3-5

 その一日は机に突っ伏しながらも、意識だけは覚醒し続けるという妙な日を過ごした。ホームルームに教室にやってきた担任教諭が何やら狼狽している声が聞こえる。それを受けて、教室全体がざわめきだす。


 そんななかにあってもその後の授業はつつがなく進められた。まるで何事もなかったかのように。俺はいつも通りの力というものの恐ろしさに触れたような気がしていた。


 一日の授業が終わり、ホームルーム。そこでは朝の出来事に関する、要するにいじめについてのアンケートが行われた後、今後個別に事情を聞く機会などを設けることが説明された。説明する教諭の声音には苛立ちが滲んでいて、どこか迷惑そうな印象だった。


 ホームルームが終わり、俺は美術室に向かう。すると途中の廊下でいつもは見かけない女子の集団がひそひそと話しているのを見かけた。不審に思った俺は隠れて聞き耳を立てる。


「なんか大事になってない?」

「大丈夫よ、証拠なんてないんだし」

「にしても真衣の顔見た?ウケたわ~」

「まあちょっと調子に乗りすぎてたよね」


 会話の内容はこんな感じで、いくら察しの悪い俺でも何のことを話しているのか分かってしまった。どうやら今朝の黒板はこいつらの仕業だったらしい。


「でも日向のいじめ、相変わらずえげつなかったわ」

「人を追い詰める方法はいくつかあるんだけどね、真衣ちゃんみたいな明るい子は陰湿に陰湿にマイナスの感情を蓄積させて、最後に溢れさせれば絶対壊れると思ってたよー」

「日向こわっ!」


 そう言って笑う声は明るかった。日向と呼ばれる女の声が聞こえてくる。


「まあ美人で明るくて勉強もできてモデルもやってって、そんな風に私たちを見下すようなことしたからこんなことになっちゃったんだよ。出る杭は打たれるってね~」

「正直スカっとしたわ」

「絶対自分が一番とか思ってたよねー」


 それは弱き者たちの怨嗟。嫉妬。そして悪意だった。やがて声は遠くなり誰もいなくなる。それを確認した俺は美術室へ急いだ。さっきの話を聞いたからといって奴らに対して憤りなんて感じていないし、ましてや泉に同情しているわけでもなかった。ただ、俺は今すぐにでも絵を描かなければならない、そしてその絵を泉に見てもらいたいと強く感じていた。

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