第六話 初陣とトリプルマジック

 「多めに作っておいてよかった」


 ディルと二人で食べるように作っていた食事は、フォールを含めて三人分必要になった。

 作り置きも考え、大目に作っておいたことでフォールの分も出すことができた。

 消していた火を魔法でつけなおし、温めなおした。


 「完成です!もりつけますね」

 「ありがとう、スープのいい匂いだ」

 「キュッ!」


 キッチンから鶏肉の香ばしい香りと暖かい水蒸気が上がる。

 ディルとフォールはのどを鳴らしてその時を待ちわびる。

 その時。


 「シロネ、軍(テインズ)が来た!」


 ディルが慌てて席を立った。

 魔族の国レインと隣接した人間の国、ジルニクス帝国。

 多くの人は魔族を危険視している。

 その原因になっているデマ情報を流しているのが、ジルニクス帝国皇帝側近のビィーンという男。

 男の部下たちが引き連れる軍隊をレインでは、テインズと呼んでいる。


 「レイン東部、黒月の丘だ、火を消せ、悪いが朝食は帰ってからだ」

 「はい!」


 火を消し、ディルの手をとった。


 「風の妖精・壁の絵と・我の所を・線で結びて・繋げたまえ」


 ディルの魔導書が輝き強風が吹き荒れる。


 「転移」


 気が付く見渡す限り草原の黒月の丘に転移していた。

 そこから一キロほど先で15人ほどの帝国兵がオークを捕獲している姿をとらえた。


 「オークを捕まえてどうするつもりでしょう」

 「濡れ衣をかぶせるつもりだ。以前もあった」


 私が転生させられる少し前にも同じことがあったらしい。

 ビィーンの部下がわざと人目の多い村に火をかけ、魔族を放ち、あたかも魔族がやったように見せかけ、噂を流したのだ。


 「今回は思う道理にさせない!」


 ディルは魔導書を取り出した。


 「待ってください。攻撃...するんですよね」

 「おそらく奴らのほとんどは村の周辺警備のためなどとだまされていつだけだろう。実際ビィーンの部下は一人か二人といったところか」


 しかしと眉間にしわを寄せディルは強く魔導書をつかんだ。


 「今止めなければあのオークたちは濡れ衣を着せられた挙句殺させるだろう。そうなる前に奴らを...」


 私はどうにかしてオークを逃がし、帝国兵達を傷つけずに帰らせる方法がないか考えた。


 ...。


 「私に任せてください!」


 ディルはしばらく悩んだが魔導書をしまいうなずいた。


 「いったいどうするつもりだ」

 「こうします」


 「闇の精霊・闇の物にのみ届く声で・ささやきたまえ」

 「サイレント・レター」


 この魔法はクラス2の意思伝達魔法。指定された者にだけ聞こえる声で物事を伝えることができる。


 (オークの皆さん、合図したら目をつむって西に走ってください!)


 オークたちに警告すると、もう一度魔力に意識を集中させた。


 「光の天使・我が行く道を・太陽の光で・照らしたまえ」


 「今です、走って!」


 「サン・ライト」


 その直後、魔導書から放たれた太陽のようにまぶしい光が帝国兵の頭上に現れた。この魔法はクラス1の照明魔法に今私の持っているほとんど魔力を使い強力にしたものだ。

 帝国兵は突然の光に目をくらまし、目を閉じたオークはひたすらに西をめがけて走った。


 「水の巫女・風の妖精・鉄の瓦を・風化の風で包め」


 私は残された魔力をぎりぎりまで使い、もう一度魔法を詠唱した。


 「ロスト・アーマー」


 黒い靄となった風が帝国兵の周りで吹いた。帝国兵の着ていた装備はミシミシと音を立ててサビ落ちた。

 突然の出来事に帝国兵達は混乱し、統率を失って撤退した。

 取り残されたビィーンの部下だと思われる兵二人も撤退せざる終えず、歪むような憎しみの表情で撤退した。


 「ふぅ、これで無駄な殺生なく済みましたね」


 ディルは口をぽかんと開けて立っていた。


 「どうしたんですか?」

 「ど...どうしてって。シロネ、お前...いつの間にトリプルマジックを...」

 「どういうことですか、何か失敗してましたか?」

 「魔法とはイメージが大切だ、だから二つ魔法を唱えようと思うと、魔法を唱える、魔力を流す、いったん魔力を切る、また魔法を唱えるという手順が必要なのだ」

 「だが、今シロネがしたのは同時に複数の魔法を唱えることができるが、同時に複数のことをイメージしなければならない魔法詠唱法、複数詠唱だ」

 「複数詠唱...」


 私は日本にいた時、パソコンの授業で習ったセルに分けて作業を行うのと同じ感覚で魔法を分けて唱えただけだった。


 「我ですらダブルマジックが限界だ。今シロネは三つの魔法を複数詠唱した。複数詠唱の場合、使った魔法のクラスと魔法数によって変わるが今の複数詠唱はクラスでいうと6くらいだ」

 「そ...そうですか、成長しているということですね」

 「そんなもんじゃないぞ!」


 ディルの興奮が収まらない。

 なので。


 「ごはんが待ってます。帰りましょう」

 「そ...そうだな。」


 今後は複数詠唱の練習にも力を入れようと心に決めた。

 元居た世界の感覚で魔法を詠唱すれば新しい事ができるかもしれない。

 後から分かったが、私がしていたのは魔法の勉強ではなく、魔法の開発に近い行為だった。

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