オレと、可愛いパートナー( #オレパト )
南雲麗
いっかげつ
「ただいま」
「おかえり」
仕事と帰り道の寒さで疲れ切ったオレの心は、パートナーの声一つで、あっという間に癒されてしまう。キッチンを抜けてリビングに来ると、彼女が上着を脱がしてハンガーにかけてくれた。
「お疲れさま」
「うん。いい匂いがするけど、今日のご飯はなにかな?」
「ふふ。お楽しみです。先にお風呂に入っちゃってくださいな」
「ん。ありがとう」
少し明るい黒髪のポニーテールが、彼女の動きに合わせて揺れる。思わず目が行き、顔がほころんだ。彼女の長い髪が、オレは大好きだった。いや、他も含めて彼女の全てが大好きだけど。
「どうしました?」
「いや、ちょっとだけ見とれてた」
「もう!」
手の止まったオレに注がれた、彼女の笑顔。恥ずかしいのだろう。軽く頬を染めていた。
「早く脱いじゃって、お風呂入ってよ、もう!」
赤くなった顔をごまかすかのように、パートナーは強い言葉を掛けてくる。でも、そこが可愛い。可愛いのだから仕方がない。ともあれ、リクエストには応えることにした。後は脱衣所で脱げばいい。
「ごめんね。その顔も大好き」
耳元で軽くやり返し、オレはゆっくりと風呂へ向かった。背後でなにか聞こえたような気もしたけど、確認する気はさらさらなかった。
「んせ、っと」
衣服を脱いで引き戸を開けて。風呂の洗い場で身体を洗う。パートナーと暮らすようになってから、風呂場も少し様子が変わった。まず確実にきれいになった。オレがズボラだったのもあるが、あまり日を置かずに掃除をしてくれているのだろう。頭が下がる。そして。
「さて、今日はどっちで洗おうかな」
シャンプーやボディソープの種類が増えた。オレが適当に買っていたやつと、彼女が自分のためにずっと使っていたもの。他人に使われるのには抵抗がないらしく、自分でも一度使ってみた。すごくいい香りがした。抱きしめた時に
「ま、今日はオレのを使うか」
気分に任せて、自分で買った方のシャンプーを手に乗せる。色々話し合ったが、そういう部分についてはお互い干渉しないことになった。ただオレも今後は、少しぐらい選んでみることにした。ちなみに今は試行錯誤なう、だ。お湯をかけて体を洗う。使い心地は変わらないが、どことなくいい感じの香りがした。
***
「ふー。さっぱりした。いつもありがとうね」
「どういたしまして。ご飯できてるけど、お酒は?」
「んー。今日はいいかな」
脱衣所から出れば、白の縦セタに花柄エプロンを付けたパートナーがいた。一通りの会話の後、鼻をオレの体に近づけ、ピクピクと動かす。
「……どうしたのさ」
オレが聞けば彼女はうつむき、またしても頬を染めて。手で鼻から下を隠すしぐさを見せて。
「いや、その。ちょっといい感じの匂いだったから、つい……」
濁す言葉と、ごまかす姿。あまりに可愛くて、オレの本能が火を噴きかけた。しかし今は夕食前。まだ布団さえ敷いていない。なんとか鎮めて、声をかける。
「コ、コホン。メシにしよう、ぜ?」
「うん……。準備はしといた」
結果、お互い顔を赤らめ、譲り合うような形でリビングへ行くのだが。そこでオレは思わず目を丸くした。
「ちょ、めっちゃ豪華やん」
鍋には大きなエビが入り、オレの好物であるイクラと牛肉のステーキが置かれていた。鍋はコンロで温められていて、今にも食べて欲しそうにグツグツと煮えていた。ゴクリと息を飲み、オレは座布団に座る。パートナーも、エプロンを外して向かいに座った。縦セタに包まれた胸が一度重力に導かれた後、軽く揺れた。
「豪華でしょ?」
食前の挨拶を済ませ、食事に手を付け始めると、彼女が口を開いた。人懐っこい笑顔が、オレを見つめている。
「うん。さっきも言ったな」
オレも目を合わせた。今日の飯には、なにか根拠があるのだろうか。納得の行かない顔をしていると、彼女は小さな口を尖らせた。
「もう! 今日で一緒になって一ヶ月でしょ!」
「あ……」
しまった。オレの顔から、血の気が引いていく。彼女が記念日を大切にすることは知っていたのに、仕事にかまけて忘れてしまった。
「ごめん……」
せめて謝らないと。声を絞り出し、うつむいた。今までも何度か失敗はあったが、今度こそだめかもしれない。仕方ないとは思いつつも、返事を待って。
「いいよ。お仕事、忙しかったものね」
少ししてから上がった意外な声に、オレは思わず顔を上げる。彼女の顔から、険しさが消えていた。
「だけど」
いたずらっぽい微笑みとともに、彼女はオレを指差して。こう言った。
「今夜と二ヶ月後は、ヨ・ロ・シ・ク・ネ?」
どうやら今夜は、寝かせてくれそうにないらしい。それでもオレは、笑顔で頷いた。
つまり、オレのパートナーは今日も可愛い。以上。
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