【第4生】平凡に生きるために

「消すって、なんで……?」

「いや、だって、なんか怖いし」

 大抵の人は凄い力だなんて言われたら、喜んで恋華の手を取るかもしれない。1度はそういったことに憧れるものだろう。

 それに、恋華の顔立ちは非常に整っていた。僅かに吊り上がった目は溌剌とした明るい性格のお陰でキツさはなく、むしろ笑った時の印象をより美しく際立たせる。

 もしかすると、詐欺でも良いから付いていきたいと思う人も居るかもしれない。

 しかし、引寄はそんなことで後ろ髪を引かれたりはしなかった。むしろ、平凡な人生において恋華のような人は避けるべきだと感じた。

「そもそも、凄い力って何ですか? まさかとは思うけど、超能力?」

 凄い力と聞いて、まず真っ先に思い浮かべるのは超能力だろう。

 一般的には誰でも超能力者になる資質はあるというが、ちゃんとした使い方を身につけられるのは小学校入学までの間。それまでに使い方が分からなければ、使わない力として脳が認識して消えてしまうという。

 だから、後天的に超能力を身につけたなんて人は皆無に等しい。

 それなのに、恋華は得意げな笑みを浮かべて、ゆっくりと引寄を指さした。

「そう。君は超能力者になれる。そのための力を手に入れたの」

 超能力者になるための力。それが先程までの夢だったのだろうか。

 しかし、あの夢に何か意味があったのかは分からない。引寄にとってあれはただの夢でしかないし、その夢の中でさえ引寄が何かを手に入れて覚えはない。

「信じてないわね? 良いわ、見せてあげる」

 半信半疑な引寄のために恋華は目の前で指を軽く揺らした。それと同時に真っ赤な炎が指先から吹き出て、天井を僅かに焦がす。

 それを見て、引寄は恋華も後天的に超能力を身に付けたのだと知った。

 なぜなら、この学校に超能力者は一人しか居ない。それは引寄と同じ学年の真守まもり 求夢もとむという男子生徒のはずだ。

 超能力者であることは戸籍にもしっかり乗り、入学時にしっかりと超能力者であることが国から学校へ伝えられる。

 そして、超能力者を迎えた学校がそれを周囲に喧伝しない訳もないので、恋華の戸籍には無能力者として記述がされていることは確かなのだ。

 つまり、戸籍登録が超能力なしということは、恋華は国が出している超能力の覚醒限界年齢の6歳を過ぎてから能力を手に入れたということ。

 その活動限界年齢も適当な数字なんかじゃなくて、現時点では6歳以降に超能力を手に入れた人間が過去273年間現れていないという事実を元にして考えられたものだ。

 引寄は目の前の恋華がなんだか得体の知れない存在として恐ろしく思えた。

 単純に超能力を持っているからというだけじゃない。

 恋華の超能力が周囲に知られていないということは、国に超能力者であると届け出ていないということだ。

 それは立派な法律違反に当たる。

 バレたら確実に逮捕され、死ぬまで刑務所から出ることはできない……と噂されているぐらい厳しい罰が下るのだ。

 超能力は一歩間違えると国さえも転覆させかねない力だから、超能力者の存在を把握しておきたい国の考えは仕方のないことだけれど。

(発火先輩は超能力法違反の犯罪者だ)

 引寄の背中に汗が伝う。

 そんな人間に関わっているだけでも、自分だってどんな罪に問われるか分かったものじゃないのだから。

「超能力を使えるのに、国に届け出ないのは犯罪じゃ……」

 それを伝えると、恋華は眉間にシワを寄せて溜息を吐いた。

 一応、その事は気にしていたのだろうか。

「だって、届け出たらどんな目に遭うか分からないじゃない」

「それは……少しは分かりますけど……」

 後天的に超能力が目覚めることは有り得ないことだから、本当は6歳以前から隠していたんじゃないかと疑われる可能性は高い。

 そうじゃなくとも、後天的に超能力を身に付けたなんてことになったら、研究したいという人が現れても不思議じゃない。

「でも、俺は犯罪者になるのは嫌だから、超能力なんて要らないです」

 ハッキリと自分の意思を伝えた引寄は恋華が諦めてくれることを祈った。

「それなら仕方ないわね……って言ってあげたい所なんだけど、残念ながら手遅れなのよね……」

「それってどういう……」

 しかしながら、引寄の思いも虚しく、現実は思ったようには進まない。

 恋華曰く、このまま放っておくことのほうが危険なのだという。

「天定くんが居たのは前世の記憶が詰まってる空間なのよ。今はまだ大丈夫かもだけど、時間が経つと普通に寝ている時にもその空間に辿り着くことになるわ」

「前世の……? 前世って、そんな……」

 まるで漫画とかアニメとか小説とかにありそうな、とにかく現実的ではないようなことを聞かされて、引寄は半信半疑のまま頭を抱えてしまった。

 確かに、いくつかの宗教では死ぬと転生すると考えられていたりもするので、あってもおかしくないことなのかもしれないが、まさかボールを頭にぶつけるという簡単な刺激で見ることができるのはおかしいだろう。それなら球技をやっている人のほとんどは前世を見ているはずだし、恋華の言葉が正しいのであれば、超能力に目覚めているはずだ。

 それとも、頭にボールがぶつかったのは条件の内の1つで、まだ他にも不運が重なってしまったというのだろうか。

「混乱するのも仕方ないわ。でも、本当のことなの」

 顔を真っ青にしてしまった引寄を落ち着かせようと、恋華はその背中をポンポンと優しく叩く。

 恋華の超能力がパイロキネシス……炎を扱う力だからなのかは分からないが、その手は暖かく優しい。

 僅かに落ち着きを取り戻した引寄は半ば怒りをぶつけるようにして震える声を絞り出した。

「前世が、仮に本当だとして……それを見ることができるんなら……」

「それも一種の超能力と呼べるかもしれないわね。前世を視る力……サイコメトリーの一種になるのかしら?」

「じゃあ、手遅れって言うのは……」

 2人の間に沈黙が落ちる。片方は普通の暮らしを送ることができなくなった絶望的な心地で、もう片方は自分のせいではないのになんだか申し訳ない気持ちでいっぱいで。

 この時点で引寄の頭の中は現状を消化できなくていっぱいいっぱいだったのだが、それでも恋華の話の続きを聞かなければいけないことだけは理解した。

 こんなとんでもない状況になってしまったからには、経験者の話は聞いておく必要があるだろう。

「それで、放っておくと前世の部屋が夢に出て……どうなるんだ?」

 もはや先輩に敬語を使うような余裕はない。

 引寄は前世の記憶の詰まった部屋のことを思い出して、それと同時に悟った事実に体をゾッと震わせる。

 あの並んだ骸骨は飾りなんかじゃない。あれは、前世の自分たちの亡骸だ。あの数だけ、前世の自分たちが生まれ、死んでいるのだろう。

 では、その中にあった十字架の刺さった骸骨は一体何なのだろう。あの夢の中の男に触るなと言われたあの前世は、確か————。

「……自分のはずなのに、まるで自分が自分ではなくなるような感覚」

「っ!」

 不意に恋華が話し始めて、ようやく引寄は深い思考の海から戻ってきた。

 引寄は何かを思い出しそうで思い出せない気持ち悪さを振り払うように頭を振る。

(今、俺は何をしようとしていた?)

 そんなことは考えなくとも分かるだろうに、脳が考えることを拒否していた。

 動揺が全身に広がり、強張った体と乱れた呼吸を元に戻そうと必死になる。

「落ち着いて! 今は今生の自分のことだけ考えて! このまま放っおくと勝手に前世の記憶を思い出して、前世の自分に乗っ取られてしまうわ!」

 恋華のアドバイス通りに、引寄は今の自分のことを考え続けた。

 今まで成績は悪くもなく良くもなく、運動神経は人並より少し優れているぐらいで、友達が多いわけでも、多趣味な訳でもない。両親だって特に目立ったところはなく、父親は普通の公務員で、母親も普通の専業主婦。ただただ平々凡々に生きてきた普通の子どもだったはずなのだ。

 それなのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう。

 引寄は泣きたくなるのをぐっと堪えて、1つの覚悟を決めた。

「発火先輩、俺はどうすれば良いんですか」

「ようこそ超能力研究部へ! 前世の部屋のきちんとした使い方を教える代わりに、私たちの部活に入ってもらうわ!」

 引寄は平凡に生きるために、平凡とは程遠い恋華の手を取った。

 これが吉と出るのか、凶と出るのか、引寄は人生最大の賭けに出たのだった。

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