第2話

 成績表が校舎の廊下に張り出されたのは、テストが終わって三日後の昼休み時間だった。俺が友人たちと来たころには、購買室から流れてきた人だかりでごった返しになっていた。

「お、長沼じゃん。お前の名前、どこ?」

「あ、北乃先輩。お疲れ様です。先輩こそどうしたんですか?二年の成績なんて」

「いや、受験勉強ついでに葵の勉強教えてたからさ、成績どうだったのかなーって、気になって」

 北乃先輩はそういいながら、小恥ずかしそうに頭を掻いた。俺は、へえ、とだけ返した。

 しばらく自分の名前を探すふりをして、俺はおもむろに口を開いた。

「先輩って、葵のこと、どう思ってるんすか?」

「別に、かわいい後輩って感じかな」

「それだけですか?」

「え?なに、長沼お前、葵のこと気になってんの?」

「ち、違いますよ!俺彼女いるし。……ただ、なんていうか、幼馴染だったから、少し気になっただけっすよ」

「へー。お前彼女いるんだ。ま、葵は結構おしとやか系女子って感じで、いいと思うけどな。ま、いいけどな、どうでも」

 いやいや、先輩。あいつ、ねこかぶってますから。心の中で、少しだけ毒づく。

「えーっと、葵みさと葵みさと……、ああ、あった、あった。おおー、スゲーな、あいつ。やっぱり上位だ」

「ちょっと、先輩、どこですか?先輩が高すぎて全然見えないっすよ」

「ああ、あれあれ。理系二七番。お、近くにお前の名前もあるぞ。えーっと……」

「ちょっと待ってくださいよ、自分で探します」

そう言って俺は、人込みをかき分けるように割って入って、北乃先輩から離れた。別に、自分にはかわいくてスタイルもいい彼女がいるんだから、葵のことなんてどうでもいい。そう、言い聞かせた。

 だけど、そういう時に限って、出くわすんだ。

「ハル?」

すぐ隣から、今一番聞きたくない声が、小さく耳に触れた。

「み、……葵、も見てたんだ」

「もちろん、そうでしょ?……ハルは、名前、見つかった?」

「いや、今からだけど、どこにあったか……」

その先の言葉を言おうとして、俺は急に口をつぐんだ。葵なら、探してくれているかな、なんて期待を、今は持ちたくなかった。

「……相変わらず、それなりの順位だったよ」

「相変わらずって、なんだよ」

「ふふっ」

 葵が、俺の横で笑う。いつ振りだろう。

「やっぱり、ハルをからかうのは面白いなー」

「なんだよ、急に」

「いや、別に」

 葵につられてほころびかけた顔を、俺はぐっとこらえて、掲示に目線を逃がした。ちょうど目の前に自分の名前と順位を見つけて、あ、っと指をさした。

「……理系三九番か。あーあ、ほんと、そこそこ、だな」

「まあ、がんばろ、次」

「そうだな、ありがとう」

「お、葵―、あったか?名前」

「あ、北乃先輩。ありがとうございました。前より少し順位、上がったみたいです」

「そうか、よかったな。長沼は?」

「先輩、見つけたんじゃないんすか?三九でしたよ」

「まあ、そう怒んなよ」

 葵が、北乃先輩の隣で笑っている。

「葵―、これから少し部室行くけど、ついてくる?」

その光景が、少しだけ切なく感じるのは、少しだけうらやましいのかな?なんて思っている自分に、寂しさを感じる。

「あ、わかりました。この前の写真も気になりますし」

「じゃあ、わりいな、長沼。葵、借りてくわ」

「ああ、いや、どうぞ」

「じゃあね、ハル」

 別に、俺に了解なんてとらなくてもいいじゃないですか、先輩。一人取り残された俺は、心の中で不満を漏らした。

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