第9話 チャーハンとの再会

 俺とスズキはコワモテーズを担ぎ上げて店を出、裏道の奥にあるゴミステーションに向かった。夜にゴミを出すのはマナー違反だが、仕方あるまい。生ゴミとは言え、こいつらはまだ腐りはしないし、カラスに食い散らかされる恐れも無いから大丈夫だろう。しかし、ごろごろと4体転がしてみると、どうにもまとまりがない。どうせだったら半透明のゴミ袋に入れておけばよかった。そうすればゴミ収集車に連行されたことだろうに。


 だが、考えてみればこいつらごときにわざわざ袋詰めする手間をかけるのも面倒だ。そこで俺は、そこいらに投棄されていたゴミ袋を適当に引っつかみ、コワモテーズの上にずんずん乗せていった。見る見るうちにコワモテーズがゴミと同一化していく。ああ、生ゴミから出る怪しい汁が漏れている袋なんか、もう、最高だ。乗せちまえ、乗せちまえ。チャーハンの恨み、晴らさでおくべきかってなもんよ。


 一通りゴミ袋を積み終えた俺は、意気揚々と踵を返した。ふと気づくと、既にスズキの姿が無い。俺が必死のカモフラージュを決めているのに、何て奴だ。と同時に、俺の腹がかえるの如くぐぶぅと鳴きやがった。怒りで我を忘れていたが、俺は空腹だった。腹と背中がくっつくポイントを過ぎ去り、互いに走り去って地球を一周した末に抱擁するくらいに腹が減った。うう…俺は夜の街の片隅で、ゴミ袋を振り回して何やってんだ。哀れにも程があるぜ。


 俺は肩を落とし、背を丸め、とぼとぼ、よろよろと帰路に着いた。チクショウ、肝臓に蓄えられていたグリコーゲンも、さっきのアドレナリンのせいで使い果たした感じだ。糖尿病なんぞ、なりたくたってなれねぇ。うう、腹が減りすぎて目が回る。


 ああ、どこからとも無くごま油とにんにくの香りがする。肉と卵の焼ける匂いもする。マッチをすらなくても、中華鍋から湯気を立てて躍り上がるチャーハンの幻影が目の前に見えるようだ。ばあちゃんの顔までもが目に浮かぶぜ。もっとも、俺のばあちゃんはまだまだ呆けもせずに健在だが。


 俺は足を引きずり引きずり、りんさんの店の前までやっとの思いでたどり着いた。煌々と照らされた店内からは、やはりチャーハンとしか考えられない香りがたなびいてくる。もしや、林さんがチャーハンを作り直してくれたのだろうか。だとすると、この俺に絡みつく濃密なかほりは、妖艶な美女よりもはるかに魅力的だ。…いや、やはり美女の方が良いか…いやいや、そんなことは断じてない。俺の胃袋が大いにそう主張している。


 俺はごくりと生唾を飲み込み、店の扉を開けた。すると、どうしたことか、そこにはスズキがいるではないか。


 いや、スズキはこの際どうでもいい。


 問題は、大きなお盆に大きなお皿、そして山盛りチャーハンを持って厨房から林さんが今正に現れたということである。燦然と輝く卵は黄金よりも尊く、色鮮やかな葱はエメラルドよりも高貴で、散りばめられた紅生姜は恥らう乙女の頬のように美しい!そして、ああ、諸手を挙げて自分の存在を主張する角切り焼き豚は巌の如く頼もしいではないか!!俺は半ば自動的に着席し、新しく据え置かれていた暖かいお絞りで手を拭いた。そして、その俺の眼前に、今、チャーハンがぁっ、そ・び・え・たぁぁぁぁつ!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る