めだまやき

 基本的に穏やかで、特にケンカとは無縁のはずなパートナーとの生活。しかし産まれも生きてきた環境も違う以上、どうしても譲れないことはあるもので。ちょうど冬晴れの朝、それが炸裂した。


「だからさあ。なんで塩コショウかけるんだよ」

「なに言ってるのよ。目玉焼きには塩コショウ。定番でしょ?」


 キッチンに置かれたダイニングテーブルを挟み、オレも彼女も引く気のない言い争いを続けていた。


「そりゃあさあ、たまにはいいよ? でも毎回じゃないか。オレは醤油がいいんだ」

「だって私、塩コショウ派だもん」


 いかん、話が平行線だ。たしかにツインテールにした彼女が、手を腰に当ててプリプリ怒っている姿は可愛い。小悪魔のように可愛いが、このままでは最悪の事態になる。よし。


「オーケー。まあ今日はいいや。これ以上やりあってたらお互い遅刻する」

「むー……。美味しいのに」


 少しだけ会話を引き伸ばした後、あくまでお互いのために、という体でオレが引き下がる。両親の苦労が、少しだけわかった気がした。先手を打っていただきますをして、強引に会話を打ち切ってしまう。別になにという訳でもないが、オレは真っ先に目玉焼きに手を付けた。


「うん。これはこれで美味しい」

「でしょ? お弁当にも入れてあるから、食べてね」


 自慢気に微笑む彼女は可愛い。ああ、可愛いだけでは語彙が少ない気がする。でも可愛い。小動物のような愛らしさとか、コロコロ変わる表情とか。花の咲くような笑顔とか。色々ひっくるめると、どうしてもそうなってしまう。おっと、可愛さで全てがどうでも良くなってしまうところだった。


 そう。たしかに彼女の目玉焼きは塩コショウが効いて美味しい。でも醤油は恋しい。半熟の目玉焼きをアツアツご飯の上で割り、こぼれた黄身に醤油をこれでもかとかけて食う。あの冒涜をもう一度やりたかった。


 ***


「ふう……。無茶振りもほどほどにしてくれよ」


 仕事が一段落ついた十二時過ぎ。外回りが中心であるオレの場合、どうしても外食か車中食が多い。以前はコンビニ飯が多く、財布がキツい時はおにぎり一個なんてこともあった。ただし今は違う。


「はいお弁当。いってらっしゃい」

「ありがとう。いってきます」


 こんな小さなやりとりでも、ものすごく幸せを感じてしまうオレ。変態呼ばわりするならしろ、受けて立つ。まあ、幸せを反芻はんすうする前に昼食なのだけど。中身は楽しみにしてあるので、確認していない。ゆっくりと開封の儀式を行った。


「うん、今日も色とりどりだ」


 中身を開いて、オレの口角が自然と上がった。茶色と黄色のそぼろご飯に緑のサラダ菜。唐揚げに煮物に……。


「あ、目玉焼き」


 本人にも仕事があり、忙しい中で作っているのに。パートナーの作るお弁当はバリエーションが豊富だ。深くは詮索しないけど、きっと大変なはずである。


 その片隅に、目玉焼きが置かれていた。そういえば入れてあると言ってたか。朝のやり取りを思い出し、諦め半分でマイ箸を伸ばす。


「……あ」


 サラダ菜で丁寧に仕切られた目玉焼き。表面は真っ白で、隣に醤油の袋が置かれていた。なんてことだ。彼女は、彼女なりに。恐らく朝食分の後、別に作ってくれたのだろう。わがままで心が狭い自分に、胸が痛んだ。


「……いただきます」


 目玉焼きにそっと醤油をかける。そぼろご飯なので、上に乗せられないのは残念だけど。半熟の黄身と、茶色い醤油が交じる味は、普段より少ししょっぱかった。


「美味い」


 涙混じりにもかかわらず、オレは確信した。

 

 つまり、オレのパートナーは今日も可愛い。以上。

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