第6話 チャーハンの辞世の句
俺は再度視線を
俺の中でふつふつと怒りが込み上げて来た。栄養が足りないと生き物はイライラしがちなものだ。未だに中国語で訳の分からないやり取りをしているコワモテーズに、俺は確かな怒りを感じた。しかし、いかにも銃刀法違反的な容貌の彼奴らに、いきなり立ち向かうほどの勇気も技量もない。俺はただ込み上げる怒りをストレスに変換して、すっからかんの胃を傷めるしかないのだった。腹は減っているし、財布は空だし、悪漢に立ち向かう度胸も無いし、俺って情けねぇ。くそう、腹の減りすぎで自己嫌悪だ。
そんなふうに俺が怒りとストレスと自己嫌悪で負の感情の坩堝に嵌っているとは知らずに、コワモテーズは徐々にテンションが高まっていた。語調は鋭くなり、林さんに掴みかからんばかりに詰め寄り、指の関節を鳴らしている。だが、林さんは一歩も引かない。小さな丸っこいタレ目で悪漢を睨み据える。
すると、その時、突然林さんの正面にいた男が手を上着のポケットに突っ込んだまま足を高く蹴り上げた。足は林さんには当たらず、林さんの持っていたお盆&俺のチャーハンに激突する。お盆&俺のチャーハンは林さんの手を離れ、空高く舞い上がり、香りと米粒と具を撒き散らしながら回転し、湯気をたなびかせながら急降下し、そして、床に激突した。俺のチャーハンが盛られた皿がやや遅れて着地し、衝撃に耐え切れず砕け散る。お盆はその脇に落ち、少し弾んで転がっていった。にんにくとごま油と葱の香りが、俺の鼻腔を刺激する。だが、俺のチャーハンは中華鍋に揺られて宙に舞った訳ではない。足蹴にされ、地べたに落とされたのだ。その過程で、最期の別れを俺に告げるかのように、香りを放っていったのだ。言ってみれば、この香りは俺のチャーハンの辞世の句だ。涙抜きでは語れねェ。だというのに、何と、コワモテーズは地に落ちて死んだ俺のチャーハンを土足で踏みつけ、更に侮辱しているではないか。
最早、許せねェ。
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