第10話 歪む者


 ヒューマたちが案内されたのは、ウェルペン魔法学園の一角にある尖塔のひとつだった。

 出入り口はひとつで、上階に作られた部屋は、客室というよりも豪奢な牢獄にも見えた。

 もっとも、それはヒューマの感想であり、メイアはまったく別の感想に至ったらしい。


「わぁっ! すごい! 街を見渡せる! もしかして、うちの森もここから見えるのかな!? うあっ、なにこの机、すごく高そう! こっちの壺、先生の本で見たことある! 壊したらどうしよう!?」


 窓の外を覗いては叫び、部屋の調度品を見てはおっかなびっくりで距離を取る。

 森から人里に出てきた小動物といった様子のメイアを余所に、ヒューマは部屋をぐるりと見回した。


「監視付きだな」


『はい。複数の粒子通信波を確認しています。ですが、通信用ドローンを使えば妨害は可能です』


 部屋の各所にカメラのような機能を持った道具が配置されているらしい。

 だが、見た目では分からないし、カメラだからと壊すわけにもいかない。だからといって、このまま放置しておくつもりもなかった。


「あの男の望む通りにするのは、あまり面白くないからな」


「え? なにか言いました?」


 ヒューマの独り言に、メイアが反応する。

 今度はベッドに興味を持ったようで、両手でその感触を確かめている。


「そうですか? あ、このベッド、すっごく跳ねる」


 ベッドの上で跳ね始めたメイアを視界の片隅追い遣ると、ヒューマは通信用ドローンを取り出して部屋の中心にあるテーブルの上に置いた。


(やってくれ)


『通信妨害粒子を放出します』


 球形のドローンに光の筋が走る。

 普通の眼にはなにが起きたか分からないが、ヒューマには通信用ドローンから発せられる妨害粒子の波が見えた。

 これが作動している限り、この部屋の監視装置は無力化される。

 わざわざ相手に手札をくれてやる理由も道理もない。今のヒューマは森で拾った少女の護衛であって、貴族の息子の部下ではないのだから。


「ひゃあっ!?」


 先ほどまでベッドで跳ねていたメイアだが、新たな試みとして助走を付けてベッドに飛び込むことを考え、即実行した。

 その結果、ベッドの反発力に跳ね飛ばされ、上下逆さまの状態で床に転がるという醜態を晒すことになる。すべては森の中の彼女のベッドが、固く粗末なものであったことが原因だろう。


「うう~~」


 ローブもスカートもその役目を果たせず、目を回したままのメイアは自分の状況に気付いていない。

 ヒューマは妨害装置が間に合って良かったと思うと同時に、これは護衛の仕事なのだろうかと疑問に思うのだった。


◇ ◇ ◇


「あの男か!!」


 グレゴールは急になにも映さなくなった水晶を叩き落とし、怒声を上げた。

 魔法学園にある客室にはすべて、監視用の魔法装置が置かれている。それはひとえに来客の弱味を握って自らに有利な戦場を作るためであり、貴族ともなれば大なり小なり行っていることだ。

 だが、今回は賢者の弟子である少女とその護衛が部屋に入ったあと、ほんの数分で監視装置が無効化された。明らかにグレゴールの行動を読み、彼の目を潰しにきたのだ。


「小癪な真似をしおって……!」


 グレゴールはメイアの行動から、賢者の書の扱い方を盗み取ろうと考えていた。

 賢者の書について、グレゴールはメルスースからほとんどなにも知らされていなかった。

 その本質も、扱い方も、なにもだ。

 何度となくメルスースに賢者の書について訊ねた。その都度メルスースは、グレゴールには何ら関わりのないものだと言ってなにも教えようとしなかった。


「どいつもこいつも、何故私の道を妨げようとする! 私が、私だけが賢者となれるのだ!」


 グレゴールはメルスースに自分の実力を見せ続けた。

 そのたび、グレゴールのうちには怒りが蓄積し続けた。彼は自信を優れた魔導師だと認識している。実際に、彼の魔導師としての実力はメルスースにもそう劣るものではない。

 貴族の生まれであることを考えれば、最終的な力はメルスースにも勝るかもしれない。


「こうなれば、やむを得まい。――カルエム」


「はっ」


 グレゴールが呼び付けたのは、彼が実家にいた頃から共に育ってきた腹心中の腹心とも言える男だ。

 これまでグレゴールのために、表裏問わずにあらゆる手段を講じてきた。

 魔導師としての実力も高く、こと戦闘能力に関しては戦士団の魔導師と比べても見劣りしない。


「賢者の屋敷に赴き、書を操るための手段を探せ。弟子に伝えていないというのならば、家に残してある可能性が高い」


「――よろしいのですか? 他の賢者の一族の方々が黙っていないのでは?」


 賢者の一族にとって、賢者の家は自らのルーツでもある。

 一族ではない者がそこに踏み入れば、彼らがどのような反応を示すか予想できなかった。


「私が賢者となれば、奴らにはなにもできはしない。所詮、賢者となれなかった二流の魔導師たちだ」


「承知しました」


 カルエムが部屋の片隅の影の中に消えると、グレゴールは床に飛び散った水晶の欠片を踏み躙る。

 何度も、何度も。


「そうだ、私が賢者の力さえ手に入れれば、何もかもがうまくいく」


 自分を後継者としながら賢者の術の一切を明かさない師も、婚約者でありながら自分の行動を諫めたアイリアも、己の配下でありながらことあるごとに反抗する兵たちも、師や婚約者ばかりを崇める市民たちも、力さえ手に入れれば跪かせることができる。


「絶対に手に入れてやる。絶対に、絶対に、ぜったいにぃいいいいいっ!!」


 何度も欠片を踏み付け、グレゴールは叫ぶ。

 その姿はまるで駄々を捏ねる子どものようであり、地獄の悪鬼のようでもあった。


「くそ、くそ、くそっ! くそがぁああああっ!!」


 狂ったように欠片を踏み潰すグレゴールの影が、怪しく揺らめいた。

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