第3話

「次はー石仏―、石仏でございます。お降りのお客様は―」

 車掌の独特なアナウンスに、私ははっとなって目を開いた。気が付けば、電車は降車駅に近づいていた。私が荷物を確認し終わる頃には、電車はすでにホームに入っており、私は風呂敷包みの額を小脇に挟んで、少しあわてて車両を降りた。

 なんだか、少し懐かしい夢を見ていた気がする。何十年も前の、色あせた写真のような懐かしさ。ほんのり甘さの残った感覚に、最近引きずりがちだった足も少しだけ軽く感じられる。だが、肝心な夢の内容は、これっぽっちも思い出せない。小脇に挟んだ額入りの写真が、私に見させた記憶なのかもしれない。そう考えたら、谷間を舞う桜吹雪のモノクロ写真は、いったい何を私に見せたかったのだろうか?膨らんでいく想像を楽しむうちに、私はいつの間にか、自宅の前まで来ていた。

「なんだ、まだいないのか」

 いつもならバタバタと足音を鳴らして迎えてくれる妻の姿が、今日はなかった。仕方なく、一人寝室に戻り、簡単に着替えてから、リビングへ向かう。そこで初めて、妻が食材の買い出しに行っているとのメモを見つけた。私は仕方なく、昨年買った五十五インチの薄型テレビのリモコンを探りつつ、ソファに腰を下ろした。

 もしこれが、会社勤め数年目の私であれば、仕事終わりにいっぱい、冷えた缶ビールを片手に一日の勤労を一人ねぎらっていただろう。それが、妻ができ子供が生まれ、いつの間にか一人で酒を飲むことを忘れてしまった。今日ぐらいは、という心の声の一方で、妻が帰ってくるまでは、と少しとどまる自分がいる。暇つぶしにつけたテレビのチャンネルはたいして面白くもなく、私は私の心の中の二つの意見を律儀にまとめ、妻が帰ってくるまでの時間を、ソファで横になることで消費することに決めた。

 妻との間に生まれた二人の子供も、自分の家庭を持てるようになった。家のローンも完済した。あとは妻と、二人の時間をすごすだけだ。南向きの出窓から差し込む西日を目で追っていると、人生などあっという間だったと思えてしまう。好きだった女の子のことも、幼馴染との思い出も。就職も結婚も。あっという間だった――。

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