第16話 誕生日~吐露1

 「陛下、お誕生日おめでとうございます。」

「おめでとうございます。」

誕生日の朝、尊人が起きて部屋から降りて行くと、職員が総出で出迎えてくれた。階段や廊下に皆が並び、声をそろえてお祝いの言葉を発し、頭を下げる。尊人は、さすがに面食らった。今まで、自分の家にはここまで職員はいなかったし、総出でお祝いなどはなかった。国王というのは、その他の王族とは違うのだな、と初めて知ったのだ。そして、こういう場合になんと言えばいいのやら、さっぱり分からなかった。こういう時には未来を探す。もちろん、いつだって尊人のすぐ近くにいるのだ。部屋から自分を連れ出して来たのは健斗と未来だ。未来は、小声で囁いた。

「ありがとう、でいいんじゃないか?」

尊人は、小さく頷いて、ひと呼吸し、

「ありがとう。」

と、職員に向かって言った。そして職員たちが立ち並ぶ中、食堂へ向かって歩いて行った。職員たちは、みなニコニコしていた。国王の人気は、尊人の意思に反して上々だった。

 食事を済ませ、身支度を済ませると、宮殿のバルコニーへ出た。そこには、これまた想像以上の国民が集まっていた。窓を開けるとわーっという歓声が沸き起こり、小さい国旗が一斉に振られた。尊人と麗良、そして君子はバルコニーへ出て、国民に手を振った。歓声は続く。

「陛下―!」

「お誕生日おめでとうございまーす!」

「尊人さまー!」

「おめでとー!」

「麗良さまー!」

尊人は、「お言葉」を述べるため、歓声を押さえる仕草をした。すると、声はぴたりと止まる。

「今日は、私の為に集まってくれて、ありがとう。皆に祝福されて、私は幸せです。」

事前に打ち合わせてあった通りに、尊人はそう言葉を発した。本当は、もっと違う事を言いたいけれど、そういうわけにも行かない。もどかしい思いだった。言葉が終わると、また国民の歓声が響いた。

 近衛兵たちは、国民を監視していた。今日は警察も警備している。健斗と未来はバルコニーの内側だが、尊人のすぐ後ろにいて、異変がないか常に気を配った。

 それから、今度は新聞記者やテレビ局の報道記者などに対して、談話を発表する。王の間の玉座に座った尊人が、記者たちの前で話をする。この談話に関しても、事前に打ち合わせてあった。どこかに自分の本当の想いを挟み込めないかと、未来や麗良に相談しながら、夕べ尊人は懸命に考えておいたのだった。

「国王陛下、お誕生日おめでとうございます。今の心境をお聞かせください。」

記者の一人が言った。尊人はその記者に対して軽く頷き、姿勢を正した。

「国民の皆さんの祝福に感謝します。ありがとう。この一年で、私の生活は一変しました。大学を卒業して帰国し、公務を始めましたが、父と叔父をいっぺんに亡くし、予想もしていなかった、国王に即位するという事態になりました。母も怪我をし、従姉は反乱を起こして捕まりました。激動の歳になりました。けれども、一方で麗良と出会い、結婚し、今、国民に誕生日を祝福してもらっている。私の人生は分からないものです。」

ここまで、予定通りに話して、尊人はひと呼吸おいた。すると、記者から質問が上がった。

「陛下は今、麗良王妃と出会われて、ご結婚されたとおっしゃいましたが、王妃様とはどのように出会われたのですか?」

やはり突っ込まれたか。夕べ、未来と麗良に指摘された箇所だ。宮内庁長官からこの文章を渡されて、夜に読み合せていた時に、ここは突っ込まれるはずだ、と二人は声をそろえて言ったのだ。政府が勝手に選んだという事を隠すために、敢えて「出会い、結婚し」と言わせたのだろうが、却って墓穴を掘っている。尊人は、ここぞとばかりに微笑を浮かべて言った。

「首相に紹介されました。王妃にふさわしい人物だと。」

記者の間にちょっとしたざわめきがあった。

「なるほど。首相に紹介され、会ってお気に召して、ご結婚に至ったと?」

記者は続けた。

「はい。まあ、そういう事です。けれども、気に入ったかどうかは聞かれませんでした。」

記者が更に質問しようとしたところ、司会進行の宮内庁職員に止められた。

「はい、結婚の質問はこれくらいに。他に質問は?」

次の記者がさっと手を挙げた。

「お世継ぎのご予定は?」

思った通りの質問だった。

「私は、子孫を残すつもりはありません。」

一層ざわめいた。

「では、国王の血筋は、途絶えてもいいと?」

先ほどの記者が大きな声で言った。尊人が口を開こうとすると、宮内庁職員たちが一斉に乱入してきた。

「会見は以上です!記者の方はお引き取りください!」

玉座の前に職員たち10名程が立ちふさがり、尊人を隠した。

「もう少し、話したかったのだけれどね。」

尊人は独り言ちた。

「陛下!瑠璃子様に対しては、どのように感じておられますか?」

職員に遮られ、出口へ促されながらも、一人の記者がそう叫んだ。尊人は立ち上がった。そして、前をふさいでいる職員たちの間を割ってその前へ出た。

「瑠璃子親王の行動は、大変驚きました。まさか、彼女が国王になりたいなどとは思っていなかった。瑠璃子親王も、本当に国王になりたかったわけではないと思います。ただ、自分の今後が不安で仕方がなかったのだと思います。けれども、人質を取って立てこもるなど、彼女のした事は、許される行為ではありません。もっと、話し合えばよかったと思っています。残念です。」

尊人が話す間、皆が動きを止めて聞き入った。

「最後に、陛下はご自分が国王になられたことに関して、どう思われていますか?」

他の記者が立ったまま質問した。

「私は、今この国に、国王は必要ないと思っています。だから、私は国王制を終わらせるべく、国王になりました。皆さんも、よく考えてみてください。この国に国王制が必要かどうか。」

尊人が言うと、宮内庁長官が飛んできた。

「陛下!何を仰せですか!記者の諸君、これはオフレコでお願いします。」

「いや、是非公表してください。」

尊人が畳みかけるようにして言った。記者たちはその場に立ち尽くしていたが、スクープ!と思ったか、一人、二人と記者が走るようにして出ていき、皆急ぎ足でその場を去って行った。長官は、オフレコをもっと念押ししておこうとしていただけに、記者に去られてしまって面食らった。そして、尊人を振り返った。

「陛下!そんな・・・そんな風にお考えだったのですか?」

毎日、今日のスケジュールを話し合う長官だ。尊人の心の内を知らなかった事に、ショックを受けたのだった。

「長官、申し訳ない。きっと反対されると思って言えなかった。私は、自分の代で国王制を終わらせようと思う。だから、人工授精の話も、決して受けない。」

宮内庁長官は、驚愕の表情から、悲しみの表情へと変わって行った。

「そう、ですか。」

それ以上、長官は何も言わなかった。

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