、レフィが妖精を追いかける。

 次第に半円に刈り取られていく花畑を尻目に、俺は西日になりかけたお日様を追いかけ、背中を地面に倒した。レフィの丸い掛け声と、剣が地面を削る音と、それに続く小さな悲鳴だけが何度も繰り返されていく。

 一匹でも倒せばきっとはしゃいで起こしにくるだろうから、それまで眠ろうか。

 せっかくの陽気だ。無駄にすることは無い。

 

 

 

 

「にっ、ニトしゃん~……」

「んあ?」

 

 やっと一匹か、と思って身体を起こすと、目の前にはあちこち汚れたレフィが半べそをかいて立っていた。新品の装束だけがピカピカなのが実に興味深い。最近の魔法繊維も進歩したものだ。

 

「当たらないです……」

「そうですかー、残念でしたね」

「ど、どうすればいいですかっ!?」

 

 どうすればいいときたもんだ。

 泥のついた頬にもだいぶ努力の跡が見える。それでも成果が出せなかったとすれば、いまならそれほど抵抗なく話を聞いてくれるかもしれない。

 

「そうですね……、僕も剣を扱ったことが無いので、二人で考えましょう」

 

 俺があくまで協力者という体で提案すると、レフィは神妙な顔でこくんと頷いた。

 上からの物言いにならない方が意見が交わせそうだ。そもそも上から言えるような剣豪でも何でもないのだから。

 

「僕が思うに、妖精さんを斬ろうとしなくても当たればいいと思うんですよね」

「当たればいい、ですか?」

「花びらや茎はすっぱりと切れてるじゃないですか。剣には重さがあるし、切れ味も悪くなさそうなので、当たりさえすれば妖精さんくらいなら真っ二つにできると思うんですよね」

「そう、でしょうか」

 

 レフィは花畑を振り返る。まるで局所的なつむじ風が吹いたかのように、レフィが暴れていた一帯が綺麗に丸裸になっていた。

 

「ち、ちょっとやりすぎましたかね」とレフィが頬をヒクつかせた。

「お花にはあとで一緒に謝りましょう。それよりも剣を正確に振れるようにしましょう。さっきは嫌そうでしたけど、とりあえず一回、足を大きく開いて振ってみませんか?」

「やってみます。どんな感じですか?」

「えーっと……」

 

 俺はレフィの荒らした一帯から、長めに残った茎を一本手に取る。へにゃっと元気なく垂れるソレは剣と呼ぶには少しばかり覇気が足りない気もするけれど、とりあえずはこれで。

 レフィに刈られたその命、無駄にはすまい。

 

「こうやって、足を横に開いて、姿勢を低くして。ぶん」

「……ぶん」

「ぶん」

「……ぶん」

「お、いいんじゃないですか? さっきよりは安定しているように見えますよ」

「……かっこ悪いです」

「まあ壊滅的にカッコ悪いですが、実験みたいなものなのでとりあえず……、……? レフィさん、その剣もっと短く持ってみませんか?」

「はい?」

 

 剣から顔を上げたレフィに、俺は再びその全体像を確認する。

 絶望的にダサい。女の子がすべきポーズではない。

 やはり見た目も大事だなあと思う。けれど、せっかくの変化を無駄にするわけにもいかない。

 

「その、持ち手のところ、めいっぱい長く持ってますよね」

「えーっと、その方が遠くに届くかなって、おもったんですが……」

「当てることが目標なので、一回短く持ってみましょう。……そうです、それでいいです。それで一回振ってみてください」

 

 ぶん、ぶん。

 声に出しながらの素振りは、なかなか悪くない精度で同じような高さを往復する。

 ジャンプのときと同じ目つきをしている。集中して我を忘れているのか、ツンと飛び出した口がなんとも愛らしい。

 

「なんか、振りやすいかもです!」

「いい感じですね。敵を切る! って感じじゃなくて、当てに行くような雰囲気で大丈夫だと思いますよ」

「……ぶん、……ぶん」

 

 別にぶんぶん言う必要はないのだけれど、順調なので良しとしよう。

 これならいけるかもしれない。

 

「よし、じゃあ本番、行ってみましょうか」

「はい!」

 

 元気の良い返事をして、レフィは足を大きく開いたままずんずんと前進していく。

 なんだろうか、この愉快な生き物は。

 

「いきますよお……、ぶん!」

「あ、惜しい」

 

 思わず感想が飛び出てしまうほど、ギリギリのところを剣先がかすめた。いままさに命のやり取りが行われたというのに、寸前で避けた妖精は何食わぬ様子で同じ場所でひらひらしている。舐めているのか、そもそも危機感がないのか。

 

 レフィは幾度となく狙い澄まして剣を振るう。

 最初とは見違えるほどに正確さが増している。もちろん威力はあまりないだろうけれど、当たればそれでいいのだ。

 

「ぶん! ……はあ、はあ、あれえ。当たらないです」

「本当に当たらないですね……、もうちょっとなのに」

「やっぱり長く持ったほうがいいですか?」

「いや、届いてないようには見えないんですが」

 

 まるで剣のわずかな風圧に押し出されるように、切っ先のほんの少し向こうへひらりと避けてしまう。後ろから見ていると当たっていないのが不思議なほどすれすれだった。

 ある種の生存本能か。その振る舞いは優雅に見えて、意外と戦々恐々なのかもしれない。もしくはスリルを楽しんでいる変態か。

 これだけ上手に振っても当たらないのであれば、剣で倒すのは諦めたほうがいいかもしれない。

 

「真後ろに、ひゅって下がるみたいです」とレフィがつぶやいた。

「真後ろですか」

「上とか下とか、あと横にも避けてないように見えます。後ろだけです」

「…………なるほど」

 

 少しの間、その小さな背中を見つめてしまう。

 彼女はまったく諦めていない。俺がぼーっとしている場合じゃない。

 

 あくまで戦闘にこだわるなら、弱い魔法ひとつ覚えれば簡単なのかもしれない。狙い定めてまっすぐ撃てば、後ろに下がられたところでいつかは当たりそうだ。剣のような横なぎの線の攻撃ではなく、面で捕らえるような魔法も有効だろう。

 いずれにせよ、剣よりも奥行きがほしい。

 

「やっ!」

「おっ」

 

 レフィは今度は剣の柄をおなかに引いて構え、両足を横に開いたままひゅっと突き出した。

 それはもう、絶望的にダサい。横なぎよりもさらに酷い。けれど、なりふり構わない様子は、剣を当てるという一点にまさしく集中していて、俺は少し感心してしまう。

 なるほど、突くというのも確かにアリだ。

 

「やっ、やあ!」

 

 剣先は妖精にかすりもしない。腕を伸ばしきると、やはり狙いが安定しないようだ。しかも突きだと、線ではなく点で当てる必要がある。彼女の短い腕ではリーチも限られる。

 

 いや、そうか。

 安定して、届けばいいんだ。

 

「レフィさんレフィさん!」

「は、はい!?」

「ちょっと作戦会議しましょう!」

 

 剣を引きずりながら近寄ってくるその姿はかなり疲れているように見えるけれど、その瞳はまっすぐこちらを見つめていた。俺も言葉に熱が入ってしまう。

 

「僕もちょっと考えてみたんですけど、いいですか?」

「なんです?」

「レフィさんがいま剣先で突くようにしてたじゃないですか、アレがかなりいいと思うんですよ。で、それを安定して当てたいので、こういうのはどうかと……」

 

 俺は先ほどのしおれた茎にもう一度気合を入れ、剣に見立てる。

 そして今度は脚を前後に大きく開いた。

 

「となりで、同じようにしてみてください」

「はい」

「それで、剣を掴んだまま、腕を思いっきり脇を締めるんですよ。腕もおなかに寄せ付けて。剣の汚れを間近で見る感じで。そうです。これでたぶん、剣は安定しますよね?」

「……そうですね、なんていうか、からだと一体になってる気がします」

「そしたら、このままだんだん姿勢を前に倒すんですよ。……こう」

 

 俺は少しずつ前に出した足へ体重をかけるように、姿勢を傾けていく。レフィがまったく同じ格好になったのを見て、俺は口を開く。

 

「これで、跳ぶんです」

「と、跳ぶ!?」

「レフィさんは目が良くて、跳躍も素晴らしいので、このまま姿勢を下げていって、妖精さんが見えたら狙いを定めて、発射するんです。自分を。腕を突き出す必要もないので、顔から当たりにいく感じで」

「な、なるほど。……いや、でも、そんなのうまくいきますかね?」

「失敗したら次を考えましょう」

「わかりました」

 

 レフィはその場で向きを変え、狙うべき妖精を見定める。

 

「レフィさん、もっと近くからでいいと思いますよ。剣を振れるくらいまでは近付けるわけですから」

「あ、それもそうですね」

 

 再び花畑に近づいたレフィは、予定通りに足を前後に大きく開く。

 抱きかかえるように剣を垂直に立て、沿うように天を仰いでから、その身をゆっくりと前へ倒していく。

 ぴたりと止まる。相手を見定めたようだ。

 ざり、ざりと靴を擦らせて、妖精の動きに微調整を繰り返す。さながら、飛び掛る寸前の猛獣である。

 

 その身がさらに沈む。

 行け。

 

「はっ!!」

 

 地面を蹴った小さな体は、鋭く低空を飛ぶ。すぐに通過した空中に、残された一匹の妖精は、風圧に煽られたかふらりと妙な動きをする。横に避けたようには見えないが、仕留めたわけでもなさそうだ。

 ざざー、っと地面を滑る音がして、レフィが立ち上がる。跳躍が低かったおかげで体勢が安定していたか、もしくは身のこなしがいいのだろう。最初の着地も見事だったのだから。

 

「どっ、どうですか!?」

 

 振り返ったレフィに、俺は妖精を注視する。

 明らかに他のものに比べて動きがおかしい。優雅な羽ばたきが維持できていない。

 ……あ、羽が欠けているんだ。

 

 剣先はわずかに逸れながらも、ほんの少し、だが確実に、その小さな標的を捉えていた。

 

「レフィさんレフィさん! ぶん、です、ぶん!」

「ぶん!?」

「そこそこ、そこの一匹です。羽に当たったみたいです。今ならいけます!」

「ああっ! ぶ、ぶ、ぶっ」

 

 焦ったような口ぶりで、レフィが駆けてくる。

 

「落ち着いて、レフィさん。いけます」

「はあ、はい。ふう、ふー」

 

 息を整えながら、よれよれと飛行するソレを見つけ、レフィは近づいていく。

 足を開く。腰を落とす。

 

「ぶん!!」

 

 無駄な力の抜けた良い一振りは、いままでで最高の掛け声と合わさり、光る羽を真っ二つに切り裂いた。

 

「……あ、や、やった。やった!? やりました!? え? わ、わあ」

 

 ひらひらと落ちる光りは散らばり、消える。

 周囲から、淡い空気の歪みが次第に集まってくる。それは光りとなり、消えた羽のあたりで一点に凝縮され、ぱっと白い明かりを放った。

 ほんの一瞬の眩い閃光が薄れると、その中心には乱反射する透明の水晶が出現している。

 クリスタルが目の前で出来上がるところを、俺は初めて見たかもしれない。

 

「く、クリスタルですか……? これ」と、レフィは呆然とした表情をする。

「これがクリスタルですね。レフィさんだけのクリスタルです」

「わたしだけの……」

 

 大粒の水晶は、まるで重力を感じさせない動きでふわりと落下していき、地面に触れると、ぽてっと転がった。

 

 レフィの初めてのクリスタルは、透き通るような美しさだった。

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

「うふ、ふ、えへへへ」

「…………」

 

 少女は光る水晶を大事そうに両手に抱え、空の色を透かすように高く掲げる。頬によせる。片目を閉じて覗いてみる。赤子を抱くように胸元に寄せて、にやにやと見下ろす。

 いつになれば俺の存在を思い出すだろうか。

 いや、気づいた上で、この状態なのかもしれない。

 

 その場でくるくる回ってみたり、愛おしそうに見つめてみたり。

 このまま眺めていたらあと百通りの愛し方を見せ付けられるかもしれない。まあしかし、ここまで無邪気に喜びを表現できるのは羨ましくもある。

 

「クリスタルですー! わたしのクリスタルですー!」

「そうですね」

「はー……」

 

 感無量といったところだろうか。

 もうこれで四度目になる「そうですね」は、薄まりに薄まって何の味もしない。そうですねのストックが尽きたらどうしようか。どうでしょう、とでも言ってみようか。言い方さえ似ていればいまの彼女なら問題ないだろう。

 どうでしょう。レフィさんどうでしょう。

 

「嬉しいです……!」

「どうでしょうねえ」

「はあ、幸せです」

「どうですかー」

「ニトさんもそう思いますよね」

「どう思います」

 

 しつこく意見を伺うひとが誕生したけれど、それでも会話は成立するらしい。

 いや、成立しているのであれば何らかの見解を示して頂きたいところではあるけれど、どうせ頭の部品が抜けたような言葉しか返ってこない。

 急に景色が色づいて見えるだとか、世界はこんなに美しいだとか、そんなところだろう。

 なによりです。レフィさん。

 

「綺麗ですねえ」とレフィは目を細める。

「僕の方が綺麗ですよ」

「そう思いませんか?」

「思わせぶりな言葉は時にヒトを傷つける」

「もっと集めて並べてみたいですね」

「走って逃げよう」

「……あ、そういえば、このクリスタルってどうすればいいんですか?」

「明日に向かって」

「あ、あす? あしたに備えたほうがいいんです?」

「あしっ、……あれ?」

 

 気づけばレフィがきょとんと俺を見つめている。

 俺も彼女の一緒になって首を傾げる。彼女はいま何の話をしていたのだろうか。

 

「えっと、何でしたっけ」と俺は訊ねる。

「もう、ひとの話はちゃんと聞いてくださいね?」

「……………………はい、すいません。それで?」

「このクリスタルって、どうすればいいんですか?」

「ああ」

 

 彼女も以前のパーティでいくつかの狩場は見ているはず。クリスタルを目にすることも初めてではないだろうけれど、いざ手に入れてしまうと使い方がわからないのだろう。

 

「大きく分けると二つです」と俺は指を立てる。

「ひとつは自分自身、つまり体ですね、自分の体に吸収して身体能力を高めることができます。そしてもう一つは技。これは魔法も同じですが、協会のライブラリから欲しいものを選んで、自分に適合させる必要があります」

「協会で魔法を覚えられるのですか!? そういえば街でもそんなこと言ってましたね? 魔法を覚えるのにもクリスタルが必要なんですか」

「厳密に言うと人力で覚える方法もありますけど、ものすごい時間がかかると言われています。人生を賭して研究してくれた偉大な先人たちの知恵にあやかっておけばいいんです。レフィさんがよぼよぼになる頃に、魔法のひとつやふたつ、使えればいいというのであれば話は別ですが」

 

 そう言うと、レフィは怯えるように体を縮めてぶるぶると首を振った。

 俺は込み上げる笑いをかみ殺す。

 

「その適合作業も、大きなマナを必要とするらしいです。なのでクリスタルと引き換えに技や魔法を身に付けることができるということです。クリスタルはとても濃密にマナを含んでいるそうなので」

「なるほどです」

「どうします?」

 

 彼女は視線を落とし、きゅっとクリスタルを抱きしめる。

 逡巡するような瞳に、クリスタルの光りが反射する。

 俺は気付かれないように片手を握り込み、爪を食い込ませる。痛いなあ、痛いなあと思いながら、ただじっと彼女の答えを待った。

 

「……自分に」と彼女はそっと口を開く。

「これを自分に使うかわりに、体を鍛えることはできませんか?」

「体を鍛える?」

「いえっ、あの、わたしには全然わからないんですけど、きっとトレーニングすれば体は強くなるじゃないですか。クリスタルの力に頼らずに強くなれれば、その分、たくさんの技や魔法が覚えられると思うんです」

「なるほど、その発想はすごくいいですね」

 

 俺の言葉に、レフィの表情がぱっと明るくなる。

 クリスタルがとても貴重なものであるということを教えていないにも関わらず、彼女は肌でソレを感じ取っているのだろう。もともと戦士としての才能には恵まれていない彼女だからこその発想だろうか。ほんの少しでも無駄にしたくないという効率的な考え方は、俺からすると非常に好感が持てる。

 けれど、そうもいかない。

 

「レフィさんは、マナがどんなものかは知っていますか?」

「マナですか? わ、わからないです」

「正直僕もわからないんですが、世の中ではマナを“意思のエネルギー”と捉えることが多いようです」

「いしのエネルギー?」

「そうです。マナというもの自体が何らかの感情を持っていて、それが生き物に影響を与えたり、逆に生き物の気持ちがマナに影響を与えたりする、なんて言われてます」

 

 そこまで言って、俺は一度言葉を切った。

 これは俺が教えなくても、どうせすぐに知ってしまうことだ。

 

「はっきり言うと、トレーニングで体を鍛えただけのひとでは、クリスタルを取り込んだひとにはまず勝てません。ぼっこぼこにされます」

「ええっ!? 同じじゃないんですか!?」

「クリスタルを取り込んでも、筋肉が付くわけでもなんでもないんです。見た目も中身も何も変わらないんです。ただ、跳びたい、走りたい、攻撃したい、守りたい。そういった意志を発したときに周囲のマナがそれを感じ取って、助けてくれるらしいんです。クリスタルを取り込めば取り込むほど、この影響は強くなります。もちろん体を鍛えるのも大事ですが、マナの力はそれを上回ります」

「そ、そうなんですね……」

 

 どうしますか。と俺は出来る限り優しい声を作る。

 協会に持っていくか、それとも吸収するか。俺はそのすべてを彼女に委ねる。

 彼女には憧れている人がいる。なりたい自分がある。目指している道のりがあるのだ。

 

 レフィが顔を上げる。

 その瞳は不安そうに揺れている。

 

「わたし、どうすればいいですか?」

 

 その言葉に、俺は奥歯に力をこめた。

 

「……レフィさんが望むように、すればいいと思います」

「わたしが望むように……?」

「レフィさんが言っていた、例の技。僕、知ってますよ」

「えっ!?」

 

 俺は片手を広げる。

 やけに腕が重い。

 

「光る剣をばばばーって振るやつですよね。それも協会のライブラリにあるはずです。かなりの大技なので、クリスタルをたくさん集める必要があるとは思います」

「集めれば、覚えられるんですか!?」

「覚えられます。どうします?」

「うう、覚えたい……、覚えたいですがあ……」

 

 彼女は頭を抱えて悶える。

 やがてその愉快な動きはぴたりと止まり、レフィはなぜか俺の顔を見上げてくる。

 丸い瞳が何かを探すように小さく揺れ、そして瞬きを一度してから、視線をすっと落とした。

 

「……とりあえずは、わたしに使おうと思います」

 

 地面に向けて放たれた言葉は空気に沈んでいく。口元は笑っているようにも見えるのに、声色にさきほどまでの明るさが見られない。クリスタルを吸収するということが、とても彼女の本意であるようには思えなかった。

 

「技はいいんですか?」

「……自分にクリスタルを吸収すると、どんないいことがありますか?」

 

 彼女は俺の質問には答えない。

 代わりに受け取った質問へ、俺はとりあえず回答する。

 

「今後の狩りが簡単になるというのはあるでしょうね。いまのレフィさんはマナの影響がまったくありません。0が1になる変化というのはとても大きいです。剣を振りやすくなるのも、怪我をしにくくなるのも、なかなか悪くない選択だと思いますよ」

「じゃあ、そうします。どうすればいいですか?」

 

 即決も即決。

 あまりにもすんなりと受け入れてしまう彼女に、俺はその場でつんのめりそうになる。

 なんだ? 悩んでいたんじゃないのか?

 

「……クリスタルの力を得るのであれば、強く祈るか、念じるか、すればいいんだと思います。その水晶は意思の塊みたいなものなので。僕も取り込む瞬間を見たことはないので、間違ってたらすいません」

 

 俺の言葉に、レフィは頷いた。

 胸元にそれを抱えたまま、彼女は静かに目を閉じる。しんとした空気に、わずかな風が花畑を駆けていくのを聴いた。

 俺は息を殺して目を伏せる。眉間のあたりがぐうっと暗くなる。

 どこかほっとしている自分がいるようで、ひどく不快だった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る