「激務」④

「こ、これがインフェルノドラゴン……?」

 アイリスが後退りをしながら、ヒラヴィスの口ずさんだ名前を言う。如何にこの世界のことをまだ知らない私と言えど、明らかに私達には手に余る存在だと、一目で認識できる。

 トロールの時も、ここで死ぬんだなって思ったけど、今回はより明確に死を身近に感じれる。

 なにせ、こんな非現実的なサイズと見た目の生き物が目の前に居るのである。

「二人とも!逃げますよ!!」

 ヒラヴィスが叫ぶ。余りの光景に呆気に取られていた私は、その声で現実に引き戻されたのか、ハッとする。

「逃げますよ師匠!こんなバケモノ相手にしてたら、命がいくつあっても足りません!」

「え、ええ!」

 アイリスが、私の手を掴んで半ば強引に走り出す。遅れて私も全速力で走り始めた。


 すると走り出してすぐに、

「――二人とも横に飛んでください!!!」

 ヒラヴィスの怒号とも取れるような絶叫が聞こえた。私はいまいちピンと来ず、反応が遅れてしまう。

「師匠!」

 気付けば私は、アイリスに抱き付かれるようにして宙に浮いていた。浮いていたといっても、突き飛ばされている一瞬の間なのだが。

 その浮いている僅か一瞬、私達がいた場所を、すごい質量の熱線のようなものが通過していた。着地した私は、すぐに起き上がることができず、腰が抜けたような感覚で立つことができなかった。

 熱い地面で仰向けになって呆けていると、直後爆発音にも似た音が鳴り響く。どうやらさっきの熱の塊の光線が着弾したようである。その音と光景に、更に呆気に取られてしまう。

「師匠!立ってください!大丈夫ですか!?」

 アイリスに手を差し伸べられる。ダメだ、こんな調子だと私を助けようとしてくれているアイリスやヒラヴィスまで、私のせいで助からないかもしれない。

「ごめんなさいアイリス。それから助けてくれてありがとう。」

「いいんですよ、困った時はお互い様です!師匠も私のことを助けてくれましたから!」

 少しうるっときたが、今は涙を流してる場合ではない。私達がここで時間を食ってる間に、インフェルノドラゴンは大きな翼で羽ばたき、もうすぐそこまで移動してきていた。

「このまま何時間もあいつの熱線を回避しながら火山を下るのは、現実的ではありません。こうなったら、インフェルノドラゴンを倒せないにしろ、戦意を喪失するくらいの一撃をお見舞いしてその間に逃げるしかありません。それが、私達がこの火山から生き残れる数少ない手です。」

 ヒラヴィスにそう言われたが、一体どうすれば。ふと、アイリスの方をちらりと見る。こんな状況なのに、その目には恐れや絶望などは見受けられない。むしろ、なんとかしてやってやるという意気込みすら伺える。

「こいつがいたから、他の魔物達が恐れて出てこなかったんですね。私達もこんな魔物がいると知っていれば、来ることなんてありませんでした。」

 やっぱりそういうことなのか。うまくいきすぎだと思ったんだ。

「あゆ様、自分の命を最優先に考えてください。最悪ご自分だけでも――」

 そんなことするわけないと言いたかったが、言葉を遮るように、インフェルノドラゴンが私達の前に大きな音を立てて着地する。しかし、問題はどうやってそんな大ダメージを与えるかだ。というか、私がこの場面でできることって一体何なんだろうか。

「師匠!私に考えがあります!無茶は承知ですが、ヒラヴィスと一緒にあいつの注意をそらしてもらえませんか?」

 私に何ができるか分からないと言いそうになったが、さっきのアイリスの表情を思い出した。それに、そんなことを言ってる場合でもない。

「分かったわ、私とヒラヴィスに任せて。」


 ヒラヴィスは一目私を見ると、一度だけ頷いて走り始めた。


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