「覚えていろ人間ども! 我はジャスト1000年後に復活し、次こそ人類を根絶やしにしてくれる!」と死に際に宣言した敗北魔王、990年後に復活してしまったせいで思いのほか面倒なことになる

榎本快晴

「覚えていろ人間ども! 我はジャスト1000年後に復活し、次こそ人類を根絶やしにしてくれる!」と死に際に宣言した敗北魔王、990年後に復活してしまったせいで思いのほか面倒なことになる


「フハハ! ここに我は復活せり! さあ人間ども、今度こそ真の恐怖を味わわせてくれよう!」


 地が裂け、大気が震える。

 かつて世界を恐怖のどん底に陥れた存在。魔王がついに復活したのだ。


 外見は人間の青年に近いが、その頭には双角を生やし、背には蝙蝠のごとき禍々しい翼が生えている。何よりもその身が放つ邪悪な魔力は、とても人間ではありえない。


「ありゃ! もう復活しちまったのかい!」


 だが、魔王が復活して初めて耳にした言葉は、恐怖の悲鳴でも応戦の雄叫びでもなく、素っ頓狂な驚嘆の声だった。


「……む?」


 魔王は目を凝らして周りを見渡す。

 戦士たちに辺りを包囲され、今にも死闘が始まらん修羅場の様相――ではない。


 工事現場だった。


 ヘルメットを被った作業員たちが行き交い、魔導作業車や魔導クレーンが鉄骨や資材を着々と組み上げている。


 そしてさきほどの素っ頓狂な声を放ったのは、魔王のすぐ近くにいる中年の男だった。


「おい貴様。なんだこの状況は? この我を迎え撃つ戦士たちはいないのか? それとも貴様が我と戦う一番槍か?」

「いやいや。とんでもねえ。オラはただの現場監督だって」

「……現場監督?」


 話が見えない。1000年の時を経て、今まさに世界の命運を賭した全面戦争が始まるのではないのか。


「あのね困るよ。魔王さんだっけ? まだあんたが死んでから990年しか経ってないよ。復活はジャスト1000年後って話だろう?」

「馬鹿な。この我が復活魔法の時間指定を失敗するなど――むっ」


 しかし、すぐに魔王は現場監督の言うことが正しいと察した。

 魔力を用いた分析で、地軸や自転周期を測ってみたところ、確かに自分の死後ジャスト990年しか経っていなかったのだ。


 あらゆる戦闘技術と魔法を極めた自分が失敗するなどあり得ない話ではあったが、よく考えたら前世で致命傷を負って死に際ギリギリに発動させた復活魔法である。

 余裕綽々に見えて実はわりとテンパり気味の状況ではあったし、10年くらいの誤差は出ても無理はないかもしれない。


「すまなかったな現場監督とやら。どうやら我の手落ちだったようだ。決してフライングで不意打ちをかけようとしたわけではないことを分かってくれ」


 魔王のプライドにかけて、そんな卑怯な小細工に手を染めるつもりはない。


「んなことオラに言われてもなあ。復活したってことはもう暴れちまうんだろ? まったく困っちまうなあ」

「いいや。自らの宣言を破ることは戦士の恥。我はこれより10年間、ここで座して待つことにしよう。それならば卑劣の汚名を被ることはない」


 魔王がその場に胡坐をかくと、現場監督はほっと安堵するような息をついた。


「おーいみんな! ちょっと予定より早く魔王さんが復活したみたいだけど、10年間待ってくださるそうだ! 工期に変更はないから安心してくれ!」


 うぃーす、と作業現場のあちこちからまばらな了解の声が挙がる。

 胡坐を掻きながら現場の様子を眺めていると、だんだん魔王にも状況が推測できてきた。


「ふ、なるほど。我を閉じ込める堅牢な牢獄でも建てている最中なのだな? まあ好きにするがいい。どんな牢獄だろうと我の力ならすぐに破壊できるからな」

「いんや違うべ。えーと……受注工事名は『対魔王特別聖剣レーザー兵器』だな」

「聖剣レーザー?」


 聞き慣れぬ響きに魔王は首を傾げる。


「んだ。魔王さん、前世で死んだときは勇者様の聖剣から放たれた光線に胸を貫かれたそうだな」

「ああ……あれはまさしく至高の一撃だった。あれほどの絶技でなければ、我の命を絶つことはできなかったろう」

「この兵器はその2億倍の出力が出るだ」


 しばし魔王は硬直した。

 言っている意味が分からなかった。


「……2億?」

「んだ。平常時の定格出力で2億倍。ちなみに緊急時なら安全マージン無視で5億倍までいける設定だ」

「ふっ……なるほどな。まったく面白い冗談だ」


 ややあって魔王は冷静さを取り戻す。

 これは人間側の牽制じみた冗談だろう。この現場監督があまりにも毒気なく言うので、一瞬だけ惑わされてしまった。侮れない、なかなかの話術だ。


 もし本当に2億倍の威力の聖剣など食らえば、いかに魔王でも魂ごと消滅して二度と復活はできまい。


「いんや、冗談じゃねえべ。この1000年で魔法技術もずいぶん進んだらしいからなあ。当時の聖剣なんて今じゃ子供の玩具みたいな扱いになっとるんだわ」


 嫌な予感がした。

 読心術を用いて現場監督の言葉の真偽を確認してみる。


 結果、嘘偽りは一切なし。


 ――え? それ、普通に我死なない?


 その事実に気付いた途端、魔王は滝のような汗を流し始めた。

 人間が少なからず技術を磨くだろうことは予想していた。それゆえに冥府での眠りの間に、こちらも魔力を100倍以上に増幅させていた。


 だけど2億倍はないだろ。なんなら5億倍とか頭おかしいだろ。

 警戒し過ぎである。技術の研鑽を積みすぎである。もうちょっと舐めたり侮ったりしてくれ。


「ほ、ほう……。しかし、どんな攻撃も当たらねば意味はない。機械仕掛けの攻撃が我を捉えることは不可能だ。かつて我が心臓を撃ち抜かれたのは、激戦の中で的確に狙いを定めることのできた勇者がいればこそ」

「ホーミング機能もあるだ」

「ホーミング機能」


 魔王は無表情になって鸚鵡返しをする。


「魔王さんの心臓に命中するまではレーザーは常に追跡を続けるだ。しかもレーザーは光速以上で進むから、復活から0.000000000000(略)001秒以下で魔王さんの心臓に着弾することになっとる。もっちろん、魔王さん相手にそうそう上手くいくとは限んねえけどもな」

「そ、そうだな。フハハ。恐るるに足らんわ」


 殺意が洗練されすぎている。

 こちらはこの1000年間、誇り高い全面戦争を期待していたのに、蓋を開けてみればシステマチックな虐殺兵器が待ち受けていた。


 いっそのこと今ここで先制攻撃して、兵器の完成前に破壊してしまうか。


 いいや、たとえこの状況下でも卑怯な不意打ちに手を染めたくはない。

 あと本音で言えば、それだけの技術水準があるなら、世界中にもっとヤバい兵器がありそうだし。ここを破壊しても1時間以内に殺されそうだ。


 魔王はしばし熟考し、路線変更を検討する。


「……わ、我としても機械仕掛けごときに負けるつもりはないが、やはり1000年待っておいて機械が相手というのは退屈が過ぎるな。かつての勇者のような勇気ある武人はいないのか? 一騎打ちでそれなりの力量を見せてくれれば、我も人類に可能性を感じて世界征服を思い直すかもしれんのだが」

「なら安心するとええだ。当代の勇者様はこのレーザー兵器を毎日のトレーニングに使うくらいの御方だからな。魔王さんが兵器を突破したら、その後は勇者様が控えてるだ」


 なんだよそれ。もうそいつが魔王だろ。


 ジェネレーションギャップに泣きそうになる。昔の戦いはよかった。この時代は倫理観度外視なテクノロジーと人外の怪物が跋扈するばかりで、戦場にロマンや思いやりが欠如している。


「たとえ勇者様がやられても、それに次ぐ力を持つ英雄様がざっと数十人は……」

「もういい。分かった。我ばかりが事前に情報を得ては卑怯というものだ。それ以上、何も喋らないでいい。喋らないでください」


 これ以上まともに聞いていたら気絶してしまいそうだった。


 敵前逃亡は容易い。この場で自害すればいいのだ。

 だがここで冥府に逃げてしまえば、魔王の異名に瑕が付く。たとえ敗北するにせよ、自ら宣言した1000年後の戦いから逃れるわけにはいかない。


「……現場監督とやら」

「うん?」

「やはり10年間ここで座して待つのはいささか退屈だ。我は少しばかり外に出て暇を潰してこよう。騒ぎになると困るので他言はしないでもらえるか?」

「騒ぎになったらうちの責任問題にもなるしなあ。頼まれたって他言はせんよ」


 覚悟を決めた。

 もはや死は避けられない。ならば魔王の誇りを保つため、少しでもまともな勝負をできるようになろう。


 現勇者がレーザー兵器を回避することが可能なほどの実力者というなら、人間たちの修行方法も1000年前とは段違いに発展しているのだろう。


 残る10年で、可能な限りその技法を参考にさせてもらう。

 最低でもレーザー兵器でのオートメーション即死だけは回避せねばならない。せめてその後に控える勇者の手で殺されたい。散り際は人の手の温かみが欲しい。


 10年間あればきっと、レーザー対策だけならギリギリなんとかなる。


「……ふ。敗北を受け容れると存外に心も落ち着くものだな」


 人間の姿に化けて工事現場からそっと去るときには、恐怖も震えも収まっていた。

 そうだ。自分は魔王なのだ。

 怯えた子羊のように最期を迎えるのではなく、有終の美を飾るために残る生を燃やし尽くそう。


 まだ見ぬ当代勇者との決闘(あるいは公開処刑)が、もはや楽しみにすら感じた。


―――――――――……


 そして9年と11カ月後。

 いよいよ魔王が宣言した本当の復活の刻が近づいていた。


 復活予定地は最新鋭のレーザー兵器に包囲されているものの、これで魔王を始末できると考えているのは楽観論者だけだ。1000年の時を経て復活する魔王は、想像すらできぬほど強大な存在になっていると世では囁かされている。


 それに相対できるのは、勇者しかいない。


「それでは勇者様。来月の決戦に挑む心構えをお聞かせ願えますか。つい先日に前勇者から後継者としての指名を受け、まだ落ち着かない状況ではあると思いますが、人類の希望としてどうか視聴者のみなさんに勇気をお与えいただければと思います」


 世界中に生放送されている映像は、来月の魔王戦に挑む新勇者の決意表明である。


 10年前に無名の新人として登場した彼は、卓越したセンスと死にもの狂いの修行によってみるみるうちに頭角を現し、ついには過去最強と謳われた前勇者をして「もはや私の力を凌ぐ」と言わせるまでに成長した。


 彼こそが今、人類の未来を繋ぐ最大の希望だった。

 しかし、そんな人類の希望はカメラの前で滝のような汗を流してヒクヒクと頬を震わせている。


「そ、そうですね。まだ時間は残っているので、あと一か月の間……頑張って修行したいです。はい」

「魔王は卑怯な手も使ってくる可能性もありますが、その対策は?」

「えっと……卑怯な手はいけませんよね。はい。本当に。ごめんなさい」

「勇者様?」

「いえ、すいません。ちょっと緊張でおかしなことを言いました。頑張ります。とにかく頑張ります」


 マスコミ慣れしていない様子の初々しい問答に、視聴者の多くは好感を抱いた。

 ただ一人、いつぞやの現場監督の中年だけが晩酌がてらこう呟いた。


「なんかこの新しい勇者様、前に会った魔王さんに似とるなあ。まっ、他人の空似か」




 このあと新勇者――もとい魔王は残る一か月間、死ぬ気で土下座謝罪の修行を積み続けた。

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