第57話

「あなたを元の世界に送っていきます。大人のさくら」


 梅が私に、優しく声をかけてくれた。



「ありがとう、梅ちゃん!」



 それを聞いた梅は、妙な顔をした。


「…どうして婆の私を『ちゃん』呼ばわりなのです?」



「そう呼べって梅ちゃんが言ったんだよ?…可愛い呼び方なら、若返った気分になって嬉しいからって!」



「…そうだったんですか?」



「そうだったんです!」



 納得出来ない顔で梅は苦笑し、聞いてきた。



「…神がひとつだけ願いを叶えて下さるとしたら、何を願いますか?さくら」



 私は少し、考えてしまった。



「願いたい事なんて、今まで無かったんだけど」



 毎日通った神社の拝殿で、神様に私から『願い』を伝えなかったのは、



「今なら、ひとつだけあるかも」



 決して、神という存在を、信じていなかったからじゃない。




「みんなが寂しくてつらい思いを、しなくて済みますように」




 本物の力は、感謝から生まれた気持ちにしか込められない。





「…それだけかな」





 私はそう、信じていたから。







『あそぼうよ!』




 はじめて会った時、私はあの子に声をかけた。




『あっちに、おともだちもいるの』




 すごく、話してみたかったから。





『うん!』





 彼の笑顔を、見てみたかったから。






 会えて、嬉しかったから。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る