見られたから。
別に見られることはないなんてたかをくくってたわけじゃない。
誰かには見られるとは思ってた。
だから彼に見られることもわかってたはずなのに……。
「う゛ぁぁぁ……う゛ぁぁ……ぐすっ……ぐす……うぅ……」
今日は今年一番の寒気が県全域を覆ったらしい。確か道路沿いで見た温度計に零下4度って表示されてたはずだ。
今は11月。秋とも冬とも名付けることのできない日に、私はひたすら声にならない涙を流し続けていた。
「うぅぅぅ……」
タンタンサッタンと足音が近づいてくる。聞き馴染んだ、すり足気味のそのリズムがすぐそこから聞こえたかと思ったら、止まった。私の部屋を、私を越す前で。視線を下に向けながら少し横に移すと私のものではない別の影があった。
「っ……?」
見られちゃった。なんて考えてたら、冷え切ってしまった心までも解かしてくれるような温かみが私を覆った。
あまりの出来事に何秒か思考停止していたけど瞬きを何回かして目を覚まし、誰かの気配を感じる方へ顔を上げたら当たり前のように目が合ってしまった。
「あっ……っと……」
「……」
目が合った相手はやっぱり彼だった。少し長めのまつ毛に二重のはっきりした瞳で、身長は170cmくらいで細身な身体。着ているブレザーは着こなしているというよりも、着せられてる感が強い。何年後かを見越して仕立ててもらったのか袖が少しばかり長くて手は半分隠れているし、ネクタイもちょっと曲がってて余計に子供っぽく見えてしまう。
そんなことを思っている間も彼の目から離れることが出来ず時は過ぎ、夜が短かった夕焼けを飲み込もうとしていた。
ずっと黙っているのは気が引けるし、彼に失礼だと思いなるべく平静を装ってその言葉を口にした。
「ありがとう」
義務的な社交辞令みたいな言葉は風に乗って消え去った。彼も、んっ?と困った顔を浮かべていたけど、あんな感情がこもってないものなんて、この眩しいくらいに綺麗な黒い瞳で見つめてくる彼には相応しくないから。
届かなくてよかった。
ふぅと心の中で気持ちを落ち着かせて、肩からかけられたダウンジャケットを脱いで彼に渡そうとそちらを向いた途端、とすんと彼は座り込んでこう言った。
「やっと目合いましたね」
「……」
は?
「……な……んで?」
「っ! ……なんで……なんでですか? なんででしょうね。ただここにいたいからですかね。俺もちょうど座り込んで秋の空を眺めたい気分だったんですよ」
意味がわからなくて間を空けながらも聞いてみると、顔を真っ赤にして早口で彼はやっぱり意味のわからないことを喋った。
「……バカ……なの?」
頭の中だけで浮かんでた言葉をそのまま口にしてしまった後に、彼は目をぱちくりして、高校生とは思えないほど少年めいた笑顔でこう言った。
「味噌汁飲みませんか?」
「……は?」
やっぱり彼は正真正銘のバカだった。
なんでこんなにもあたたかいんだろう。
なんでこんな想いを抱いてしまったんだろう。
たぶん彼が、
━━笑っていたから。
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