おみやげ
仕事を終えた帰り道。オレは寄り道をすることにした。行き先は、かねてから目をつけていた洋菓子店。ネットでの評判も上々で、朝にはかなりの行列ができているらしい。
「おー。この時間でも車がいるとは。凄いな」
現在時刻、午後六時半過ぎ。すっかり暗くなっているのに、駐車場には複数の車が止まっていた。たしかに人気があるようだ。オレも手早く車を止め、寒い中を店舗へと向かう。だが。
「そうか……そりゃそうだよな……」
店内は女性だらけだった。考えるまでもなく、女性はスイーツ大好きである。ましてやこの店は小さいながらもイートインを備えている。正直言って、居づらい空間だった。さっさと決めて帰ってしまおう。
「いらっしゃいませ。お決まりですか?」
「えーと。ショートケーキ二つ。それとコーヒーゼリー二つください」
パートナーの好物であるいちごのショートに、オレの大好物であるコーヒーゼリー。お土産にしては自分の欲も混じっているが、このくらいのほうがいいだろう。
「包装はいかがなさいますか?」
「あー。プレゼントなんで、包んでください」
「承知しました!」
営業スマイルとは思えないほどの笑顔をたたえて接客する店員。ちょっとスイーツが好きな程度の男子だったらコロッとやられるのだろうが、あいにくオレにはアイツがいる。この程度のスマイルではびくともしない。
包んでいる間、手持ち無沙汰に周りを見る。メインのパティシエが賞を獲ったと、壁に貼られていた。オレより遥かにイケメンの男が、満面の笑みで写真に映っている。昔のオレなら、ブツクサ言って二度と来ない決意をしてただろう。だが今は。
「お待たせしましたー」
弾んだ声が、オレの意識を引き戻す。包装が出来上がり、ビニールの手提げ袋にブツが入れられていた。値段は少々張ったが、この後の幸福感に比べれば安いものである。
「ありがとうございました!」
明るい声に見送られ、オレはホクホク顔で家へのハンドルを切った。
***
「ただいま……っと、今日は遅くなる日だったか」
自室のドアを開けてから、オレはパートナーの勤務日程を思い出す。二人ともカレンダー通りの日程だったら、どこか遠出もできるのだろうけど。時計の針は七時過ぎ。せめて温かい夕食でも作ってやることにした。
三十分ほどでおおよその料理を作り上げ、オレは自分のビールをあける。無論、酔っ払うような真似はしない。彼女が嫌がるし。
「……オレもすっかりアイツ優先になっちまったなあ」
真っ先に彼女のことを考えていた自分に気付き、オレは独り言をつぶやいた。ついでに打ち明けると、やっぱり対面に彼女がいないと物足りない。
「……」
缶を置き、床暖房に寝転び。天井を仰ぐ。そのまま見つめていると、意識が遠くなって……。
「ただいま」
楽しげな声が、顔の上から届いた。うっすら目を開けると、可愛いパートナーのにやけ顔があった。
「ん……寝てたのか……」
うめきつつも目を見開くと、オレの胸板に手が乗っていた。ちょっと上を見れば、腕に挟まれた大きな胸。ワイシャツのボタンが、今にも弾け飛びそうになっていた。
「ちょ、待て。それヤバいって」
「えー? なにがヤバいのー?」
愛しの小悪魔が、全力全開でオレを煽ってくる。にやりと口角を上げた微笑みが、オレの理性に試練を与えていた。
「は、腹減ってるだろ? 夕食できてるから。後お土産もある。ショートケーキだ」
「え、ショートケーキ!? 食べりゅ!」
それでもなんとかかわそうとお土産を持ち出すと、やはり彼女は食いついた。ついでに興奮のせいか噛んでいる。こういう子どもっぽいところも可愛いわけで。
「ん。じゃ、準備するからどいて?」
「はーい」
スルスルとオレの腰から離脱していくパートナー。食器でも置いたら演奏会を始めそうなほどに上機嫌だ。オレはなるべく手早に準備することにした。
この後急いで夕食を食べようとした彼女がうっかり喉に詰まらせたり、彼女の頬についたクリームをオレが舐め取ったり、ケーキよりも甘い夜を過ごしてしまったりしたのだけど。その辺はオレたちだけの秘密にさせてくれ。
つまり、オレのパートナーは今日も可愛い。以上。
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