第44話 帝王教育~翻弄4

 国内では、遥貴の存在が発表されてからというもの、王制復活を推す世論が優勢になってきていた。しかし、様々な憶測が飛び交い、偽物説もささやかれ、議会の方も混迷を深めた。そこで、復権党では次の手を考えた。遥貴を露出させる事だ。遥貴の顔を見れば、尊人の血を引く者であることは誰にでも分かる事だ。これで世論は完全にこちら側に着くと踏んだ。

 再び記者会見を開き、遥貴をそこへ登場させた。まだ12歳の身空で、ましてやこの国の地を踏んだのはついこの間が初めてだというのに、全国民の目に晒されたのだ。どれだけ心細い事か、と未来は心配したが、遥貴は毅然としていた。

 遥貴がイギリスに住んでいた事は明かされたが、尊人は依然国内に幽閉されている事になっている。尊人に育てられたのだという事にならない。そこをどうしたらいいのか、未来も一緒になって党のメンバーと話し合ったが、まだ結論は出なかった。やはり遥貴の存在はベールに包まれたままだったのである。

 ある日、館にお客様が来ると言われ、未来が玄関に迎えに出ると、なんとそのお客とは麗良だった。

「未来さん!お久しぶりね!」

「麗良さん!どうしたんですか?この国にどうやって入国したんです?」

未来が驚いて聞くと、麗良は目を見開いて、

「何言ってんの、未来さん。私はイタリア国籍を持った普通のイタリア人なんですからね、ビザなしでこの国には旅行に来られるのよ。」

と言った。未来はあまりびっくりして気が動転してしまったが、確かにその通りであった。

「でも、どうしてここに?」

「決まってるじゃないの。尊人さんのお子さんに会いに来たのよ。」

麗良はしれっと言う。

復権党のメンバーは、麗良はかつての王妃であるから、それはそれは特別待遇でもてなした。そして、遥貴が登場した。

「まあ!ほんと、尊人さんにそっくりね!」

麗良は驚いて声を上げた。

「思わず私の子かと思ってしまうわね。なんて、冗談よ。」

麗良は笑う。

「あの、麗良さん・・・どこまでご存じなんですか?」

未来はおずおずと聞いた。普通に考えたら、尊人とどこぞの女の子供か、と思うだろう。そして、良くは思わないだろう。元妻としては。そこに恋愛感情がなかったにしても。

「まあ、半信半疑だったけどね。顔を見て確信したわ。全くのコピーだものね。」

そう麗良は言って、遥貴に近づいた。

「遥貴さん、私をお母さんだと思って、と言いたいところだけれど、こんなお母さんは必要ないわね。」

「こんにちは、麗良さん。その節は父がお世話になりました。」

遥貴はそう言って頭を下げた。

「まあ。しっかり教育されてるわ。さすがね、未来さん。」

麗良が未来を見てそう言った。けれど、未来は自分は何も教えていないと思った。自分にはわがままを言ってばかり。そして、教えなくても遥貴はこのくらいはできる子なのだ。自分はからかわれているのではないかとさえ思ってしまう。

「私は何もしていませんよ。尊人が全部教えていたんでしょう。私にはわがままばかり言って。実際、私は教育係としては必要のない人間なんです。」

未来がため息交じりに言うと、麗良はふふっと笑った。

「そうでもないと思うわよ。遥貴くんだって、ずっとこんなだったら疲れちゃうでしょ?きちんとすべき時に出来るというのは、息抜きや癒しがあってこそよ。特にまだ子供なんだからさ、未来さんがいいはけ口というか、癒しになっているんじゃないの?一番大事な存在じゃない。あなたはずっと甘えさせてあげなさいよ。何よりもそれが大事よ。」

麗良はそう言って、未来の肩をポンポンと叩いた。

「そうですかねえ。麗良さん、さすがお母さんですね。」

麗良はイタリアで結婚し、子供も二人産み育てている。若い時からしっかり者だったが、今やレジェンド感さえ感じる、と未来は思った。


 世の中では、情報が錯綜し、混迷を極めた。そして、いよいよ遥貴が尊人のクローンだという話も出回った。誰かが憶測で言った事が広まったのだろう。それとは別に、幽閉先でお世話をしていた女性の子供だとか、君子の子どもで、尊人の弟説まで現れた。だが、尊人の血を引いているという事実を否定するものはなくなった。もう、それで十分だった。そして、徐々に機は熟し、王制復権党がとうとう政権を取ったのだ。

 新しく大統領制を作るのは、決めることが多すぎて、なかなか進まなかった。しかし、王制を戻すのは簡単だった。無くなっていた宮内庁をもう一度創設し、職員を配置し、使われていなかった宮殿をもう一度使う。元に戻すのはあっという間だった。そして、いよいよ遥貴の国王就任の儀式が予定された。


 「ちょっと待ってください。今までも、王族が公務を行うのは成人してからだったではありませんか。遥貴は、いや、遥貴様はまだ13歳ですよ。まだ教育の途中なんですから。」

未来が首相に抗議した。首相は、王制復権党の党首だ。

「まずは国王に就任していただいて、公務はそれからだ。今すぐ公務を行っていただくわけではない。」

「しかしですね、国王に就任すれば、外国から就任のお祝いにたくさんの要人が来られます。その対応をするのは、立派な公務ではありませんか。」

未来は食い下がった。

「だが、我々が政権を取ったのに、国王制の復活をあと5年も先延ばしになどできんよ。そんな事をしたら、我々の存在意義がなくなって、すぐに政権を取られてしまう。」

首相が言う事ももっともだった。未来は、それはそうかもしれないが、まだいたいけな少年を国王にするなど、遥貴の心労を考えるととても容認できなかった。だが、遥貴は、

「未来、いいんだ。私がここにいる意義を、早く感じたい。国王になって、出来る事を少しずつやりながら、勉強もやっていく。それでいいだろう?」

1年しか学んでいないのに、なんだかすっかり話し方まで変わってしまったような気がして、未来はまじまじと遥貴を見た。遥貴はそんな未来の視線を受けて、力強く頷いた。未来には、これに反対するだけの意志の力はなかった。遥貴は、13歳にして、国王になった。

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