コーヒーとラノベと。━side 綺麗な人━
彼の第一印象は、変な子。毎日笑顔で、いつでもどこでも会ったら声をかけてくれる。バカみたいに真っ直ぐな太陽みたいな子。
―――
201と書かれたプレートを見つめているとその部屋の扉が開かれた。
「どうぞ」
中へ誘導しようと少し顔を強ばらせながら、右手を前に出す彼。
「お邪魔します」
そう言いながら、入る前に軽く後ろを振り向いた。振り向いた先ではやっぱり雪が舞い散っていた。橙の空が最後の力を振り絞るかのように、その雪を照らしている様はとても綺麗だった。
玄関は一言で言うなら、綺麗だった。というか靴がスニーカーしか置いておらず、彼が今履いてるスノートレーと合わせて二足しか持っていないことがわかる。
「そこら辺に座っててください。何飲みます?温かいお茶、紅茶、コーヒーしかないですけど」
リビングに案内されてすぐ彼がそう尋ねてきた。大きめのソファに座りながら、一思案することなく私はこう言った。
「……コーヒー……ブラック……で」
言ってしまった。条件反射の如く言ってしまった。いや、素直に認めよう。私は格好つけた。
本当はブラックなんて飲めやしない。砂糖もミルクもたくさん入れた甘々が好きだ。なのに、なぜか今日はそんな気分じゃなかった。
そんな気分にはなれなかった。
ふと、テーブルとも床とも言えない場所を見ながら考え込んでいると視線を感じた。顔をゆっくり上げるのと同時に彼と目が合う。
相変わらず微笑んでいて、きらきらと黒い瞳を輝かせている。何かを言っているわけでもないのにその瞳を眺めていると、私の中の扉をトンっとノックされたような感覚に見舞われた。その怖さを跳ね除けるために、少しばかり力を入れ、目を細めた。
「……!今いれます。待っててください」
くるっと回ったかと思ったらそう言って彼は、ばたばたと音を立てキッチンへと隠れてしまった。
彼が戻ってくるまでに少し時間があると踏んで先程から気になっていたものを見ようと立ち上がる。一見白と黒を基調としたこの部屋は必要最小限のものしか置かれておらず、綺麗な部屋だと思うかもしれないが一点だけ、明らかに溶け込んでいない箇所がある。
歩を進めた先にあったのは、本棚。と言ってもその中のものは全て、10代、20代向けのもの、いわゆるライトノベルだった。
指でなぞるように見ていくと、レーベルごとにしっかりと巻数も限定版など含め全て揃えてあるようだ。ザァーっと背表紙を見ていたけれど、ある一冊の本の前でその目は止まった。目についたライトノベルを手に取ってパラパラとページを捲っていく。
カーテン越しからかかる日差しが影を作って文字が見えにくくなっても、その手を止めることはしなかった。その文を見つけられたから。
彼がキッチンから戻ってくる気配を感じたのでそちらを向く。
「ねぇ……夏に始まった恋はよく、線香花火のように短く、儚く、終わりを迎えるって言うけれど、秋に始まった恋はどうなるのかな?」
彼に見えるようにそのライトノベルを持ち、何か言い出しそうな彼より先に、そう問うた。
突然の問いに口を開けながら沈黙する彼。
「もしかして……ラノベ好きなんですか?……いや!違ってたらすみません」
数十秒思考した様子を見せてから彼は質問を質問で返してきた……そう。ならこちらもこちらの好きなようにさせてもらうから。
スタスタスタっとテーブルに手をつきながら膝を折って座った。えっ? と言いたそうな彼を無視して先程よりも目に力を入れ、言葉を発することなく彼に言う。「早く座れ」と。
サササっと彼は私の向かいに来て、息を漏らしながらなぜか正座した。
「どうぞ。すみませんがチョコレートしかなかったです」
また一つ白い息を長めに吐き、そう言いながらコーヒーを私の前に置いた。
「いただきます」と言ってカップを持つと思っていたよりも熱かった。たぶんずっと寒い外にいたからだろう。決して彼がいれてくれたからとかではないと思う。
ふぅふぅと息を吹きかけるとゆらゆらとコーヒーの波が立つ。んっと唾を飲み込んでそれを口にした。
苦かった。
ちらと彼の方を見ると私の様子を窺っているようだった。平静を保って淑女然とした態度で余すことなく飲み干して、チョコレート二粒も一気に口の中に入れた。
口の中に広がる甘さに感謝していると、今までよりも変な視線を感じたので彼の方を見る。そこには惚けたように笑う顔があった。じーっとその様子を眺めていたら私の視線にやっと気づいたのか、彼は耳を真っ赤にして咳込んだ。
「……これ……好き……なの?」
彼を責めるようにさっき手にしたライトノベルを置く。
だからね。私は容赦しないよ?
私だけ恥ずかしいところを見せるんなんて嫌だから。
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