「激務」③

 山頂は、かなり面積があるように感じた。という表現が合っているのかは分からないが、見渡せるほどの土地が多少デコボコはしていようが平たく広がっている感じだ。更には山頂中央部分には煙を上げながら、沸々とマグマが音を立てている大きな火口がある。

「さて、山頂には着きましたが、燃え盛る花はあるのでしょうか。とりあえず手分けして探してみますか。」

 ヒラヴィスの提案により、とりあえず各々山頂を歩きながら探すことにした。火山には少し慣れたが、自分のすぐ真横にマグマがあることには未だに委縮してしまう。

 おどおどした足取りで、岩陰や背の高い山肌の上などを確認するが、花のようなものは見えない。


 中央の火口付近まで歩いてきた。やはり周囲は一層熱く、長居するとそれだけで火傷しそうだ。しかし、人間不思議なもので、これだけ恐ろしい場所なのに火口の中を覗き見たくなる。怖いもの見たさというやつなのだろう。

 火口の淵に近寄りながら、ふと疑問に思う。私が探している花って一体どんなものなんだ。

「ねえ!そもそも燃え盛る花ってどんな見た目なの?」

 少し声を張り、ヒラヴィスに確認してみる。

「見た目は花弁が五枚ほどの赤色の花ですよ。ただ、その花弁は炎でできていて、魔力で保護しないまま採ってしまうと、その炎はすぐに消えてしまいます。更に茎は、火山の岩石で薄くコーティングされていて、その岩石を透過して輝くほどの橙の茎は、禁術の素材にもなると言われていますね。」

 話を聞くだけでもとんでもない花だと分かる。そんなものが果たして見つかるのだろうか。


 匍匐前進ほふくぜんしんをするように、火口ににじりより中を覗き見る。マグマの熱が顔を照らし尋常じゃないくらい熱い。そして煙のせいで視界が頗る悪い。目を細めながら、中を覗いていると、コポコポとマグマが生き物のように動いている。とりまく岩肌は滑らかで、もし万が一落下しても、掴むようなところがないことを想起させる。

 と思っていたのだが、自分が見下ろしている岩肌の一部に段差があるのが見える。あそこなら、落下しても手で掴めれば或いは……なんて無意味なことを考えていると、違和感に気付いた。

 火口のマグマよりもこちら側に近いくらい高い位置にあるその場所は、なぜか燃えているのである。辺りを見回し可燃性のものを探してはみたが、そのようなものは見当たらない。煙が邪魔ではっきりは見えないが、アレってひょっとしたらひょっとするのではないだろうか。

「ちょっとこっち来てくれないー!それっぽいのを見つけたかもしれないの!」

 急いで二人を呼ぶ。先に駆け足でやってきたヒラヴィスが、目を細め確認する。


「確信は持てませんが、あれが燃え盛る花かもしれません。私が採ってきます。」

「大丈夫ヒラヴィス?落ちて燃えないでくださいね。」

「お嬢様、冗談にならないかもしれませんのでやめてください。」

 アイリスはすごくいい子なんだけど、ヒラヴィスに対してはすごく辛辣なことがある。それだけ信頼関係ができているということでもあるんだろうが。

「でも採りに行くって、あの段差までは五メートルはあるわよ。どうやっていくの?」

 すると、ヒラヴィスは持ってきていた荷物の中から、長めの縄ロープを取り出した。

「こいつでなんとかします。お二人はなんとかなるように祈っててください。」

 本気なのだろうか、こんな火山なのに縄のロープで採りに行くだなんて。とは言え、否定したところで他の手段を提示できるわけではないので、黙っておくことにした。


 大きな岩と、自分の腰にロープを巻いたヒラヴィスが火口に近づいていく。そしてこちらを少し振り返る、まるで止めてほしそうな顔をして。若干涙目なのは気のせいではないだろう。

「頑張るんですよー!師匠の家のためですー!」

 本人に悪気はないのだろうが、アイリスのその一言が追い打ちとなったようで、ヒラヴィスは意を決したのかゆっくりとロープを伝い火口を降りて行った。


「彼、大丈夫かしら。めちゃくちゃ危ないことしてると思うんだけど。」

「きっと大丈夫ですよ!ああ見えてもヒラヴィスは頼りになるんです!」

 ほんとに大丈夫かしら、結構心配なんだけど。


 ――五分程して、ヒラヴィスが段差に到着したようだ。山肌からわずかに出ている岩の段差に足をかけ、腰を屈める。

「やりました!燃え盛る花です!ようやくここから離れられるー!」

 最後の一言の方が、ヒラヴィスにとっては重要そうだったが、危険な役を押し付けてしまっているのでツッコミは入れないことにした。

 距離があるのでよく見えないが、両手で花を包むようにしているのが分かる。少しだけ光ったかと思うと、花を手に持ちバッグからケースを取り出してその中に入れた。再びケースをバッグにしまった後、

「お嬢様ー、あゆ様ー申し訳ないのですが、引き上げて登るのを手伝ってもらえませんかー!」

 よし、それくらいなら私にだってできる。アイリスと目を合わせロープを持ち、せーのと声をかけ引き上げる。ヒラヴィスもロープを引っ張りながら登ってきているし、この調子なら二分もあれば上がってこれるだろう。

 



 そう安堵したのがいけなかったのだろうか。あともう少しで、こちらからヒラヴィスに手が届くといったところで、それは起こった。

 火口のマグマが大きな音を立ててせり上がり始めたのだ。

「――え?ちょっと!なんでマグマが私に急接近!?何が起きてるんです!?」

 ヒラヴィスが、自分に今から降り注ごうとしている厄災に対して焦燥している。私自身もかなり危ない状況なのだが、ヒラヴィス少し焦り気味の実況のせいで緊張感が損なわれてしまった。

「ヒラヴィス!早く上がらないと丸焦げになってしまうわよ!」

 アイリスが叱咤しながら、先ほどよりも力を込めてロープを引き上げる。私もまだこんなところで死にたくないし、精一杯ロープを引くが、果たして間に合うだろうか。

「お嬢様!手!手を掴んで下さい!お願いします!」

 懇願とも呼べるその叫びと共に、目と鼻の先にあるヒラヴィスの手をアイリスが掴む。私も、もう片方の手を急いで掴みヒラヴィスを引き上げた。

 

 その時、ヒラヴィスの背中を物凄勢いで何かが飛び出してきた。幸い、マグマが私たちを襲うことはなかったが、その何かが飛び出した拍子に飛び散ったマグマが飛散する。

「あち、あちち!マグマが!背中に!あつぅい!」

 ヒラヴィスの悲痛な叫びが聞こえたが、私とアイリスは火口から飛び出し、私達の頭上を飛び越えて着地したそれに目を奪われ唖然としていた。

 

 体長八メートルはあるだろうか。もしかしたら、もう少しあるかもしれない。そんなサイズの真っ赤な体に、広げれば体長くらいはありそうな大きな翼を持っている。鋭い眼光と爪は、それだけで私達を畏怖させるのに十分だった。

 姿を現したそれは、体からマグマを滴らせながら大きな体をこちらに向ける。ようやく息が整ったヒラヴィスが、着ていた若干焦げた上着を脱ぎ棄て、上体を起こし私達と同じ方を向く。


「インフェルノ……ドラゴン……?」

 三秒程の沈黙の後、ヒラヴィスが震えながらその名を口にした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る