4章 Golden Wheel Rolls Loving The Sun

 いつの間にか、ざあざあと雨脚が強くなっていた。泉と遊びに行ってから一か月。泉が学校に来なくなってから二週間くらい。ようやくその絵は完成した。世界で一番美しい向日葵の絵だ。


「どうやら完成したようだね」

「はい」


 突然の川端先生の呼びかけにも、もう驚くことはない。


「…つまらないなあ」

「何がです?」

「いや、こっちの話」


 川端先生は軽口を叩くと、完成した俺の絵を眺める。


「…うん、良い絵だ。これが新しい君の絵なんだね」


 新しいという言葉にどこか引っ掛かりを覚えた俺は感じたことをそのまま言葉にする。


「これが新しいということ、なのかはよく分からないです。もしかしたらそれは最初からそこにあったのかもしれない…。すいません、うまく言葉にできなくて」


 そんな俺の何を言っているのかよく分からない発言に、川端先生は愉快そうに笑う。


「ほっほ。いや、分かるよ。きっと君の世界が広がったんだね」


 世界が広がるという感覚。俺にはなんだかその言葉こそがぴったりだというような気がした。


「ところで先生」

「何かな」

「泉真衣の家の住所を教えてください」

「ほう」


 川端先生はどこか楽しそうに相槌を打つ。


「私も教員だからね、生徒の個人情報を簡単に教えることはできないんだけど…」

「そこをなんとか」

「まあ大義名分が必要なわけだ。このプリントを渡そう」


 そう言うと、川端先生から漢字の問題が書かれたプリントが手渡される。


「これは?」

「美術の宿題だよ。これを欠席した泉さんに届けてほしい。え?住所が分からない?しょうがないなあ、これに書いてあるから」


 そう言うと、泉の家の住所が書かれたメモが手渡される。なんという手際の良さ。しかし、美術の宿題が漢字のプリントとはまさに大義名分のためにでっちあげている感じだな。

 川端先生の良い意味での適当さに感謝しつつ、完成した絵を専用の黒い防水バッグに入れて肩に担ぐ。


「それじゃ、ありがとうございました」

「うん。泉君によろしくね」


 美術室を後にした俺はメモに書かれた泉の家に向かう。雨はまだ強く降り続いていた。

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