5.出発
――翌日。
結局あいつらの内、数人が村人たちによって拘束され、その間に俺達はぐっすりと最高の眠りを手に入れられた。
因みに武器の手入れは全ては終わらなかったが、村長としては十本程度使えるようになっていれば良かったらしく、俺達の頑張りの内半分以上は不要だったらしい。
だがまあ、別に俺達がそれをやっても村からしたら損は無いだろう。
と、一人微妙な達成感を覚えていると、出口で俺達を待たせていた木ノ下が、リュックを持って現れた。
「待たせて悪かったな。これはもう死んじまった俺の旧友のバッグだ。俺達はもう使わないから、持って行くと良い」
「おお、ありがとうございます」
俺はそれを受け取り、背中に背負ってみた。
木ノ下の言う通り長い間放置されていたからなのか、木と土の匂いがほんのりと漂い、しばらく行っていない田舎のばあちゃんの家を思い出させられる。
くんくんとリュックの匂いを嗅いでいるメルカバを一度横に並ばせてから、ニコニコと笑みを浮かべている木ノ下に向き直る。
「色々とお世話になりました。またいつか戻ってきますので、その時はまたよろしくお願いします」
「ああ、いつでも戻って来い。俺達はいつでもここで暇してるからよ」
俺はその言葉に、思わず礼をした。
今までこんなにも俺を歓迎してくれる人はいつぶりだろうか。
両親は仕事で数か月に一回程度しか会えないし、高校に上がってからもボッチ回避のためだけの友人は何人か出来ても、全員浅い付き合いだった。
もし、年老いてもまだこの村があったら、ここで余生を過ごすなんてのも良いかもしれない。
と、俺同様頭を下げていたイルムが。
「それじゃあ、行こっか。メルカバちゃんも早くして欲しいみたいだし」
その言葉にメルカバを見ると、確かに目が早くしろとでも言いたげな物になっている。
こいつは犬なのにどことなく猫っぽいな。それはそれで可愛いのだが。
俺は木ノ下にもう一度頭を下げ。
「またいつか戻って来ます。その時はまた武器の手入れでもしますよ」
「おう、待ってるぞ」
俺はその言葉に押されるのを感じながら、一人と一匹を連れて村を出た。
――少し離れた地点から視線を感じながら。
☆
村長に教えられた獣道と言っても過言では無いほど細く、凹凸の酷い道をのんびりと進む。
昨日木ノ下から教えられた通りなら、この程度の速さで歩いて行けば今日中に麓の街に辿り着けるのだという。
その街は冒険者制度と呼ばれる言わば派遣会社のような、今では世界的な組織が創設された場所らしい。
魔物の討伐から失くし物の捜索まで様々な依頼を組合員である冒険者達が受領し、それを解決させることでその日に報酬を得られる。そのため給料日まで待たなければならないということにはならず、木ノ下からバイト代として貰った少額の通貨しか手元にない俺達からするとかなり助かる。
と、道中で見つけた果物を齧っていたイルムが。
「さっきから視線感じない? ゴブリンかな」
「いや、村出る時も感じたし、多分俺を追いだした奴らだよ。何かして来るまでは放置で大丈夫」
またスキルのレベルが上がったのかは知らないが、周囲の生き物の位置はある程度分かっている。
そしてずっと俺達から付かず離れずの距離を保ち続けている事と、スキルがこの集団を敵として見なしていない事から、高い確率で俺を追い出してくれたクズ共だ。
道が分からないから俺達の後をつけて来ているのだろうか。もしそうならあいつらにプライドも羞恥心も無いのだろうな。
チラとその視線を感じる方に目をやると、茂みの向こうで慌てて隠れるのが見える。
そう言えば【斥候】とか言う視力系のスキルを簡単に取得できるとか言うスキルがあったな。誰だったかは忘れたが、恐らくそいつだろう。
警戒するメルカバを撫でて落ち着かせる。
もしもこいつが攻撃を始めたらあいつらは自前のチート能力で応戦して来るはずだ。
そうなるとかなり強くなった俺でも守りながら相手取るのは難しい。気付いていない振りをしておくのが一番良いだろう。
思わず溜息を吐くとイルムが。
「見られてるのって気持ち悪いし、ちょっと本気で走らない? メルカバちゃんはユウトに任せるけど」
「良いけど……俺の先を走ってね? 追い抜かしちゃいそうだから」
俺は言いながら、リラックスした様子で頭を後ろ脚で掻いていたメルカバを抱き上げ、既に走り出しているイルムの後を追いかける。
あの華奢な体でどうやってこの速さを維持出来るのだろうか。ゲームのようなこの世界の事だから、地球基準で考えちゃダメなんだろうけど、それでも色々不思議だ。
そこそこの速さで走りながら考えていると、後方からあいつらが必死に後を追いかけて来ているのをスキルが伝えて来た。
このまま行けば余裕で撒けそうだが、それでもあっちもかなりの速さで後を追いかけて来ている。あいつらの成長スピードは舐めたもんじゃないな。
と、さっきからスキルが存在を訴えかけて来ていた何かが、そろそろ見える頃だな。
俺はキョロキョロして警戒しながら走っているイルムに。
「イルム、この先に何かいるから気を付けろよ」
「うん。でもアオトなら平気でしょ?」
「そりゃもち――」
もちろん、そう続けようとしたが、視界に飛び込んだ巨大黒光りするアレを前に、言葉が出なかった。
そう、見た目の気持ち悪さから害虫指定され、高い繁殖力と生命力を持つゴキブリである。
だが家の中をカサカサしているだけの奴らとは違って、こいつの大きさは高さだけでも二メートルを超えている。
イルムは顔を引きつらせて俺の袖を掴み。
「…………アオト、あれお願い」
「拒否!」
思わず即答する俺に、抱きかかえているメルカバが何か言いたげな目で見て来る。
臆病め、とでも言いたいのだろうが、俺はゴキブリが顔に張り付いてきたという最悪なトラウマがある。触ったりなんてしたらショック死することだろう。
当のゴキブリは俺達に気付く様子無く触角をくねくね動かしてその場をうろうろしている。とっととどこかに行って欲しいものだ。
するとイルムが。
「あ、今の内に私達が隠れちゃえばそのアオトを追い出した奴らがアレとぶつかるんじゃないかな」
「天才じゃん」
スキルであいつらの位置を確認すると、確かに反応はここから離れていて、今隠れてしまえばあいつらは気付かないでアレとぶつかることだろう。
俺はメルカバを降ろし、近くの幹が太い木の裏に全員で隠れ、必死にこちらに向かって来ているやつらの到着を待つ。
落ち着かない様子でそわそわしているメルカバを撫でて、さっきのゴキブリによって与えられた衝撃を癒していると、足音が聞こえ始めた。
どうやら隠れる事を諦めたらしく、俺達が走っていたのと同じ獣道を走って来ているようだ。思い切りの良さは俺を優に超えているだろうな。
「何であいつあんなに速いんだよ。おかしいだろ」
「ああ、誰も追いつけないとか明らかにおかしい。しかも犬抱えてたしな」
幹の向こう側から聞こえる半田と誰かの息も絶え絶えの声が、俺の後を追いかけて来ていたことを確定させた。
俺を追い出してくれた奴らが驚愕しているってのは気分が良いな。そのまま前に進んでゴキとぶつかってくれれば最高なのだが。
「昨日村に入れて貰えなかった分あいつにやり返さないとなんねえ。急ぐぞ」
「おうよ。顔面ぶん殴ってやる」
俺の前にゴキの顔面を殴ってくれると助かるな。
話していた二人――恐らく半田と【勇者】の加護を持った加藤――が再び走り出す音が聞こえ始め、その数秒後に残りの三十人が必死に走って行く音が聞こえる。
スキルの反応では誰も逸れていないことが伺え、これなら全員がゴキと衝突することが予想出来る。
「行ったかな?」
「おう。でも、全員ゴキに殺されるかもしれないし、どうなるかは分からんよ」
木の陰から全員の必死さが分かる背と、その更に先で何かを察知した様子のゴキを交互に観察する。
……こんなに息切れしている状態で戦うなら、ゴキの方が有利だよな。あいつらが全滅することも考えておかないといけないかもしれない。
自分で戦わないといけない事を予測しつつ観察していると、遂に先走っていた二人がゴキと遭遇した。
「チート持ち二人とゴキの戦闘、始まった」
「あ、ホントだ。薄っすらとだけど見えるね」
イルムの視力ではそこまで見えないようだが、俺の視界ではあいつらが何も考えず派手にやりあっているのが見える。
巨大な触角が鞭のような攻撃を繰り出したり、足をカサカサと動かして体当たりしたりと、原始的だが受けたら間違いなく死ぬのが確定であろう攻撃を繰り出す。
だが流石はチート持ちとだけあって、その攻撃を軽々避けて半田は爆破でその巨体に穴を開け、加藤はゴブリンの物と思われる棍棒で頭を殴打した。
それだけの攻撃で痙攣して動かなくなったゴキに、二人はオーバーキルだと言いたくなるほど攻撃を続け、原型を留めなくなった頃に慌てた様子で駆けて行った。
「……あそこまでしなくても良いと思うんだけど」
「まあ、あいつらの腹の中には卵が残ってたりするからな。あそこまでやらないと危ないのかもな」
それに頭が無くなってもあいつらは餓死するまでは生きていられる。
頭が無い気持ちの悪い物体が村に接近したりなんてしたら嫌だし、あのくらいはやっといてくれて大丈夫だろう。
と、スキルがあいつらを感知出来ない程度離れた事を伝えて来たのを合図に俺達も木の幹から出て、再び獣道を進む。
ゆっくり、のんびりと。
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