第2話 屋根裏から見る「ウラ」

「いらっしゃいませー。2名様ですね?こちらテーブル空いてますんでどうぞ~。あ、はい、ご注文ですね?ニラレバ定食がお一つですね。かしこまりました。ニラレバ一つおねがいしまーーす!!」

 「はいよーー!」


今日もこの家の主のおばさんは三角巾とエプロンを身に着け、声をやたらと出し、外からやってくるお客様と呼ばれる人たちに笑顔をやたらと振りまいている。そしておじさんは厨房でたまに声を出しながら、料理を作っておばさんに渡している。


 僕は毎日この「中華料理」と呼ばれる食べ物の匂いを嗅ぎに、換気扇近くにやってくる。とても香ばしくて油っこくていい匂いだ。居心地がかなり良い。

 ただし、「油」だけに油断は禁物だ。この匂いにつられて、換気扇の外に出てしまい、おじさんに見つかって、逃げ回る羽目になり、最終的に凶暴なおばさんに殺される。そんな先輩を何度も見てきた。そこから僕は「生きる術」を学び、決して目の前の欲に駆られるようなことはしないと誓った。


 生きづらいかもしれないが、しょうがない。先輩が言っていたが、この世は弱肉強食の世界だ。与えられた環境の中でうまく生きていかなければ、死んだも同然だ。僕たちは感情だけではなく、理性も持って生きていかなくちゃいけない。

 人間は僕たちのことを「生きた化石」とも言うらしい。それくらい僕たちの種は生き延びているということだ。僕たちの先祖も理性というものが働いたからこそ、ここまで生きてこれているのだ。決してこの命を無駄にしちゃいけない。




ガラガラガラ

またお客様がくる音が聞こえた。

「あら、優子。おかえりなさい。今日の学校はどう、、」

「うるさい」

「おい、優子。なんだその口の聞きか、、、」

「うるさいってば!!」

入ってきたのは、お客様ではなく、優子だった。おじさんとおばさんのたった一人の子供だ。彼女はいつも制服という服を着て、高校という場所へ行き、この時間に帰ってくる。彼女は親の言うことを聞かずに、そのまま2階の部屋へ行ってしまった。とても怖い顔をしていた。まるで僕たちを殺す時のような顔をしていて身震いがした。全然目もあってないのに、バレたか!?と一瞬思ってしまった。


「最近どうしたのかしら、、高校でなんかあったのかしら、、、」

「反抗期だな、、しょうがないよ」

「そうだといいけど、、、」

少し心配そうな顔をしていたおばさんだったが、何事もなかったかのように作業を再開した。時計の小さい針は5を指している。この時間帯からお客様がどっと入ってくる時間だ。娘の期限の悪さに構っていられないのだろう。


 最近、優子はかなり機嫌が悪いようだ。学校へ行く朝も、憂鬱そうな顔をしている。何かに怯えているような気もする。その顔を見ると、僕たちも同じような顔をいつもしているのだろうかと気になる。まあ僕たちは人間ほど表情豊かな顔をしていないけど。

 とにかく、彼女の表情がとても気になった。いつも笑顔のおばさんや必死に料理しているおじさんの表情とは全く違う、違和感のある表情だからだ。油の匂いよりも気になるくらいだった。僕は興味本位で彼女のところへ行ってみようと思い、足を動かした。


 換気扇近くの隙間から、音をたてぬよう、二階の屋根裏まで行き、あまり僕たちが行くことのない優子の部屋の天井の隙間の入り口に辿り着いた。隙間からは、電気という人工的な光を感じることはなかった。そして何か音が聞こえてきた。


シクシクシク、、、


この効果音がふさわしいのかはわからないが、僕にはそう聞こえた。僕はとにかく好奇心が赴くままに、その隙間からバレぬように、細い触覚と頭をひょこっと出して、弱い西日の光に照らされた薄暗い部屋を見渡した。


シクシクシク、、、


白いベッドの上で体育座りの格好をして寝っ転がっている彼女がいた。窓際に頭がある分、弱い光で少しだけ彼女の顔が照らされていた。その時、僕が聞いた音が何の音なのかがわかった。


彼女の顔の下の白いシーツが湿って色が変わっていた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る