執行のガバメント

aaa168(スリーエー)

ある少年の物語

白い雪が美しく降る。

そんな冬のある光景が──紅く染まっていった、あの夜だ。


そいつらは唐突に俺の村を襲ってきた。

武器……刀を持った集団。

なす術もなく、皆やられていく。



「──誰か、助け────!」



「きゃああああ!!」



「何者だ────!?」



燃えていく家。周りから聞こえる悲鳴。

俺は、最後の一人。

逃げる場所もなく──燃える壁に追いやられる。



「……チッ、テメエは十五以下か。なら用無しだ」



血に塗れた刀を持つ男は、舌打ちをして俺に言い放つ。

特長的な傷跡を顔面に残す面だった。


俺の両横には──ズタズタになった両親。



震える手を抑えて、目の前の男を睨む。


「いつか、いつか──絶対に殺してやる」



「……ハハハ!そうかそうか。なら生かしておいてやるよ!」



笑いながら去っていく男。



俺はずっと、その背を睨み続けた──





──────





「──っ、はあ、はあ……」



あの時の『悪夢』で目が覚める。

ベタベタした汗が気持ち悪い。



……でも。





「やっと──この日が来た」





今日は齢十五を迎えた人間が──『魂具ソウル』を授る日。



魂具──それは、己の才能を映す器だ。



剣であれば剣士を──弓であれば狩人を。

武器だけではない、桑であれば農夫を、ツルハシであれば鉱夫であったりと。



自らの才を器として召喚し、そしてそれを成長させていく。



俺はずっと──この日を待ち望んでいた。



アイツらに復讐する為に、必要な力を授る為に。


──────────


「うわ……アイツも十五だったか」

「俺の魂具が武器なら、やっちまおうと思ってんだ」

「相変わらず気味の悪いヤツ……」



聞こえる影の声。

もう『これ』には慣れた。



「はいはい!皆さん集まりましたね」



手を叩く初老の男性。

この教会の神父だ。



涙と血でぐちゃぐちゃのまま逃げ込んだ俺を、この村に住ませてくれた恩人。



他所者と言われ、時には喧嘩を売られてきたが──この人だけはずっと優しかった。



「今日は皆さんに『魂具』を授かって頂きます。聞いているとは思いますがね」



「はーい」

「はやくはやく!」



急かす同年代。

正直な所、俺も早く知りたい。


「はっはっは、そう急かさない。これから皆さんに魂具の『元』を配りますからね。それでは──」


そう言って、神父は透明な石のような物を配っていく。



「ほら、ジョン。君はこの時を楽しみにしていたね」



神父は俺に優しく言った後、それを渡してくれた。


「後は──この座で『なりたい姿』を思い浮かべ、祈りながら『召喚』と呼びなさい。そうすれば魂具はその手に現れます。それでは始めましょうか」


神父は横の人二人分程の座を指して、皆にそう言った。


「はいはい!」


「わたしからする!」



説明が終わると同時に、湧く同年代。



……どうせ全員やるんだ。俺は最後でいいか。



──────



────



「やったー!剣だ!立派な戦士になるぞ!」



「あたしは針!村一番の裁縫屋さんになる!」



「俺は槌──」



次々と終わり、その全てがやる気と未来に満ち溢れる。



「……最後、ジョンの番だよ」



神父がそう言う。



俺は座上に上がり、目を瞑る。

なりたい姿──そんなものは無い。


だが、成し遂げたい事はある。それは、あの『刀の集団』を討つ事。

俺の家族を──村を滅ぼしたアイツらを。



一人残らず、俺の手で!!


「召喚!」


掌。


俺の声と共に、『重い鉄』の感覚が現れた。



期待の中、すっと目を開ける。



「何だよ、コレ──」



掌より少し大きい程度。

角ばった筒状の鉄に握り拳程の板が着いており、また各所に突起や動く部分がある。


どう頑張っても、鈍器程度にしかならないソレ。



……理解が追い付かない。



剣、盾、槍――

俺はずっと、武器が現れると思っていた。

アイツらを倒せる、俺に合った最強の武器。



それが──こんな……



「プッ……見ろよあれ」


「喧嘩は強かったが、あれじゃもう駄目だな」


「かわいそー」



耳に入る雑音。

これまでは無視出来ていた、でも──



「うるせえ!!」



感情を抑えきれない。

念願の、俺の魂具がこんなのだったのだから。



「──ジョン」



後ろからの、刺すような声。

神父以外の全員が黙り込む。



「……さて。これで魂具の儀式は終了です。皆さん、お疲れ様でした」



静かになった所で、神父はそう告げる。

そして──



「今日は家の中でゆっくり過ごしなさいね。初めて魂具を召喚した日は、身体に大きな負担がかかるので」



『家の中』というのを強調した口振りで言うと、そのまま立ち去る神父。


……初めて魂具を召喚したんだ、色々しでかす者を抑制しているのだろう。



ぞろぞろと、同年代も帰っていく。



「よう、『ハズレ』!」


「『ハズレ』、おら聞いてっか?」



そんな中、絡んで来るクズ共。

しかしそんなクズに──俺は魂具で負けている。



「そんなハズレじゃ──俺の魂具に勝てる訳無いよな!」


「これまでの礼、いつ返すか楽しみだぜ」



一人は剣を、一人は槍。どちらも武器の魂具だった。



「……くっ──」



唇を噛む。

笑いながら教会を後にするそいつらに、俺は何一つ言い返せなかった。


『ハズレ』。俺の中に、それは重く突き刺さる。


悔しい。

どうして俺だけ、こんな目に合わなくちゃいけないんだ。


村も家族も失って、復讐しようにも武器が無い。



「ふざけんな!!」



誰も居ない教会の中。



俺は一人、泣きながら叫んだ。


────────



──────


どれぐらい経っただろうか。

ひとしきり泣いた後、俺は魂具を触っていた。



「はは、鈍器なら結構使えるもんか……」



サイズの割に結構重いせいか、振り回して当てればかなりのダメージにはなる。

ただ──実戦では使えないだろう。リーチが短過ぎる。



当たれば良いが、これじゃまず当てれない。



「……でも何か、違うんだよな」



違和感。



振り回していると、何かを間違っている様な感覚を覚えた。

魂具は己の才。自然とその使い方を教えてくれると聞いた事がある。


でも──コイツは全く教えようとしてくれない。



「……何も起きない、よな」



丁度手で掴むと、中指の辺りに押し込めそうな部分がある。

そこを押そうとしても、何も起きなかった。



上の方には引っ張る事の出来る場所もある。それが何を意味するかも分からないが。



「分かんねえ……」



適当に触り続け、かなり時間が立った。



やはりこれはただの鈍器なのか……?



「……はあ」



思わずため息をつく。


静寂。


俺は一体、これからどうすれば────




『──────!』



『──誰か──!』



『────!!」




ふと、耳に『声』が聞こえる。


これは、『悲鳴』か……?



「──っ!?」



走って教会の窓から景色を見れば──『燃えていた』。



さっきまで、儀式が始まるまでの光景とは全く異なる村。



『あの時』が、脳裏に打ち付ける。



「何でだ、どうして──」



燃える家から出てきたのは、『刀』を持った者達。

血で塗られたその刃を持つ影。


間違いなくこの村の者ではない。


しかし──その中に『一人』だけ、居たのだ。


俺を助けてくれた恩人。

何時も優しい表情のそれとは別で。



「何で、神父があの中に居るんだ……?」



分からない。分からない分からない。


何がどうなって──



「──っ!!」



今。



確実に──神父と、目が合った。


まるで修羅のようなその表情。

直ぐに窓から顔を逸らすものの、冷や汗が止まらない。



「どうする、どうすりゃ良いんだよ……くそっ!」



頭の中がこんがらがって、おかしくなりそうだ。


何で神父が?

あの刀の奴らと味方なのか?


分からない。

頭を抱えて掻きむしる。



――違う。



今考えなくてはならない事。

それは何としても、この場所から逃げる事──




「……ジョン、ここに居たのか」




心臓が止まるかと思う程に、冷たい声。

すんでの所で俺は教会の椅子に潜む。



「……隠れてないで。出ておいで」


「……っ」



息を殺す。


カツカツと鳴る靴の音と共に、俺の元へ近付いてくる。

まるで俺の場所など――お見通しかの様に。



「──ここに、居たのか」



神父が俺を見下ろす。

そしてその他に、後ろに刀を持った二人組も居る。


いつでも俺を殺せる──そんな様子で。



「はっ、はっ──」



恐怖で、息が出来ない。

辛うじて動かした目で、神父を睨む。



「君は──かなり良い魂を宿していたんだ。でも……期待外れだった」



俺の持つ魂具を見て、ゴミを見るかの様な目をする神父。



「でも、どうせだから君のも貰っていこう──やれ」



神父は俺から離れ、後ろの二人に命令する。

刀を構える、二人組。


まるで『処刑』だ。

じりじりと迫る奴らに、俺は何も出来ない。

鼓動が、急かす様に早くなる。




────俺は、ここで死ぬのか?




魂具を握りしめる。

未だに何なのか分からないコイツを。



……なあ、どうせ死ぬんだったら。



教えてくれよ──お前の使い方を。



『あんな奴ら』にやられるぐらいならさ。




頼む。




俺に、力を貸してくれ────!!






「──うっ!?、がああああああ!!」





痛い、痛い痛い痛い痛い──!!



情報が頭の中で狂った様になだれ込む。

頭を掻き毟っても、お構いなくそれはずっと俺の中に入ってくる。



『銃口』『銃把』『撃鉄』『照門』『照星』『遊底』『雷管』『弾倉』『薬莢』『引金』『排莢口』──



訳の分からない単語の羅列。



『45径』『シングルカラム』『サムセーフティ』『グリップセーフティ』『シングルアクション』『ショートリコイル』



続くそれに、俺はなすがままで頭を抱える。



そして──




────『M1911』────





それを聞いた瞬間、『全て』を理解した気がした。





「……恐怖で発狂しているだけだ。構うな、やれ──」



どうやら、俺はまだ死んでいないらしい。


迫りくる刀の者共。

不思議と、恐怖を感じなかった。



「……」



集中する。

大丈夫だ、使い方はさっき、コイツが教えてくれた。



魂具を構える。



銃把グリップ』を右手で握り、『撃鉄ハンマー』を起こす。

二つある『安全装置セーフティ』をしっかりと握り込み。



「さらばだ、ジョン──」



銃口マズル』を迫りくる者に向けて、『照門リアサイト』と『照星フロントサイト』を標的に向ける。



次の動作で最後。

もうすぐそこに敵は居るというのに、不思議と恐怖は感じない。


コイツがいれば、大丈夫……そう思ったから。




俺は──静かに、『引金トリガー』を引いた。



「──っ」



鼻をつく煙のような匂い、重い衝撃音──腕全体に掛かる大きな反動。



カランと、排莢口エジェクション・ポートから空の薬莢カートが落ちていった。



痺れる腕を抑えて──俺は前を見る。



「──ぐっ、い、痛え!!」



「な、何だ!?」



一人は胸を抑え叫び、そしてそこから血が流れ出ている。

もう一人は狼狽えたまま、俺を襲いにも来ない。



……狙うなら、今だろう。



俺はまた構え、引金を引く。



「──っ、……うっ」




脳天に一発。悲鳴も無く倒れる一人。

もう一人もやがて、地面に倒れ伏した。



「……ジョ、ジョン──君は一体……」



さっきまでの威勢を無くした神父。

銃口を突き付けながら、俺は前に出る。



「立場、逆転だな」



「──な、何だ、その魂具は──!?」



目に見えて狼狽える神父。

恐らく俺は今、ゴミを見るかの様な目をしているのだろう。



「……まさか、アンタが『そっち』側だったとはな」



「──し、仕方なくだ!『あの方』に命令されて、それで──」



必死に弁明しようとする神父。



「……そっか」



「そうだ!私はずっと心を痛めていた!!」



「ずっと、俺達を騙してたんだな」





神父の脳天に、狙いを定める。





「ひっ、や、やめてくれ!!」



「アンタは──良い奴だと思ってたよ」



「お、お願いだ、助け──」



構わない。



「地獄に行ってろ」


俺は、引金を引いた。



──────────



────────



──────





「……終わった、か」



教会の椅子に座り、俺の魂具を撫でる。



「ありがとな、使い方……教えてくれて」



コイツが無けりゃ──俺は終わっていた。

未だに実感が湧かないが。


じっと見ると、まるで吸い込まれそうな程に美しいフォルム。全てが完成されたその造形に、今になって気付いた。



『M1911』。


あの時、頭に流れてきたこの単語は――この魂具の名前なのだろう。

その後また、ある名前も教えてくれた。



「……そろそろ出るか」



『アイツら』を倒す武器。



俺はそれを、手に入れたんだ。

なら──やる事は決まっている。


教会を出れば、まるで俺を歓迎するかのような紅い月が俺を照らしていた。



両親の……そして村の皆の復讐の為。

絶対に──あの男を、執行する。




「共に行こう、『ガバメント』」

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