本棚とコーヒーと。─side 変な子─
彼女の第一印象は、綺麗な人。どこを見ても肌は白く、華奢な体つきで今にも壊れそうで消えそうな、雪のような人。
―――
201号室の玄関の扉を静かに開け、彼女が先に中に入るよう誘導して、前だけを向いてその扉を閉めた。
トタン。
よっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
おいおいおい!ヤバイヤバいヤバイ。何がヤバいのかと言うとやばい。まさか隣の部屋のお姉さん、"女性"を部屋にあげる日が来るとは……
全身の汗がヤバい。まさしく滝、滝汗ってほんとにあるんだね。
悴んだ指先に力を入れ、エアコンの電源を入れる。とりあえず設定温度は26度。
「そこら辺に座っててください。何飲みます?温かいお茶、紅茶、コーヒーしかないですけど」
「……コーヒー……ブラック……で」
キッチンに向かおうとしていた足を止めつい振り向いてしまった。振り向いた先では、ただ前を向いて、どこを見ているのか分からない目でじっとしたまま、ソファに座っている彼女の姿があった。大人すぎる……
視線を感じたのか、いつの間にか下げられていた顔を、彼女が上げたと同時に目と目が合ってしまう。相変わらずあまり喋ることはなく、ただ目だけをこちらに向けてくるので色んな意味で圧倒されてしまう。
「……!今いれます。待っててください」
俺は逃げるようにしてキッチンへと急いだ。
コーヒーに合うお菓子ってなんだろう?って色々ごぞごそして、結局チョコレートを選んだ。ブラック飲むみたいだし、甘いのもあった方がいいよね?たぶん、知らないけど……
準備ができたのでテーブルへと運ぼうかなと彼女の方に目を向けると、たくさんの本を文庫ごとに揃えて並べた本棚の中から一冊を取り出して、キリッとした瞳を動かしながらペラペラとページを捲っていた。
薄いカーテン越しに外を見ると粉雪が降り始めていた。今日最後の日差しが入り込んで来たかと思ったら、影が覆って文字は半分しか見えなくなっているのに、彼女は温顔な顔つきでページを捲るだけ。その光景に、その姿に魅入ってしまった。彼女がその中にいつまでも居そうな気がして、溶け込んでしまいそうだったから。唾をんぐっと飲み込んで一歩踏み出したら、先に声をかけられた。
「ねぇ……夏に始まった恋はよく、線香花火のように短く、儚く、終わりを迎えるって言うけれど、秋に始まった恋はどうなるのかな?」
『秋に恋した僕たちだから。』というライトノベルを手に持ったまま、彼女はそう俺に問いかけた。饒舌だった。今までにないくらい彼女の澄んだ声を長く聞いた気がする。だけど、もっとその声を聞きたいけれど俺は……
「もしかしてラノベ好きなんですか?……いや!違ってたらすみません」
あえて彼女の問いに答えを返すことはせず質問で返してみた。案の定、彼女は眉根を少し上げて不機嫌そうな様子を見せた……と思ったら、タッタッスタッとテーブルに手をついてお姉さん座りしてしまった。
「……」
無言のまま目だけで彼女は訴えかけてくる。「早くよこせ」と。彼女が猫なら俺はネズミ、それも今にも死にそうなヤツ。素直に従って俺もふぅーっと息を吐きながら彼女の正面に正座する。彼女にコーヒーを差し出す前に、もう一つおまけに息を吐くと、白いもやっとしたものが漂っては、消えた。
「どうぞ。すみませんがチョコレートしかなかったです」
瞑目して頷くと、彼女はふぅふぅしてからコーヒーに口をつけた。時折、眉根がぴくぴく動く。手を少し震わせながらも一気にそれを飲み干してチョコレート二粒もペロリと平らげた。
いやぁ……相当猫舌なんだろうな……お腹も空いてたんだろうなぁ。そうだよな。あんな寒い所に一人ぽつんと座ってたんだもん。そりゃいきなり熱いもの飲んだらそうなるよなぁ。なんて頭ん中でお姉さん可愛いってしてると、視線をぶつけられていることに気付いた。ジト目である。なぜ女性って男のそういう視線とか考えとかを見抜いてしまうんだろうか。エスパーかなんかなのか……
「……これ……好き……なの?」
控えめに、そっと白くハリのある手でテーブルに置かれたそれは、さっきのライトノベルだった。
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