6.初心の街

 ようやく森を抜けた頃には日が暮れ始め、草原を赤く照らし始めた。

 そして少し離れている所には堂々と数十メートルはある外壁が聳え立ち、やはりここは異世界なのだと実感させられる。

 と、俺の足元をちょろちょろ歩いていたメルカバが、看板の根元に小便を掛けてマーキングをした。

 どうやら、今日からここら辺はメルカバの縄張りになるらしい。噛まれないように気を付けなくては。


 そんな下らない事を考えていると、その看板に書かれている文字が目に入った。


≪初心の街 ヴァルガン≫


 初心の街か。今の俺にはピッタリだな。

 と、森の中で見つけた果物を食べていたイルムが唐突に。


「急がないと門が閉まっちゃうから、そろそろ急いだ方が良くない?」


「何でもっと早く言わないの?」


 俺は足元をうろついていたメルカバを抱き上げ、閉まり始めている壁門へと駆け出した――!


 ★


 ギリギリで間に合い、何とか中へと入れた俺達は、宿を探して歩き回っていた。

 金は木ノ下から貰った額でそこそこのグレードの宿に泊まれることは分かっているが……肝心の空きがある宿が一つも見つからない。

 何でも、近々国王が訪れるとかで旅行客がとても多いらしい。

 国民からしたらそれは嬉しい事なのだろうが、名前すら知らない俺からしたらただの迷惑でしかない。

 思わず溜息を吐くと、イルムが。


「もう馬小屋で良いんじゃない? 偶に馬におしっこ掛けられるけど」


「異世界に来て初めての宿が馬小屋ってひどない?」


 まあ、最悪の場合はそうするしか無いか。その辺で寝たらしっこ掛けられるだけじゃなく、強盗に殺されそうだしな。

 そんな事を考えつつ、宿の場所を聞ける人がいないかと周囲を見渡すと。

 ――顔を埋め尽くさんとするタトゥーが掘られている男と目が合った。

 

 俺は思わず目を逸らし、イルムを連れて逃げようとするが――


「おい待てガキ」


 鈍重な声と共に肩をがっしり掴まれ、俺はブリキ人形の様に振り返ると。

 やはりそこにはさっきの数百人程度は殺していそうなタトゥーの男が、今にも殺して来そうな顔をして、俺を睨みつけていた。

 足元で牙を見せて唸るメルカバを落ち着かせながら俺は。


「え、ええと、何でしょうか」


「お前、今俺から目を逸らしたよな」


「……はい」


 ただでさえ恐ろしい目つきをキッと吊り上げ、胸倉を付かむと。


「何故だ」


「こ、怖かったので」


 素直に言ってしまった事を少し後悔しながら、ヤバイ事になりませんようにと心から祈ろうとして――言うほど怖くない事に気が付いた。

 段々とタトゥーが入っていると怖いという偏見が薄れて行くのを感じ、目の前の男の鋭い様に見えていた眼をよく見ると、少し悲しそうに見える。


「そうか、怖いか」


 俺の肩に置いていた手を退け、哀愁漂う背を向けた男に。


「すいません、言うほどでした。むしろカッコいいですよ」


「…………本当か?」


 急に顔を輝かせ距離を一気に詰めた男に、メルカバが怯えたように俺の後ろに隠れた。

 そんなメルカバを落ち着いた様子のイルムが抱き上げ、撫でて慰めているのを横目に、俺はその男に。


「え、ええ、顔のタトゥーが怖い印象ありますけど、よく見ると顔は美形だと思います」


「そうか、なら良かった。……ここだけの話だが俺、冒険者辞めて託児所で働こうと思うんだけどよ、こんな見た目してるから断られるんじゃねえかって不安だったんだよ」


「…………頑張って下さい」


 男が間違いなく断られる事を察した俺達はいそいそとその場を離れようと――


「お前ら宿探してんだろ? 俺の不安を吹き飛ばしてくれた礼に人がそこまで来ねえ場所教えてやるよ。付いて来い」


「本当ですか?!」


 よっしゃあ! これで宿を探し回らないで済む!

 俺はメルカバを抱き抱え、話を聞いていなかったのか首を傾げるイルムに事情を説明し、嬉々としたイルムと共に男の後を追った。

 

 十分程度歩き、人通りの少ない通りまで歩いた所で男は立ち止まるとキョロキョロと辺りを見回し始めた。

 この人、もしかして道間違えたのか?

 そんな呑気な考えが頭に浮かぶのと同時、周囲を囲むように敵の反応がある事に気が付いた。

 ……なるほどな?


「道に迷ったんですか?」


「視線感じないか? しかもこれ、何かヤバイ気がする」


 男がそう言って俺の斜め後ろに目をやった瞬間、敵対反応から濃厚な殺意を感じ取り、俺はイルムとメルカバを抱えて回避する。

 それと同時、俺がさっきまで居た場所には十を超える矢が何本も突き刺さり、その内の一本が男の腹を見事に撃ち抜いていた。


「あいつらぶち殺す」


 男はそう言うって腹に突き刺さった矢を無理矢理抜き出し、腰に差していた剣を引き抜くと、雄たけびを上げて弓を放った奴らの元へと駆けて行った。

 すると敵が次々と蜘蛛の子を散らすかのように逃げ出し、その内の一人が男と接触し、敵としての反応が消えた。

 どうやら出会って早々に一撃食らわせたらしい。やはりあの人は見た目通りの化け物だったようだ。


 俺は男を待とうか、それとも宿探しを再開しようか考えていると、何故か目当ての物がどこにあるのかが分かった。

 また何かしらのスキルを手に入れたのだろうか? 【経験値固定】が何をしているのか分からないが、本当に恐ろしいな。


「ステータスオープン!」


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名前:ヨツイ アオト

年齢:18

レベル:278(UP:182)

スキル:

【言語理解 LV:8(UP:2)】【経験値固定 LV:MAX】【生命感知 LV:9(UP:2)】【敵対物感知 LV:4(NEW)】【思考加速 LV:8(UP:2)】【打撃術 LV:4(UP:1)】【テイム LV:3】【意思疎通 LV:2(UP:1)】【探索術 LV:3(NEW)】【恐怖耐性LV:1(NEW)】【視覚強化LV:2(NEW)】【見切りLV:1(NEW)】【歩行術 LV:2(NEW)】


称号:

【星之呼子】【テイマー】【急速成長】


配下:

【メルカバ(フォレストウルフ) LV:31(UP:15)】

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 スキルのレベルはそこまで上がっていないが、レベル自体はとんでもない上がり幅だな。メルカバのレベルもちゃっかり上がってるし。

 すると、脇から俺のステータスを覗き込んだイルムが。


「とんだ化け物じゃない。魔王様超えてるんじゃない?」


「……魔王様?」


 この世界、どこぞのRPGゲームみたく魔王がいるのか。

 

「せ、洗脳されてた時の癖で様付けしちゃった……」


 そう言って顔色を悪くしながらイルムは俯いた。

 俺はまだ魔王に操られる事になった理由を聞いていない事実を思い出しつつ、気を紛らわせようと前を指差し。


「取り合えずあの宿に入ってみようか。俺のスキルがあそこなら泊まれるって言ってるから」


「……うん」


 俯いたままイルムはコクリと頷き、目当ての空きがある宿へと入った。

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