第5話 服任せ

 

 

 

 朝は遠征組のパーティが多い。

 狩りの時間を確保するために早めに出る必要があるのだろう。

 

 街道まで戻った俺とレフィは、もと来た道を引き返すように出会った街へ向かっていた。すれ違いざまに感じるジロジロとした視線は、すぐに嘲笑するような表情に変わる。

 顔を見られているというよりは、そのやや下、首元。協会の印は俺もレフィも服の中に入れているけれど、それを通している紐を見ているのだろう。

 

「…………」

 

 隣を歩くレフィはさきほどから黙ったままだ。

 俺よりはそういった視線に慣れているのかと思ったけれど、そういうわけでもないらしい。あの頬の傷のおっさんのパーティでの惨めな時間が原因か、それとも彼女自身の適正からくる劣等感か。

 まだ自信もなければ、気持ちをコントロールする方法もわからない。

 向けられる悪意をただただ受け取ってしまう。そんな感じに見える。

 

 まあ、鋭利な刃物で刺されることに慣れる奴はいないか。

 そらそうだ。

 

「レリフェトさん?」

 

 俺は特に用事もなく呼びかける。

 フルネームで呼ばれたレフィは、怪訝そうにこちらを見上げた。

 

「……なんですか、ニトさん」

「いえ、やけに足元が気になるみたいだったので。もしかして地面が恋しいのかと」

「地底人はあなただけで十分です」

「そうですか、残念です」

「…………」

 

 レフィは口をぎゅっと結ぶと、また下を向いてしまう。

 冗談すら言い返してこないところを見るに、かなり重症のようだ。

 

 俺は少し先に落ちている小石を見つけ、小走りに近づいて道の端へ蹴飛ばす。

 ナイーブな姫様のために障害は全て取り除いておく必要があるだろう。などとふざけたことを考えながら、そのまま歩みを緩めてレフィの斜め前を歩く。

 

 すれ違った男だけのパーティが、悪意を隠そうともしない笑みを俺に向ける。「みたかあの小僧」「なんの装備もしてねえ」とゲラゲラ笑いながら通り過ぎていく。はたして彼らの頭の装備は十分だろうか。もしかしたら脳みそを売って武器を買ったのかもしれない。そうか、だからあんな武器しか買えなかったに違いない。

 

「……服」

「はい?」

 

 すぐ後ろから聴こえた声に、俺は振り向かずに返答する。

 

「服、買いたいです」

 

 つぶやくような声は俺に向けたものというよりは、ひとりごとに近かった。

 そういえば昨日からしきりに言っていたなあと俺は思い出す。せっかくボルダーになったのだから服も新調したいと。けれどお金がないからまだ先になると。

 

 彼女にとって見た目も自信に変わるのであれば、それも確かに、アリかもしれない。

 

「……服ですか」

「服です。もうこれもボロボロなんです」

「まあローブじゃ動き辛いかもしれないですね」

「言っておきますけど、ニトさんの服もですからね?」

「え?」

 

 思わぬ発言に振り返ると、レフィは呆れたようにこちらを見上げていた。

 まだ着始めたばかりの服なのだが。もしや。

 

「ダ、ダサいですかね、僕」

「ダサいです。いつの時代の服ですかこれ」

「え、そんなに酷いですか?」

「いま売ってる布っていうのは全部、汚れが付かないように加工されているらしいです。わたしのローブですらそうです。痛みはするけど、汚れはしないんです」

「…………ほんとですね」

 

 俺は言われたように、彼女のローブを確認する。

 所々の穴や破れが気になってボロく見えていたけれど、確かに汚れというほどの汚れはどこにも見られない。

 

 全然、知らなかった。

 

「なのに、ニトさんの服はなんですか、デザインもそうですけど、ここにも、ほらここにも」

「ちょ、くすぐったいです、レフィさん」

「どこからこんな服を持ってきたんですか。掘り出し物ですか?」

「いや、その」と俺は口ごもる。「パロームおばさんの、亡くなった旦那さんの服を着させてもらっているので……」

「ああ……」

 

 納得したように、彼女は睨みつけていた服から手を離した。

 そうか、古いのか、これ。おまけにダサいのか。

 

 自慢じゃないが、俺には本当に司令レフィンダー戦士ボルダーの知識と、調合の知識しかない。ファッションなんて邪魔にならずに体を保護する機能さえあればそれで十分とすら思う。

 もちろん、奇抜すぎる格好かそうでないかくらいは判断できる。腰巻ひとつで外を歩いている男性がいれば、ちょっと薄着だなあ、くらいの感想は俺だって持つのだ。見くびってもらっては困る。

 

 ……まあしかし、適材適所か。

 レフィもそれなりに町は回ってきたはずで、その時々で歩く人や店にある衣装に興味を持っていたに違いない。むしろお金がなくて買えない分、フラストレーションが興味に上乗せされている可能性すらある。

 

「こうしませんか」と俺は提案する。

「なんですか?」

「服選びにまったく自信がないんですよ、僕。だからレフィさんに服を見繕ってもらいたいです。あ、この帽子だけは思い入れがあるので、このままで。もちろんお金は全部こっちで払います」

「……まあ、それくらいは、別にいいですけど」

 

 まんざらでもなさそうな表情に、俺は見えないように拳を握った。

 

「で、選んでもらった報酬として、レフィさんの新しい服も一緒に買います。どうですか」

「……へ、ええっ!?」

 

 一瞬、何を言われたのかがわからなかったかのように、彼女は一拍遅れて目を見開いた。ピンと立ち上がった耳からも、その驚きようが伝わってくる。

 

「え、でも、それは」とレフィがうろたえる。

「どうしますか。選んでもらえないと、僕はたぶん一生この服を着続けます」

「い、一生は、無理だと思いますけど……」

「無理じゃないです。次のお風呂はこの服で入ります。トイレもズボン下ろしません。レフィさんのせいで」

「わっ、そ、そんなことわたしのせいにされても困ります!」

「たぶん数日以内に、宿も出入り禁止を食らいます。なぜなら僕は食べたものを何日もお腹の中に溜めておけないからです」

「そんなの皆そうですよっ! ああもう、うう……」

 

 レフィは頭を抱えて小さくなる。

 それ以上小さくなられたら肉眼で確認できるだろうか。

 

「お、お金は返します。ちゃんと返します。それだったらいいです!」

「返す前に向こうのパーティに戻ることになるかもしれないですよ?」

「……いや、それでも絶対返します!! じゃなかったらだめです!」

「わがままですね」

「どっちがですか!? とんでもない格好で宿に入るとか言ってた人が何を言いますか?」

「……はあ、仕方ないですね。じゃあいずれお金は返してもらうということで」

 

 軽く話をまとめて、俺はまた彼女の前方を歩き出す。

 最初から「お金貸しましょうか?」なんて言ったところで、おそらく「いらないです!」と突っぱねられるのがオチだろうから、まあ、こんなところだろうとは思う。

 

「あ、と!」

「んぐふっ」

 

 背後から受けた腰へのタックルに、俺はやけに背筋が綺麗に伸びた人になったまま、数歩だけ前方によろけた。抱きつくような腕を離した彼女は、俺のすぐ隣に陣取り、そして先に歩き出す。

 

 な、なんなんだ。

 

「もういっこ、言っておきますけど」と彼女は拗ねたような声を出した。

「わたしがリーダーのところに戻るれるまでとは言いましたけど、今はあなたがわたしの司令なんです。だから、今のわたしはあなたの戦士なわけです。あなたを守って戦うのが戦士の役目だとアライクンさんも言ってました。だから、だから……」

 

 少女はぷいと顔を背ける。

 

「……さっきみたいなこと、してくれなくていいです」

 

 風を切って歩く小さな後姿に、俺は、あらまあと、どこぞの老人のような感想を浮かべる。

 意外と、バレるもんなんだなあ。

 

 

 

 

 

 

「そういえば、用事があるって言ってたのは何なんですか?」

「え?」

「ニトさんがアライクンさんに言ってたじゃないですか。事情があって、五日間くらいーって」

「ああ」

 

 街の門が見えてきたあたりで、レフィが不意に話しかけてくる。

 確かに、彼女には話しておく必要がある。

 

「えーっとですね」と俺は切り出す。

「まず、服と装備を新調するじゃないですか」

「そうですね」

「そうしたら先に宿を決めて、そのあとで街で受けられそうな依頼を探そうかと思ってるんですよ」

「依頼です? 魔物を倒しにいかないんですか?」

「めちゃくちゃヤル気じゃないですか」

「い、いえ、べつに……」

 

 レフィは恥ずかしそうに顔を逸らした。

 無理も無い。

 新品の服と初めての狩り。どちらも彼女にとっては念願なのだろうから、落ち着けという方が酷な話だ。

 

「魔物の素材集めなんかの依頼があれば、倒しながら依頼もこなせることになるので、先に情報だけ集めておきたいんですよね。まあ、僕達に倒せるような魔物の依頼はほとんどないとは思いますけど、今後、エリアを回る順番なんかも考えられるので」

「エリア?」

「そこらへんについてはまたその時に教えます。とりあえず、どんなときでも移動時間っていうのが一番無駄で、効率が――――」

 

 言葉が止まる。舌が回らない。

 口を開けたまま、俺は呆ける。彼女が俺を心配そうに見上げているのがわかる。

 

「ど、どうしました?」

「――――いえ。まあ情報が大事になるので、ゆっくりいきましょう。僕は服の件が済んだらいったん別行動を取ります」

「どこか行くんですか?」

「それがアライクンさんに言った事情ってやつですね。ちょっと野暮用があるので。できるだけ五日間以内に終わらせてきますが、最悪もっとかかるかもしれないですね」

「ええ!? そんなにですか? わたし、一人で大丈夫ですかね……?」

「あれ、戦士さん不安ですか?」

「だ、大丈夫ですっ! 大丈夫でしたっ!!」

「まあここなら治安も悪くないですし、昼の時間帯は自分も戻ってきますんで、そのときに情報の交換をしましょう。依頼の情報探しだけで結構時間は取られるかと思いますが、余った時間もレフィさんにはやっておいて欲しいことがあるので」

「やって欲しいこと? なんですか?」

 

 レフィが瞳を輝かせる。

 そうだった。彼女は料理当番しかやらせてもらってなかったのだ。

 

「無抵抗の妖精さんを殺す準備です」

「……え?」

 

 わざとあくどい言い方をすれば、少女はわかりやすい反応を返してくれる。

 

「正確に言うと、心の準備ですね」

「心の? え、妖精さんって?」

「レフィさんはまだ魔物とそれ以外の生き物の違いを知らないかもしれないで、いろいろと説明は端折ります。何を言いたいかっていうと、強くなるためとはいえ、最初からワイルドウルフなんてのと戦うわけにはいかないんですよ。死にます。普通に。マナの密度が違いすぎるので。だからそれを知っている人はみんな、誰にでも倒せる魔物から始めることになります」

「誰でも……。それが、妖精さんですか?」

「そうです。綺麗な羽が生えていて、ただふわふわしているだけの生き物ですが、ある理由でギリギリ魔物に含まれるんです。たとえ協会の人に聞いても、そこから始めろというくらいのものです。料理当番をしてたくらいなら、魔物を捌くのは慣れてますよね?」

「それは、そうですけど……」

「なら、レフィさんは自分を襲ってる魔物と戦うことにはそこまで困らないはずです。でも襲ってこない魔物を殺す必要も出てきます。見た目が可愛くて、僕達に懐くような魔物もこれから相手にします。まあ、いままでも生きるために家畜の肉なんかも食べたことがあるとは思いますので、いまさらと言えば、いまさらですが。自分の手でヤる必要が出てくるので」

「そ、そうですか……」

「時間はあるので、ゆっくり心を決めてもらえれば」

 

「いえ」

 

 強い否定の言葉は、自分を奮い立たせるためか。

 それでも、レフィの瞳はしっかりと俺を見つめていた。

 

「やれます。大丈夫です」

 

 ああ。と俺はその表情に確信する。

 この様子だったら、当日に言ったとしても大丈夫だったに違いない。

 むしろ俺の認識が甘かったようだ。

 

 なんとも、うちの戦士は頼もしい。

 

 

 

   *   *   *

 

 

 

 なんとなく予想はしていたけれど、服屋に行く予定はなくなった。

 

「……で、こっちが近接用の」

 

 店員の言うことにふんふんと耳を傾けるレフィの表情はいつになく真剣だった。

 

 予定通り、先に寄ったのは服屋ではなく、戦士御用達の店だった。

 まかり間違って金持ちの女の子が着るようなふわふわした服を選ぶ訳にもいかない。装備をするのにどういった服が適するのかを聞くつもりだったのだけれど、装備が置いてあるということは、装備に適した装束も一緒に売っているのは考えてみれば当たり前だったのかもしれない。手間が省けた。

 

 まあ、服屋に客を取られるかと思えば、店員が必死で引きとめようとするのもまた、当然なのだろう。最近のモノは色も鮮やかで、女性受けしそうな生地も多いんだなあと、ぼーっと品物を見て回りながら俺は思う。

 

 いや、最近も何も、以前がどうだったのかも、俺は知らないけれど。

 

 装束の型にもいろいろと種類があり、それぞれけったいな名前がつけられているけれど、そのどれもが目に入ったうちから後頭部に抜けていく。興味の網目が大きすぎて、ひとつも頭に引っかからないのだ。

 これが協会で開発された新魔法の名前や効果だったりすれば、水一滴と通すことはないのだろうけれど。まったく難儀なものだ。

 

 これでもう何度目かわからないが、もう一度レフィに目を向ける。その様子からして、すでに店員に取り込まれたといって問題ないだろう。ただひとつ予想外なのは、レフィが嫌そうな顔をまったく見せないことだ。

 

 服を買いたいと言っていたからには、女の子女の子した、可愛らしいフリフリちゃんになりたいのかと思っていた。けれど、いま店員が手元に説明をしている装束のひとつにも、彼女は眉間に皺を寄せるほどの勢いで食い付いている。

 デザイン性もきっと大事だけれど、戦いにおける装備の大切さもしっかりと天秤にかける真面目さというか、プロ意識というか。彼女はそういったものを持ち合わせているらしい。

 

「ニトさん、ニトさん!」

「はーい」

 

 レフィはこちらも見ずに俺の名前を呼ぶ。

 苦笑しながら、俺はそっちへ歩いていった。

 

「どっちがいいですかね!?」

 

 低いテーブルには、小さなサイズの装束のセットが二つ並んでいた。

 どうやらどちらもレフィのものに見える。

 

「まずはレフィさんのモノからですか」と俺はつぶやく。

「もうニトさんのは決まってますから」

「はやっ、……いですね」

 

「司令の方のモノがこっちですね」

 

 と、男性の店員さんが気をきかせて、衣装を腕にかけるようにして見せてくれる。これが今後俺が着ることになる服か。

 ……なるほど。今風だねえ。

 

「それで! いまはわたしの服をどっちにしようか悩んでるんですが、どうですか」

 

 レフィのやや食い気味な発言に笑いそうになる。別に俺の装束に不満は無い。彼女なりに真面目に選んでくれた結果だろう。それならば、俺も彼女の心意気に恥じぬよう、しっかりと自分の意見を伝えようと思う。

 ふんす、と気合を入れて、俺はテーブルに並べられた二つの装束を、しかと見比べる。

 

 …………なるほど。今風だねえ。

 

「いいと、思います」と、俺は適当に口にする。

「どっちがです?」

「どっち!? ……どっちも、いいと、思いますよ。とても、ええ」

「そうですかあ」

「そうですね」

 

 どっちがいいも何も、服選びに自信がないと言った俺の言葉を、彼女はすでに忘れているのだろうか。なんなら少女用ではなく、黙って少年用の装束も並べられても「いいですね」と答える自信がある。

 あえて言うとするなら、左の方がシンプルで良いと思う。なんならいまのローブ姿のレフィも、ごちゃごちゃしたモノは一切無く、わかりやすく可愛らしい。お風呂でさっぱりした髪は昨日とは比べ物にならないほどふわふわしている。

 

「ちなみに」とレフィが問う。

「どのあたりがいいと思うんですか?」

 

 ……いいと思う、なんてカッコつけずに、わからないと言えば良かった。

 

「どのあたりと、申しますと?」

「いいなって感じた部分をそれぞれ教えてほしいんですよ」

「……それぞれ?」

「それぞれ」

「二つともということででしょうか?

「そうです」

「ふむ」

 

 ふむ。

 なるほどね。参ったね。どうしようね。

 トイレを使わせてもらおうかな。お腹が痛くなってきた。

 

「えー……、まず、この左のものですが」と俺は切りだす。

「はい」

「『服だな』……って、最初に思ったんですよ」

「そりゃ、服ですからね」

「いえ、それって結構、重要なことじゃないかなって思うんですよ。例えば剣があるとして、すごく奇抜な形をしている剣だったら、どこが持ち手なのか、どう振るのか、そもそもこれは本当に剣なのかって疑ってしまうじゃないですか。だけどこの服を着ているのを他人から見られたとき、『あ、この人はいま、服を着てるな』って直感的に伝わると思うんですよね」

「……服を着てないと思われるような服装ってあります? 直感とかじゃなくて見た目でわかると思うんですけど」

「第六感に訴えかけるというかですね」

「視覚だけで十分じゃないですか?」

「レフィさん、あのですね」

「だいたい道端で『あ、この人、服を着てないな』って人と会ったことありますか? そんな、ふと気付くようなささいな出来事じゃないと思いますよ、全裸の人が歩いてたら」

「……次に右ですが」

「ニトさん? 左のはもう終わったんですか?」

「この服は、左のものとはまた違った良さがありまして」

「終わったんですね」

「いま、レフィさんに呼ばれて、こっちへ歩いてきたじゃないですか。そのとき、遠目に見たときから思ってたんですよね。そして、こう間近でしっかりと見て、確信しました。僕は感じたんです。『ああ、これは間違いなく、服だな』って」

「もう聞かなくてもいいですか?」

「……で、僕は思ったんですよ」

「もういいですって、わかりましたよ! 服なんですね!?」

「これはもしかしたら服じゃないかもしれないって」

「どっちですか結局!? ほんとにもういいです。時間の無駄です。すいません」

 

 レフィは俺を無視して、店員に話しかける。

 お金を出して、なぜか意見まで求められ、答えたら無視をされたのだ。あげくには時間の無駄とまで言われてしまった。自業自得だとは理解している。

 

 男性の店員は俺と同じように左の装束をすすめた。

 なかなかわかってるじゃないか。なんてことは言わないけれど、やはり男目線での評価はそちらに傾くのだろうか。それともただの運か。

 性能的にはどちらも変わらないというのだから、もう決まりで良いと思う。

 

「……こっちだと、あんまり似合わないですかね」

「いえ、そっちでも十分お似合いだと思いますよ」

 

 しかしレフィは食い下がる。

 

 そっち“でも”、と言っている時点で、店員のベストチョイスは右ではないのだろう。

 値札を見るに、少し右の装束の方が値が張る。にも関わらず店員が左を推しているのだから、そこからいろいろと見えるものはある。少なくともこの店員さんはいい人だ。

 

「うーん……」

 

 レフィの瞳は右の装束ばかりを見ている。

 たまにちらちらと左と見比べることはあっても、その羨望の眼差しがどちらに向いているのかは誰が見てもわかる。

 

 これ以上、店員さんを困らせることもないか。

 

「すいません」と俺は申し出る。

「こっちで、お願いします」

 

 俺が右の服の近くに手を置くと、レフィが「えっ!?」と声を上げてこちらを見上げた。

 店員さんは苦笑する。

 

「かしこまりました。一部、テイリングや裾などの採寸が必要になりますので、お待ちください」

 

 そう言って、店員は店の奥に姿を消した。

 レフィとしてはいろいろと複雑らしく、恥ずかしがるのか、喜ぶのか、それとも困るのか、どれにも落ち着かずに、ただ目の前の装束と俺を見比べて口をぱくぱくさせていた。

 

「そっちが良かったんでしょう?」

「……そう、ですけど、でも」

「いいじゃないですか。カッコイイですよこれ」

「服だなあ、とか言ってなかったですか?」

「服には違いないので」

「むう」

 

 レフィは口を尖らせて俯いてしまう。


 きっと彼女の中に、憧れの自分の姿というものがあるのかもしれない。だったら最後まで憧れを貫き通してしまえばいいと、俺は思うわけだ。

 そしてこうも思う。

 なんにしても。やはり。

 

 頭、撫でたいなあ、と。

 

 

 

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