2-5
ゲームセンターを後にした俺たちは、本屋や雑貨屋を適当に物色した後、泉の案内ですみれ通りから一つ外れた道にある喫茶店に来ていた。
「ここのショートケーキめっちゃおいしいから絶対来ようと思ってたんだよね~。あ、こないだの探し物のお礼ってことであたし奢るよ」
「いや、気にしなくていいよ」
「いーから!ここはあたしが奢るの!」
こうなった泉は絶対に譲らないことは過去の経験で分かってきたことなのでここはお言葉に甘えておくことにする。席に着くと、泉は近くを歩いていた店員にケーキセットを二つ注文した。
「それにしても意外だったわ~」
「何が?」
「いやなんかこの状況が。言い出しっぺはあたしだけどさ、あの時絶対断られるかなーって思ってたから」
あの時とは泉が俺を遊びに誘った時のことを言っているのだろう。確かにいつもの俺ならあの誘いは断っていただろう。
「あぁ、泉のことをもっとよく知りたいと思って」
「へ!?」
「ん?」
泉は素っ頓狂な声を上げると、驚いたようにこちらを見る。その顔がみるみる赤くなっていく。
「よ、よく知りたいってどういう…?」
どこか緊張したように言葉を紡ぐ泉に答える。
「今描いてる絵があるんだけどさ」
「絵?」
「そう、向日葵の絵。でもこれがなかなかうまくいかなくてな」
「それってこないだ美術室で描いてた絵だよね。あたし芸術とかよく分かんないけど、上手い絵だなーって思ったよ?」
「ありがとう。でも俺はなんか足りない気がして。ほら、泉が太鼓の鉄人で言ってた芸術点みたいな」
「あー、それならなんとなく分かるかも?」
「まあそんな感じで納得いってないときにある人にアドバイスされたんだ。並木君はもっと人を知るといいよって」
さっきまで何か驚いていた様子の泉も平静に戻り、俺の話に耳を傾けてくれる。
「とはいえ、知っての通り俺に友達なんかいないから。そんな時に何の縁か、友達になろうっていう物好きが誘ってくれたから、いい機会だと思って」
「ふーん」
そんなことを話していると、泉が注文したケーキとコーヒーのセットが運ばれてきた。
「きたきた!」
泉は目を輝かせると、フォークを手にケーキを口に運ぶ。
「うまー」
この世全ての幸せを手に入れたかのように恍惚としている泉を見て、俺もケーキを食べる。柔らかなスポンジと滑らかな生クリームは甘すぎない上品な味だった。確かに絶品だ。
泉はコーヒーに砂糖とミルクを何杯も入れてかき混ぜている。そんなにコーヒー苦手なら別の飲み物にすればいいのにと思っていると、不意に泉が口を開いた。
「それで?」
「ん?」
「今日一日遊んで、なんか絵のヒントは見つかったの?」
俺はケーキを食べていた手を止める。そう聞かれると困ってしまう。元々が漠然なアドバイスだったこともあり今回のことでヒントと言えるほど明確なものが得られたわけではなかった。俺はコーヒーを飲んでから答えた。
「まあ正直、絵に関しては何もわからなかったな」
「そうなんだ…」
「でも…」
どこか落胆しているような泉に告げる。俺は今日何も得られなかったわけじゃない。それは長い間忘れていた感覚。
「今日は、楽しかった」
それは言葉にするととてもシンプルで、けれども俺にはそれがすごく大切なことだと思えた。
「久しぶりだったんだ。友達と待ち合わせしたり、買い物したり、ゲームをしたり…。そのどれもが俺にとっては新鮮で、けどどこか懐かしい気もして」
俺は今日感じたことをなんとか言葉にしようと努める。
「それって多分、一緒にいたのが泉だったから感じられたことだと思うんだ。お前の元気で明るいところに引っ張られて今日を楽しむことができた」
そもそも泉がいなかったらこんな機会は一生訪れなかったかもしれない。
「だから、ありがとう」
俺はそうして自分が言いたかったことをひとしきり言い切った。俺は自然とコーヒーを飲んだ。思い返すと我ながらずいぶん恥ずかしいことを口走っていた気もするが、不思議と晴れやかな気持ちだった。
泉は俺の言葉を聞き届けると、やがてクスクスと笑い始めた。
「ケンタローってやっぱり面白いね~」
「そうか?」
「うん。なんていうかバカ素直?でも、そうやって思ってることを真っすぐに伝えられるのはケンタローの良いところだと思うな」
褒められているのかどうか微妙なところだったが、俺はそれを好意的に解釈することにした。
すると、そばを通りがかった店員が声を掛けてきた。
「失礼します。お水をお注ぎいたしましょうか」
「あぁ、お願いします」
俺は空になったグラスを店員に手渡す。そのせいで俺は泉の言葉に続きがあったことに気づかなかった。
「それはきっと誰にでも出来ることじゃないから…」
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