第4話 でこぼこな同行者
「おい」
「は、はい」
よろよろと立ち上がった少女の姿に、ヒューマは訝しげな表情を浮かべていた。
人類は自分だけだと聞いていたにも関わらず、目の前にいる少女はどう見ても人間だったからだ。
(アルゴノート、彼女は人間じゃないのか)
『ネガティブ。彼女はこの惑星の原住民です。地球人類ではありません』
(異星人ということか)
『はい』
ヒューマは異星人という言葉の意味について少しだけ思いを馳せたが、すぐにやめた。
自分は宇宙人の専門家ではないし、同時に生物の進化についての専門家でもない。
ただ、目の前の事実を事実として受け止めるのが精一杯だ。
『注意してください。彼女は魔法を使います』
(さっき見てたから知ってる。アレが魔法か)
ヒューマがアルゴノートから教えられた基礎知識の中に、この世界の住人の大半が魔法を使えるという情報があった。
大気中に存在する可変粒子を、頭部から発せられる精神感応波で制御するという原理だ。
『その体は魔法を再現できるよう、調整してあります。魔法を使えない生物はこの地の社会からは排斥される傾向がありますので』
そう説明されていたとおり、ヒューマは疑似的な魔法を用いて巨大生物を一体消し飛ばした。
しかし威力の制御がまだ完全ではなく、周囲の森まで大きく損壊させてしまったのだ。
「ケガはないか? この森の住人か?」
ヒューマは少女に矢継ぎ早に質問を浴びせた。
もしもこの少女がこの地の住人であれば、今回の被害に対する補償問題が発生するかもしれない。
そんなヒューマの思考を読み取ったのか、少女が答える前にアルゴノートが割り込んだ。
『ヒューマ。我々がこの地の生物に対して補償を行う理由はありません。彼らと我々の間には、なんの取り決めも存在しないためです』
(そんなことは分かってる。だけどそれじゃ、余計に衝突が増えるだけだ。俺の行動が制限されるのはお前も望まないだろう?)
『…………』
ヒューマはAIが黙り込むという状況に戸惑った。
何やら複雑な計算をしているのだろうが、それがヒューマには戸惑いに思えた。
(とりあえず、この件はまかせてもらう)
『了解』
アルゴノートが沈黙すると同時に、少女の声が聞こえた。
AIとの会話は一瞬で行われるため、少女はヒューマがここにいない何者かと話していたとは思いもしない。
「怪我はありません。ちょっとお尻を打ってしまっただけです。あとこの森は……っくしゅんっ!」
少女が盛大にくしゃみをしたことで、ヒューマは自分たちが小川の中にいることを思い出した。
「話は水から上がってからでいい。風邪を引くぞ」
「はいぃ……」
よろよろと立ち上がる少女に手を貸そうとして、ヒューマは一瞬だけ悩んだが、すぐにその手を引いて川岸に上がった。
少女は少し青い顔に笑みを浮かべると、ヒューマに頭を下げた。
「ありがとうございました。私はメイア・ルシュマンといいます。この森の奥にある家で暮らしています」
「俺は……ヒューマ。ヒューマ・スミスだ。今火を起こすから、服を乾かすといい」
「いえ、急がないといけない用事があるんです。ですから、お礼は少し待って頂けませんか?」
「礼なんていい。だが、その格好で歩いていては体に良くないぞ」
医療知識などほとんど持ち合わせていないヒューマでも、少し暖かい程度の今の気温の中で濡れた服のまま行動することが褒められたことではないことはわかる。
「大丈夫です。魔法を使えばすぐに……はっくしゅんっ!!」
腰の短杖に手を伸ばそうとしたメイアが、先ほどよりも大きなくしゃみで身を震わせる。
ヒューマは頭を振り、メイアの肩に手を置いた。
「あ、あの……なにを……」
「じっとしてろ」
「はいっ」
ヒューマに制され、硬直するメイア。
彼女はヒューマの手から魔力が移動するのを感じ、その魔力が自分の体を通り抜けた途端、今まで纏わり付いていた濡れた服の感触がなくなったことに気付くと、慌てて全身をまさぐった。
「服が乾いてる……!?」
「君だって水の魔法を使ってただろう。なら、これくらい……」
「そんなことない! こんな一瞬で、服を傷付けずに水だけ取り除くなんて、やっぱりあなたは魔導師だったんですね! もしかして、先生のお知り合いですか?」
メイアは目を輝かせ、ヒューマの両手を握り締める。
子どものような笑顔で自分を見るメイアに、ヒューマとアルゴノートは困惑した。
『ヒューマ、何故彼女はこんなにも喜んでいるのですか?』
(俺が知るわけないだろ!)
ヒューマは心の中でアルゴノートに答えを叩き返しつつ、できるだけ平静を装い、用意していた答えを口にした。
「俺は探し物のために各地を巡ってるんだ。だから、君の先生のことは知らない」
「そうだったんですか……」
ヒューマの答えに、メイアは大きく肩を落とした。
その大きな変化はヒューマも驚くほどで、同時にアルゴノートのこの地の人々のサンプリングに大きな歪みを与えてしまった。
この歪みの矯正に、アルゴノートは大いに苦労することになる。
「じゃあやっぱり、メルスース様のところに急がないと……」
「メルスース?」
ヒューマはその名前に興味を惹かれた。
このメイアという少女がなにか問題を抱えているのは分かる。その問題を解決するためにメルスースという人物に会わなければならないということだろう。
「はい、私の先生と同門の魔導師で、優れた魔法の使い手なんです。ここから一週間ほどの街にいらっしゃいます」
「なるほど……」
好都合だ。
ヒューマは自分の目的のためにこの少女を利用することを考えた。
現地の者がいれば、よりスムーズに行動することができるだろう。いくらアルゴノートが調べた情報があるとしても、現地の社会に馴染めるかどうかは分からない。
その点、メイアを伴っていれば、この地の情報を得ると同時に、現地人の警戒を解くこともできるかもしれない。
「あの、どうかしましたか?」
ヒューマは改めてメイアを見つめる。
フードの下から覗く顔立ちは幼さが残っているものの、どこか心の強さを感じさせた。緑がかった薄い色素の髪はヒューマの少ない記憶でも馴染みがなかったが、もしかしたらこの星では珍しくないのかもしれない。
「なら、その街まで同行させて貰えないか? もちろん、その間は護衛の真似事くらいはさせてもらう」
「えっ、いいんですか?」
メイアは驚いた。
彼女の常識に照らせば、ヒューマの申し出はいささか都合が良すぎたからだ。
「さっきの強さや魔法のすごさからすると、たくさん護衛料が必要なんじゃないですか?」
私、お金なんて……と小さくなるメイアに、ヒューマは久しぶりに口の端を持ち上げた。
この星で目覚めてから、初めての笑みだった。
「俺は護衛をして、君は道案内をする。お互い様なんだから、金を取ろうなんて思ってない」
ヒューマのその答えに、メイアはぱっと表情を輝かせた。
どれだけ気丈に振る舞っていても、魔物に襲われた事実は彼女の精神に大きなダメージを与えていた。普段なら警戒するであろうヒューマの申し出に喜んだのは、その証拠だった。
「よろしくお願いします!」
「こちらこそ、よろしく頼む」
お互いの目的も正体もろくに知らないまま、この奇妙なふたりの旅は始まった。
この時点でふたりは、お互いをメイアの目的地であるウェルペンの街までの同行者としか思っていなかったが、その予想はウェルペンの街で起きる騒動によって大きく外れることになる。
先の賢者の弟子メルスースはこのとき、重大な危機に瀕していたのだった。
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