第9話

 その時。


 店のドアが派手な音を立てて開き、真っ赤な顔をして怒った梅ばあちゃんと、母・露木桃つゆきももが入って来た。


「大地!」


 濃紺の着物の袖を白い紐で括り付けたまま、梅は息を切らせて大地を睨みつけている。


「…いつの間に…本殿から…抜け出したのです…こんな所にいるとは!」


「…梅!」


「こんな所とは何です」


 父は呟き、口を尖らせた。


 優しく肩をさすってから母は懸命に梅をなだめ、


「外で偶然梅さんに会ったんだけど…どうしちゃったの?こんなに怒るなんて」

 店のエプロンに着替えつつ、心配そうに彼女を見つめた。


 梅は母の言葉に返事をせず、さらに大地に怒号を発した。


久遠くおん様が怒っています!勝手に神社から抜け出すとは!」


「…気づくの早え」


 梅は、大きなため息をついた大地の腕を荒々しく掴んだ。


「帰って下さい、大地。あちらの世界に」


「ちょっと待て、梅」


「人間が今、どんな状況なのか知っているのですか?」


「コロナとかいう伝染病が流行ってんだろ?さくらに聞いた」


「聞いたのなら、帰ってちゃんと仕事をしてもらわないと。…私のかわりに」


「…うるせえババアだ」


「なんですと?!」


 大地は私を手招きした。


「さくら、ちょっと」


 私が頷いて大地に近づくと、彼は私に小さく耳打ちをした。



「コンノに返す本を、今すぐ持って来い」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る