第10話 俺の晩餐
俺はレンゲを手にし、いただきますという鬨の声を上げてチャーハンに立ち向かった。もう、俺の頭はチャーハンで一杯だ。スズキも食べているのだとは思うが、最早そんなものは見えねぇ。
口の中に放り込まれたチャーハンは、火傷するほど情熱的に熱い。しかし、旨い。旨いとしか、形容できねえ。テレビのレポーターのように、「ごま油とにんにくの香りがお口に広がって、葱の甘みが優しくて、うんぬん」などと、物知り顔に説明などできない、というより、する必要が無い。旨い、その一言が全てを余すことなく形容できる。早く胃に投入したくて、咀嚼する間も惜しいくらいなのだが、そんな勿体無いことは許されねぇ。旨すぎる。ちゃんと噛まねば。だが、一刻も早く次の一口が欲しい。俺は顎でプレステのコントローラーの連射でもするかのような勢いでひたすら噛んだ。噛んで、飲み込み、次の一口を頬張り、また噛み締める。ああ、こんな幸せな連続があって良いのだろうか?!良いのだ!!
一体どれほどの時を盲目的にチャーハンと過ごしたのだろうか。ふと気づくと、チャーハンの山が山で無くなり、丘でも大地でもなくなり、島になっていた。俺は我に帰り、レンゲを持つ手を止めた。何故か、悲しみが心の底から湧いてきた。この幸せが、いつまでも続くとは思っていなかったが、いくらなんでも終わるのが早すぎる。
俺は口の中に残っていたチャーハンを飲み下し、ため息を漏らした。
「いやー、ものすごい勢いで食べてくれるね。見ていて嬉しくなるよー。」
温和な
「ハイ、青椒肉絲と、蛋花湯。」
林さんが喋ると、料理名だけ妙に発音が中国語っぽい。俺には書けないムツカシイ漢字を使っていそうで、本場物の雰囲気満載だ。
テーブルの上に置かれた料理は、ピーマンの緑と、竹の子の白、人参の赤、牛肉の茶、そしてそれらを包み込むつやつやとしたごま油が、印象派のような鮮やかな色彩の世界を醸し出していた。オイスターソースの香りがまた、食欲をそそる。その横では、雲か花びらのようにふんわりとした掻き卵の浮いたスープが湯気を立てている。林さんの人柄を表すかのように優しく暖かい。
俺は箸を持ち、チンジャオロースーを口にした。ああ…期待を裏切らないこの旨さ。野菜と肉を炒めただけなのに、実は単なる炒め物では終わらない、この旨さ。やはり俺は連射機能付の顎を以ってチンジャオロースーの神秘にどっぷり漬かることにした。勿論、その合間にはチャーハンと、スープもいただく。流石の俺も、チャーハンの山を島にした後ならば、あちこちの料理を代わる代わる食べるくらいの余裕は持てるのだ。
「ヤマダ、食いすぎだ。少しは遠慮しろ。」
スズキが呆れ顔で俺に言う。ふふん、そんな文句を言う暇があるなら、口を動かして食うんだな。ちなみに俺は、口を空ける間が惜しいので、スズキに口答えはしない。
だが、とうとうチャーハンが俺の前から姿を消す時が来てしまった。さよなら、チャーハン。俺は君の事は決して忘れない。俺は固く決意し、最後の一口を頬張った。そして、このときばかりはゆっくりと噛み締め、味わいつくし、飲み込んだ。
「ああ…もう無い。」
俺はいただきますと言って以来初めて食べること以外のために口を使った。使わざるを得ないほど、残念でならなかった。悲しい。悲しい。
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