2章 Beautiful Golden Wheel
迎えた日曜日の昼、俺は泉との待ち合わせ場所である駅前に立つ銅像のそばに来ていた。見上げた空はどこまでも青く、太陽は燦燦と照っている。頬を汗が伝う。初夏の陽気にしては暑すぎた。
巷ではこれが地球温暖化の影響だとか、環境にやさしくしようだとかやっているのを目にする。しかし、おそらく何を騒いだところで地球の気温は上がり続けるのだろう。そして我々旧人類は絶滅し、環境に適応できる新人類が世界を築いていくのだった…。
暑さにやられたのか、馬鹿げたサイエンスフィクションの妄想をしていると、どん、と肩に衝撃を受けた。
「おっす」
よろけながら振り返ると、そこには私服姿の泉が立っていた。
胸元まで開いた白いニットの上にヒラヒラとした薄いピンク色のシャツが羽織られている。ジーンズのショートパンツからは惜しげもなく白い足が晒されていた。いやらしくなく程よく緩い、泉らしい服装だった。
肩に体をぶつけてきたのは泉なりの挨拶のようだった。少し遅れて俺も返事をする。
「よう」
「今日めっちゃ暑いね~。てか、ケンタローその恰好。制服じゃん!」
「そうだな」
俺は当たり前のように応える。基本的に学校と家にしか生息しない俺の服の選択肢は、制服か部屋着かだ。
泉は俺の態度を見て何かを察したように、大きくため息を吐いた。
「はあ、よく分かんないけど大体分かった…」
いったい何が分かったというのだろうと疑問に思っていると、泉がこんな決断を下した。
「何して遊ぼっかなーって思ってたけど、決めた。あたし、ケンタローをコーディネートする!」
こーでぃねーととな。言葉にした泉はふんふんと息巻いている。何やら気合が入っているようだ。もともと今日の予定は泉に合わせるつもりだったので、拒むことなく承諾する。
「なんだかよく分からんが、泉に任せる」
「任せて!最初は呆れたけど、そう決めたら決めたで楽しくなってきたぞ~」
意気揚々といった様子の泉がすみれ通りに向かって歩き出したので、俺もついていく。休日ということもあって通りは多くの人でにぎわっていた。その道すがら、俺は泉ととりとめもない話をしつつ、この数日観察した学校での泉を思い出していた。
一言で言うと、クラスの人気者。それが泉に対する俺の印象だった。クラスでは常に女子の集団の中心で笑顔を振りまいている。騒がしく楽しそうに会話する姿は泉の気さくな性格を象徴していた。
またその見た目とは裏腹に、授業にも積極的に参加し、時には有名大学レベルとされる難問をすらりと答えて教室を沸かせることもあった。学年二位の学力はどうやらホントのことだったらしい。
休み時間に聞こえてくる男子たちの誰と付き合いたいだとかヤリたいだとかの猥談にも泉の話題がよくでていた。そういうものも含めて、泉は人気の的なのだろうということが伺えた。そんな奴がなんで俺なんかと友達になろうと思ったんだろうな。
そんなことを考えていると、やがていくつもある店のうちの一つに泉が立ち止まった。
「ここだよ!」
『Freesia』と記された看板が掲げられた店のウィンドウにはここで取り扱っているであろう衣装に身を包んだマネキン人形が並んでいた。これから季節が夏へと変化していく時期ということもあり、その恰好は涼しげなものだった。
自動ドアを抜けた先の空調がよく効いた店内に入ると泉が恍惚とした表情を浮かべる。
「あぁ~、涼し~」
確かに真夏のような外に比べると店内はかなり快適だ。文明の利器に感謝していると、泉は気を取り直したように声を掛けてくる。
「ここ安くてイイやつ多いんだ~。ケンタロー顔はまあまあなんだから、あたしがちゃんとコーディネートしたらモテモテになっちゃうかもね!」
「そうか、頑張ってくれ」
「いやなんで他人事みたいなの…」
そんなやり取りの後、俺たちは店内を物色する。男物の服が置いてある場所に立つと、泉がこちらをジロジロと眺め始めた。
「うーん、今制服着てるからってこともあるけどケンタローってなんかカッチリした雰囲気があるよね。せっかくだし、もっとラフっぽい感じで砕けた印象にするのも面白いかも…」
泉はぶつぶつと呟きながら、カチャリカチャリとハンガーを手に取り、服を物色していた。その表情は真剣そのものだった。
「ずいぶん熱心だな」
「まあね、あたし服っていうかファッション全般好きだから。見た目って大事だよ?場合によっては服に着られてる、なんて言うけどさ。不思議なもんで、少し時間が経ったらその恰好にふさわしい人になってたりするんだよ」
服を選ぶ手を止めずに語る泉の口調には、やけに実感がこもっているような気がした。
「はいっ。じゃあとりあえずこれ試着してきて」
そう言って泉のお眼鏡にかなった服の入ったカゴを受け取る。試着室に入りそれらの服に身を包んだ俺はカーテンを開けてその恰好を泉に見せる。
「うわ~、よくお似合いですね!これから暑くなってくるので涼しげでかつラフな感じにまとめてみたんですけど、いかがですか?」
泉はなぜかセールストークを展開する店員じみた言動で接してくる。
「なんかお前の敬語は気味が悪いな」
「なんでよ!…で、着心地はどう?」
「なんていうかこんな姿の自分は見たことないからすごく新鮮な感じだ。あと動きやすいのもいい」
そう素直に感想を口にすると、泉は嬉しそうに微笑む。正直な話、自分の姿に関心のなかった俺は、服装を変えたことによって新鮮さを感じたことを意外に思っていた。泉の微笑みはそんな俺の気持ちの変化を自分のことのように喜んでいるように見えた。
「じゃっ、お買い上げありがとうございまーす」
「なっ」
試着を終えると、泉は有無を言わさずにレジに俺を連れて行った。この強引さはホントにセールス向きかもしれないな…。
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