出勤三日目「激務」

「激務」①

 昨日の森があった位置とは逆の方角に進む。こちらは平原が続いているようだ。いかにも旅の御一行、という感じの私たちは、火山に向かって歩いていく。見渡しのいいその平原は、木が多い茂っていて前方が確認しくかったりはしないし、足場が悪かったりもしないので、前みたいに何かに襲われたときに、対応が遅れるといったことはなさそうだ。


 そういえば、ツッコミたいところがある。

「ところでヒラヴィスはそのー、戦うとき?弓を使うの?」

 彼が王都を出る際に、準備があるといって用意したのは弓だった。矢筒を背負い、弓を手に持ち歩いている。その他にも、大きなバッグを腰に巻き、歩くたびにガチャガチャという音が目立つ。

「はい、お嬢様の家に仕える前に扱ってたものでして、今でも魔物退治などでよく使います。」

 アイリスはまだ慣れていない感じがあったが、ヒラヴィスは少し頼りになりそうだ。それより、私のこのハンコどうやって使うんだろう。当面物理しかないような気がするけど。


 三十分程歩いたところで、不穏な空気が漂う。犬が吠えたような声が聞こえる。

「今のは、グラスウルフの声ですね。近くにいそうです。」

「えっ、なにそれ。狼?」

 そんな話をしていると、少し離れたところ平原から犬のような生き物が六匹ほど走ってきた。

 多くない?ねえ大丈夫?

 走って逃げられるスピードではない。これは構えるしかなさそうだ。既にアイリスと、ヒラりんは武器を構えている。私も咄嗟にハンコを構えるが、なんていうかしまらない。今の私は、剣と弓を持っている横でどでかいハンコを担いでるスーツを着た女だ。


「あゆ様は自分に接敵してくるもののみ対処してください。あとは私達が引き受けます。」

 なんかなよなよキャラだったけど、こうなったらかっこいいな。その言葉と同時くらいに、ヒラりんが矢を放つ。矢はまっすぐ飛んでいき、狼の横をかすめた。

 ……まあ、向こうも避けるし命中させるのは難しいんだろう。二本目の矢を取り出し放つ。またしても、当たることなく消えていった。もう結構すぐ近くまできてるんだけど。

 三本目の矢を放つ。今度は距離も近くなっていることもあり、命中した。矢が当たった狼は少し後ろに怯んだが、また走ってきた。

「うそぉ!?」

 こっちのセリフだ。まじで大丈夫なのかこれ。

「師匠!やってきますよ!やるしかありません!」


「死にませんように……。」

 思わず口に出してしまう。そして、狼の一匹がアイリスへ飛びついてきた。構えていた剣でその狼を薙ぎ払う。ザシュッと音がして、狼の一匹に致命傷を与えることができたようだ。だが、油断したのか二匹目がアイリスに飛びついてくる。咄嗟に持ち上げた盾が間に合ったようだが、三匹目が別の方向から飛び出してきた。

「お嬢様!」

 三匹目にヒラヴィスが放った矢が、見事に命中した。さっきみたいになってしまうのでとはと思ったが、狼はその場に倒れ伏した。よく見てみると、刺さってる矢の数が三本ある。どうやら、一度に三本の矢を射ることで殺傷力を上げたらしい。


 感心していると、私の足元にもいつの間にか狼が飛び込んできていた。あ、やばい。咄嗟にハンコを振り上げるが、綺麗に後方に避けられてしまう。

 そして、踏み込んだ狼が懐へと飛び込んでくる。やばい、避けれないぞ。だが、こんなところで死ぬわけにはいかない。振り上げたのならば。振り下ろせばいいんだ。


「でらっしゃああああああい!」

 奇声を上げながら、ハンコを力の限り振り下ろす。まるで、どこかの明治剣客浪漫譚であった、振り上げと振り下ろしの組み合わせ技のようだ。狼も二撃目は予想していなかったのか、生々しい感触が腕に伝わる。そのまま狼を地にねじ伏せ、叩きつける。


 あまり意識したくはないが、魔物とはいえ、生き物を叩き潰してしまった。この感覚に慣れないといけないのか。

 たったこれだけの動作で、疲弊しきった私に、容赦なく二匹目が襲いかかってくる。まずい、既に距離が近い。その狼の繰り出す、爪による攻撃を回避することが出来ず左腕を切り裂かれる。


「いっっっっっってえ!」

 声に出して叫ぶ。例えるなら、ハサミを腕にぶっ刺された気分だ。刺されたことないけど。

 半端ではない痛みが襲ってくる。この状態で二撃目がこようものなら、なんて考えていると当然の如く、狼は二撃目の攻撃をしかけてくる。私も必死に、ハンコを振り回してみるが、ケガをした手では満足に振り回すこともできずに、ハンコは空を切る。

 そして、懐に狼が飛び込んできた。後ろに倒れればなんとか回避できないか?なんて思考するより先に、狼は私に突っ込んできた。思わず目を閉じてしまう。やっぱり私には無理だったんだ。

 時間にして約二秒、息も止まっていたし、痛みは襲ってこない。おそるおそる、目を開けてみると、目の前の狼は空中で静止していた。正確には串刺しになっていた、アイリスの剣によって。


 思わず腰を抜かしてしまう。情けなく尻からへたり込み、止めていた呼吸を再開する。抑えようと意識をしていても、過呼吸になってしまう。

「大丈夫ですか師匠!?今ケガの手当てをしますから!」

 そう言うと、私の負傷している左腕に近づいてきた。両手で覆うように私の左腕に触れる。淡い緑色の光が、私の左腕を包み込む。一瞬あたたかさを感じ、アイリスが離れると負っていた傷が回復していた。まだ、痛みが完全にないかと言われたらそうではないが、先ほどよりはずっとましになっていて、外傷に関しては、無くなっていると言ってもいいだろう。

「すいません、私の力だとここまでの治癒しか行えません。」

「いえ、大丈夫よ。ほとんど痛みは無くなったわ。ありがとう。」

 これが魔法の力か。見るのは二回目だが、身を以て体験すると、とても大きな力だと感じる。先ほどまで、あんなに痛みを感じていた腕が、もう今はほとんどなんともないのだ。

「それより師匠!やりましたね!一匹倒しましたよ!」

 確かに、冷静になると私は自分だけの力でこの狼を一匹倒したのだ。それが実感として、遅れてやってきた。

だがどうだろう。二匹目はアイリスがいなければ、確実に私を仕留めていただろう。そう考えると、今更ながら恐怖も感じた。

 私は、こんな死と隣り合わせの世界で生きていかなければいけないのか。やはり、覚悟が足りていなかった。もっと何か考えないといけない。


 やっと周りを見る余裕ができ、ほかの狼達を見てみると、二人がきっちり倒してくれていたようだ。

 やはり私は、まだまだこの二人に頼らなければいけない。そして、何かもっと私自身ができることを考えないといけない、そう感じた。

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