其之4 旅にイベントは付き物だ
天使の領域内にあるエンゼルルーブネスから神と共に旅立って早三日。
ある街へと続く道という道を永遠と歩いては別れ道を見つけ、左右どちらかを決めたり、狼やらでかい蛙やらの魔物に襲われたり、時にはすれ違う馬車とその護衛達の人間に挨拶をしたり。
寝床は道外の平原で人三人は入る三角テントを出し、それを立てて寝ると言う何とも旅にはよくある野宿生活。
ついでにエンゼル城から出る際、女神から食料――保存の効く硬いパンが数個――と飲水。おまけに通貨として利用する銀貨一枚――その一枚にどれくらいの価値があるのかは不明――や、他にも冒険に必要不可欠な物――等々が入ったマジックアイテムの内の一つと言われる袋を頂いた。
それにしてもこの袋、侮れない。何を入れても膨らまないし、多く収納できる。これがよくあるゲームの袋か。
だがその袋を開いて入る程の大きさでなければ中には入れられないのが唯一の難点。尚、細長い棒などは例外とされるそうだ。
肝心の修行に関しては何だが、ちゃんとしてはいる。してはいるのだが、どうもこれ以上強くなるのかが不明である。いや一応、それでも文句ひとつ言わず続けているのだが。
ぶっちゃけると、神が上げた私の身体能力はかなりのモノで、私の身長より大きい岩は本気で振り被って殴れば難なく粉砕になるし、脚力に至ってはその場で本気でジャンプすれば五メートル程は飛ぶし、本気でマラソンをして体力も測ったが、余裕で一日は走り続けられるし、筋力に対しては切り落とした木を両肩に二本置いても軽々と持ち上げれるしで。
……うむ、何と言う身体能力。これぞ人間の限界か。こんな状態なのに、修行でもしてまだまだ高みを目指そうかと考えている私も大概だが。
最初から人間の限界に至っている体に、更に重みを掛けるようにするという何ともアホらしい事。バカの所業。脳無しの極み。脳筋野郎。……いや女だが。
だがこれがまた面白い。まだ強くなるのかなと言う好奇心。これが人間の限界か、と分かる面白み。そしてそれよりもっともっと強くなるのか、試してみたいではないか。
――限界を超えた先に、叡智はある! たぶんッ!
脳筋説はここまでにして、魔法だ。私が出来るのは、あくまでも中級魔法以下の最後の術式を無くす事だけ。最初の想像を極めなければいくら無術式で出来るとは言えど発動まで時間が経つ。
故に、図書館で覚えた様々な魔法を思い出しつつ、最初の想像だけをマスターして行った。今ならファイアーを一秒未満で放てる。
そんなこんなで取り敢えず、この三日間までは順調。
食料も飲水もまだまだある。余力もある。だがしかし、緊急事態が起きた。
「ねえエキル」
「何でしょう?」
先手を行くは、少女の姿をした神――エキル。
私の呼声に、進ませていた足を止めて振り向いた。遅れて金髪の後ろ髪が揺れる。
「これってあれだよね?」
「あれって何ですか?」
「……迷子だよね?」
「そうですね!」
元気良くハッキリとした答えが返ってきた。
そう、実は現在進行形で迷子なのである。
深い森林の奥、太陽は木々の葉によって半分以上は隠れている薄暗い森の中を、しばしば二、三時間は彷徨っている気もする。
事の発展は、エキルによる些細な言葉から始まった。
その時までは、広がる平原の中、ちゃんと出来た道を辿って歩いていたのだが、次第に道外の方に森が見え始めた。
「シノさん見てください! あそこに森がありますよ! 森!」
「あーうん。そうだね?」
「探索してみましょうよ!」
「ちょっ、まッ」
それからと言うものの、森に走って行ったエキルを追いかけていると、最早引き返そうにもどっちから来たのか忘れてしまったくらいに奥へと入ってしまったのだ。
――で、結果。この通り迷子である。
「何でこうなったかなぁ」
「これはこれで楽しそうじゃないですか」
「あのねぇ。餓死でもしたら元も子も無いのよ?」
「はッ、そうでした!」
何も考えずに取った行動がこれか。
楽しいと言う事には一理あるが。
先にも言ったよう、まだまだ食料や飲水に余裕はある。しかしこの森の深さによっては、その余裕も何時まで持つか。
「うぅ……お腹が減ると力が出ないのは不便ですね」
「人間、と言うか。生きてる者は皆そう言うモノだよ」
「そんな事言われましても、私は神"でした"から」
エキルは呟き、ヘソを曲げつつも前へと前進して見せた。
この会話を聞いていて気付いてもらえたと思うが、この神は今は神では無いのである。
ちょっと何を言っているのか分からないと言う人に詳しく説明すると、神とは元々「空腹」「疲労」「睡眠」それらが無になっているそうな。
様は、神は何も喰わなくても空腹にはならないし、どれだけ動いても疲労を感じないし、眠らずとも睡眠を欲しないのだ。
言えど、エキル曰く「そもそも体を持っては居ませんでしたので、物は食べれないですし、寝ると言う事も出来ません」との事。
最初の出会いの時に初めて人体を得て、神を五分の四は捨てたとも言っている。残りの五分の一は神なのであろう。
っと、お腹の事に気にしていたら私まで空いてきた。
「ふむ。そろそろ休憩しましょうか」
「お昼ですか!」
「もう過ぎてるから」
日の傾きからして、今は午後六時辺りか。
適当な大木に背を預けながら座り、横腰に付けていた袋から硬パンを二つと、飲水の入った小瓶を二つ取り出して一つ一つをエキルに渡す。
エキルはそれを喜んで受け取り、自然な流れで私の隣へ座って早速食べ始めていた。
「やっぱり、みかく? があるのは素敵ですね」
味覚ね。味覚。
心の中で彼女の文字を訂正させつつも、私も硬パンに齧り付き、飲水を少々口に含んでパンを程よく柔らかくさせる。これが牛乳ならば、私は好きだった。最高に。
「そう言えばさぁ」
「んー……。ふぁい?」
まだ口の中で噛みきれていないパンをもぐもぐとしながら答えるエキルに、私は何時もの様に食事中の雑談を開始させる。
「私が起きたあの場所って、結局何なの?」
あの場所とは。最初に初めてこの異世界に来て、眼を覚ましたあの変な場所の事である。
「えっと、"デリートゲート"の事でしょうか」
「デリートゲート?」
「はい。あの空間の中心、崖下にある渦に落ちてもらえれば、自然とそれは元素として分解されます。それは人に限らず、物であっても可能ですよ」
「正しく、デリート――消失ね。じゃあそこを出た後の左右の部屋は?」
「片方は、今まで消えていった方々が着ていた服や鎧が収納されている部屋ですね。あ、シノさんが着て居られる服は私の特注品です!」
「へぇ……」
言われて、着こなし始めている自分の服を改めて見てみる。
最初までは自分が女装しているみたいで慣れなかったが、今ではすっかり馴染みが付き始めている。
身も心も女になると決断してしまったせいか。いやこれはこれで良いのだが。
「そしてもう一方が、一室の部屋となっています」
「部屋? 何の為の」
「えーと……そもそも何ですが、デリートゲートに入る者は、大半が大罪を犯した人達です。消える前に、一日だけ余命を貰えます。そこで暮らせるのが、その部屋です」
「つまり独房ね。もっと言えば、さっき言った部屋には、大罪を犯した者達が着ていた服と」
「正解です! 序に、その余命一日の間、私は色々な大罪人とお喋りをしていました」
「それはまた。思いきった事をしたものだね」
「お話してみたかったんです」
「ふーん」
小口程度に硬パンを食べる。
……大罪を犯した者はデリートゲートで消される、ね。
そう言えば、図書館で読み漁っていた本の中にそんな事が書かれていたっけか。かなり前から存在していたともあった気がする。
あぁ、何か色々納得してきた気がするぞ。
神は光の粒子を元素と言った。その仮説を元にすれば、デリートゲートに飛び交うあの無数の光の粒子は、今まで消えて行った人の元素か。何と夥(おびただ)しい事か。
そして神は、その元素を作りなおして人を作れると。
――しかし待てよ。そうなるとそこで消えた者の魂はどうなる?
「ねえ、そのデリートゲートで消えた者の魂はどうなるの? それも元素になるの?」
「いいえ、魂まではどうする事も出来ません。落ちれば体は元素となり、そのデリートゲートの中に留まります。ですが魂は、そのまま渦の底に飲み込まれ、完全に消えてしまいます」
「……恐ろしいね」
「そうなんでしょうか?」
「そうなんだよ」
スットボケている様にも見えるが、これが元神の心なのだ。
この三日間で分かった事に、エキルは生命に対しての情を何ら感じないのだ。エキルの心は、あの出会いから初めて誕生した。また、彼女はその心を分かっては居ない。まだ幼い赤子の様な者。
でも、笑顔や好奇心満載などの明るい方面は最初から出来ては居たのは幸運か、不幸か。
どちらにせよ、何も無い無表情をされるよりはマシではあるが。
チラリと、下品にも大股を開いて座り、硬パンをよく味わいながら食べているエキルの顔を見る。喜びの表情で美味しそうに食べる姿が見て取れた。
「…………美味しい?」
「はい、とっても!」
「そっか。ならほら、私のも上げるよ」
「ホントですか!?」
「うんうん、本当だから」
少々食べ掛けの硬パンをエキルに渡すと、満面の喜びで受け取って食べ始めた。
それを見るのが微笑ましく、思わず癒やされる。もう私はこれだけでお腹がいっぱいになっていた。
「ちょっと、周り見てくるね」
「ふぁーぃ」
グビッと飲水を飲み干し、私は立ち上がって辺りを見渡しつつ歩き出す。
深い森林であるが為に、当然ながら周りに見えるのは大小ある様々な木々のみ。
本当にこんな所から抜け出せるのかと思いながら、何か無いかと探しだす。
少し奥まで入り、茶色いキノコを見つけた。しかしこれが食べれる物なのかも不明。無論絶対に手は出さない。
他にも見た目が変わった草や花が少量ながらも木の周りに生えていたり、苔とか虫なども見つける。
私が居た世界では、少なくとも見たことがない物ばかりだ。三日間暮らして、本当に異世界だと見に染みてしまう。
「ウウゥゥーッ、ヴァウッ!」
「うわッと」
突如、犬の唸り声が聞こえたかと思うと、隣から牙を剥き出し、大口を開けて襲ってきた。
正確にもその犬は、私の首を狙って飛んできたのだが、間一髪でそれを避ける。
しかしよく見るとそれは犬ではなく、旅中の平原でよく見かけていた魔物の一種――ウルフであった。
赤目をギラギラとさせている全身黒毛のウルフは、器用にもその先にあった木に足を着け、またこちらに襲いかかってくる。
「二度はないッ!」
「ガブァッ!?」
開いていた口の顎に下から掌底打ちをお見舞い。
そうすれば当然、口は強制的に閉ざされる。それと同時に衝撃で白い歯と牙がバキバキと折れ、歯切れから血が滲み出る。その血と共に宙を舞っていたウルフは頭から地に落下。
最初こそは小さな痙攣を起こしてはいたのだが、やがてそれは止まった。
「力加減は今の感じで丁度って所かな」
ウルフを倒すとは別に、研究中だった力加減の微調整をする。
旅の最初こそは、出会った全ての魔物に対してボッコンボッコン本気のフルスイング並に殴って倒しては居たのだが。如何せん、返り血が激しい。
神のエキルは、血を浴びて全身真っ赤なそんな私を見て、若干引いていた様にも見えたが……いやこれ君のせいだよ? とんでも能力にした帳本人に引かれるとは思わなんだ。
まあそんな経緯があったため、力加減と言う研究を二日間ばかりしていた。そして今ようやく出来つつある。その証拠に、返り血は一滴足りとも付いていないのだから。
私も中々に成長したものである。
「っと、エキルが心配だわ」
近くに魔物が居たとなると、またその近くにも居る可能性は低くは無い。
私は来た道を引き返した。
「あれ、エキル?」
来た所からはそんなに離れては居ない筈なのだが、大木の根にエキルの姿は無かった。
「エキル!?」
まさか魔物にでも襲われたか!?
そう心配していた時間は、ほんの数秒で終わった。
「はい。何でしょう」
光の粒子が現れ、やがてそれは人の形――エキルへとなった時、彼女は口を開いて何事もなかったかの様に返答した。
そう言えばエキルはこうしてなりたい時に、自由に粒子になって消えたり、現れたり出来るんだっけ。
「はぁ……心配して損した」
「心配。ですか?」
「……それより、何してたの」
「えーと。向こうの方に人が倒れていましたので、つい」
「人?」
エキルが指を差した方へと向かうと、私達が休憩していた大木の反対側には確かに倒れた人が、少女が居た。
「これは大変」
私は直ぐ様その少女の首筋に手を当てる。ヌメっとした感触が手先から感じつつも、脈はある事を把握。生きている事は確認した。
けど――
「重症ね」
所々の問題ではない。ほぼ全身に傷と言う傷から血が垂れている少女。その流れる血は、少女のフード付きの布コートと、周りの地に滲んでいた。
放っておけば、やがて尽きてしまうだろう命。それは素人である私でも分かる領域。
迷いなく私は袋に手を突っ込み、中から回復薬である緑色の液体が入った手のひらサイズの瓶を取り出し、栓を抜いて仰向けにさせた少女の口に流す。全てを口に含ませた後は、少女の顎を軽く持ち上げて喉に行き届ける。それは次第にゴクリと言う音と共に無理矢理飲み込ませた。
正直な話し、未だに傷を負った事すら無い私であるため、この回復薬を使うのは初めてだし、効果がどのくらいで効き始めるのかも不明である。
だがそう考えていた内に、少女の体から傷がゆっくりとではあるが塞がり始めていた。どうやら即効性のある薬だ。
「取り敢えずは、こんな所。なのかなぁ?」
「それで、どうするのですかシノさん」
「んー、そうだね。もう日も暮れるし、今日は此処で寝とこう。この娘をこのまま放っておく訳にもいかないし」
何故こんな幼い子供があんな傷だらけで、それもこんな森の中に居たのか。
様々な疑問が呼び起こす頭の中、私は折りたたみ式のテントを袋から取り出す。
無理矢理にも近い入れ方をしている為、出すにはちょっとばかし苦労はするが、テント無しの野宿は勘弁して欲しい。
そこを考慮していた女神のルフには感謝だ。
テントを組み立てている間、エキルは少女の頬をツンツンと軽く突付いている姿が見えた。
私以外の人を間近で見るのは、あの子が初めてなのだろう。興味心のままに至る所を触っていた。
「こらこら、あんまり怪我人で遊ばないの」
「遊んでいませんよ。見ているんです」
とは言いつつも、次は手を突付いたり触ったりする事は辞めずに居た。
やれやれと私はもう止めるのを諦める。作業に集中しようとしたが、ふとエキルが触っていた少女の片手首に填められている腕時計並みの大きさをしたバングルが目に入る。
少し離れて見えづらいが、恐らくは鉄製の物。少女の袖のせいか、それとも私の意識がそこまで行かなかったのか、全くその事に気づかずに居た。
何の為に填められているのかは知らないが、知らぬ所ではそう言う習慣か何かでもあるのだろう。
私はせっせとテントを張る続きに没頭した。
明朝が来た。
この異世界に来てから五回目の日の出を見ながら、ガーディガンをテントの中で仰向けにして安静にさせている少女に上から羽織らせ、軽装な服で軽く準備運動をする。
エキルは初めて眠る時とは違ってぐっすりと眠っている。最初の時は睡眠の事を知らず、眠くなっている自分の気持ちに「怖い」と言って怯えていたのだが、一度眼を閉じて横になれば、こてんと眠ってしまったのを思い出す。
その後と言ったら、夢を見るのが楽しくなったそうで、もう寝ることに恐れを抱かなくなった。
「今日は看病人も居るし、手短にしよっと」
何時もならば準備運動の後は二、三時間程鍛錬を組んでからエキルを起こすのだが、今日は違って看病人が居る。
見てあげられるのは私くらいだ。何せ神であるエキルは寝ることに娯楽を感じてしまい、朝起きは苦手となった。前に明朝に起こそうとしたら「うるさいです」の一言。中々に私の心を抉ってくれた懇親の一言であった。
一方で私は異世界の朝が好きになってしまい、こうして明け朝に起きては習慣になりつつある朝の修行を開始。
取り敢えず、今日は一時間で終わらせるシフトを脳内で組み上げていき、準備運動を一頻り終える。
まずはテントを中心にした半径十五メートルを円状に回るようにジョギング。
これは毎日初めににしている事でもあるのだが、自身の足腰と体力を鍛えつつも、近くに魔物が居ないかの索敵でもある。悠長に修行でもしていて、うっかり魔物がテントを襲ってきてきたりしたら話になら無い。
――まあ神の事だから、襲われても粒子になって消えるから問題ないだろうが。今回は例によって生身の人が居る。
今日だけは抜かり無いようしなくては。
早速走り始め、冷たい風を浴びながらテントから一五メートル離れてそこから回り始める。
木々を避けつつも周りを警戒し、魔物が居ないかの確認。途中岩が行手を阻むが、足を止めず右ストレートで粉砕――そのままジョギングを継続。
たまに魔物の紫色の猪であったり、餓鬼と言う妖怪みたいに腹が丸く膨れてて手足がか細い魔物などを、手加減込みで殴って蹴って退ける。
その度に多少返り血を浴びてしまうのは、走りながら故に仕方なき事。
走る事約にして三十分。汗をかくこと無く二十周走り終えた。
「……六匹、か」
ジョギングの際に倒していった魔物を数え、誰に言う訳でも無くそのまま口で言葉にする。
六匹。それが今日倒した魔物の数なのだが、普通の草原よりも数が多い。
やはり魔物が行き住む森故なのか、草原では見たことが無い様々な魔物が居る。長い事この森に居れば、いつ強敵と会うのかは時間の問題か。
袋から取り出した白いタオルで服や肌に付いた血を拭き取っていくと、タオルは白から朱色へと変わる。
神が特注品で作ったと言われる服は、驚く事に血が滲まず綺麗に拭き取れる。防水効果でもあるのであろうか。何にせよ、毎度これには助かる。
血で汚れてしまったタオルを袋に仕舞込み、テントの方へ眼をやる。
「おん?」
フードを被った背後姿の人影が、テントの前で佇んで居た。
恐らくはあの怪我人が起き上がったのだろう。しかし何故外。何故そこで佇んでいる?
相手に気付いてもらう様にも、わざと足音を立てながら近付いて行く。
「おはよう。どう? 体の方は」
「…………」
尚、無言の模様。
――コイツもかッ!
だがエキルの時とは違っていたのは、体を動かして私を見てきた事だろう。
フードの奥から覗かせる片目は、しかと私を捉えていた。
次に少女は固く閉ざされていた口を小さく開いた
「お前が、私を助けたと?」
「そうだけど?」
少女は不機嫌にもそう言葉にしていた。
まるで「余計な事をしてくれる」とでも言いたげな雰囲気も出し、眼を細めて睨んでくる。
それに対して私と来たら、お気楽にもそう返答してみせた。
……正直ちょっと怖い。
「目的は」
私の方へ体を真正面に向けると、本当に不機嫌な顔をしながら蛇の如く睨みつけてきていた。
「目的なんて何も。ただそこに倒れていたから、助けたまでだよ」
「………………」
素直に答えた次は睨めっこが始まっていた。何故こうなったし。
死にそうな少女を助けるなぞ、当たり前な事だろうに。決してそこに下心などは無い。
確かに寝顔は可愛いかと思ってしまったが、やましい思いまでは至っていない!
「おおぉぉー……凄い"闇"ですね」
「なッ」
気の抜けた声が、先までテントの中で眠っていたエキルが顔だけを出して言った。
私だけに集中していた少女は可愛らしい声を出して驚き、テントから数歩距離を取った。
ナイスだエキル。あのまま訳の分からない睨めっこをしていたら、こっちが耐えられなかった。
けど、重い空気を打ち砕いたのは大変嬉しい事なのだが、闇と言う言葉に脳が引っ掛かってしまった。
エキルが見つめているのは、フードを被った少女。つまり、この子は闇を抱いていると。……何か、言っていて厨二みたいだ、恥ずかしい。
「何だお前」
「私ですか? 私はエキルと言います」
「そう言う意味じゃない」
「ではどういう意味なのでしょう?」
「知るか」
実に冷たい態度を取り、ツンツンした刺のある言葉をエキルに向ける。
対してエキル、いつも通りの素顔をしていた。相手が不機嫌なのも知らず、本当にいつも通りにも喋っている。
エキル、恐ろしい子ッ。
「どうしてあそこで倒れてたのか。教えてはくれない?」
そんな先程まで二人の空間になっていた所に、私は割り込む様に口にする。
少女はエキルから私に向き直り出した。
「教える気など無い」
まあ、そう来るとは思っては居たよ。此処までツンツンしているのを見ていると、多少予想は出来るモノだ。
ならば、彼女の事以外を話題にしてみよう。
「あぁ、そう。じゃあさ、此処から抜け出す道知らないかな? 実は私達、迷子でさ」
「……迷子?」
少女はオウム返しの様に聞き返してきた。
「いやぁ、最初まではちゃんと道を歩いていたんだけど、そこの子が急に森に走りだしてね。追いかけたら迷子になっちゃった」
「えー。私達迷子だったんですか?」
「おいそこ君。忘れるんじゃない」
私達を迷子にさせた張本人が忘れるんじゃないよ。
ツッコミを入れると、「そう言えばそうでした」と頷くエキル。
たぶんきっと、娯楽――寝る事――に浸ってしまって、現実逃避してしまっていたのだろう。頼むから神が現実逃避をしないで欲しい。
「躾が無ってないだけでしょ」
少女の言葉にはごもっとも。
だがしかしだ。
――神を躾ると言うのは些か変でございましょうに。
とてもそう言い包めたいのだが、それは出来ない。何せ、エキルには「神」である事を控えて貰う様言い付けているし、言わない様にもしているのだから。
だっておかしいだろう? こんな幼女の姿をした神が何処に居ようと言う。……居るけど。だからと言って、度々神と言っては説明をするのも面倒い。何より、信じる人が居るのかと言う話し。
そしておまけと言わんばかりか、エキルは神の五分の四を捨てている身。
もうそんじょそこらの幼女と変わりあるまい。
「……良いわ。付いて来て」
案外親切にもそう吐き捨て、鍔を返して歩もうとしていた少女が、一歩進んだ所でまた振り返った。
「何処に行きたいの」
少女は不機嫌な顔をもうしては居ないが、警戒心だけ極にしていた。
そんな少女に、私達が目指していた街の名前を告げる。
「人間の街――ガルデセルかな」
Magic of wishes-少女は願う- 菟跳(とと) @miyume
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