「初出勤」②

 どこかのご息女がお逃げになったのか。そんなシーン、映画や漫画でしか見たことがないが。そういうこともクエストとして依頼されてくるのだろうか。

「あ、この声は。」

 と、アイリスが窓を開く。え?知り合いなのまさか。というかお嬢様なの?そんなことを考えていると、

「ヒラヴィス、こっちよー。」

 と、アイリスは外に手を振り始めた。そして窓を閉じ、

「師匠!うちの財布が外にいましたわ!」


 ……?この世界では財布は生き物なのだろうか。いや、アイリスは昨日財布と思わしきものから、お金を取り出していたが。

「ご紹介しますから、ついてきていただけませんか?」

「え、ええ分かったわ。」

 とりあえず言われるがままについていく。化粧道具も返さないといけないし。




――下に降りると、アイリスを待っていたように、一人の男が立っていた。身長はそこまで高くない、それに痩せ型だろう。スーツを着ていて、背筋を伸ばしている。私の知る限り、執事やそれに準ずる恰好をしているように見える。

「もう、お嬢様困りますよ。勝手に家を飛び出して行ってしまうんですから。」

「私は、きちんと書置きまでしたじゃない!紹介しますわ師匠。彼はヒラヴィス、うちの財布兼執事ですわ。」

 するとその男は、丁寧に頭を下げたあと、

「お初にお目にかかります、ヒラヴィスと申します。お嬢様がご迷惑をおかけしませんでしたか?」

「いえ、アイリスさんにはとても助けて頂きました。迷惑だなんてそんな。」

「そうでしたか。さあお嬢様、家に帰りますよ。」

 と彼はアイリスの手をつかむ。この話の流れ的にそうなるわよね、なんとなくそんな気がした。

「嫌です!私は一人前のヴァルキリーになるまで帰りませんわ!」

 アイリスは駄々をこねる子供みたいにじたんだを踏んでいる。私も正直、家の人が心配しているならちゃんと帰った方がいいと思う。

「それに私は決めました!師匠に弟子入りしたんです!私の行く末は師匠が決めます!」

 熱烈な視線を私に向けるアイリス、そして困惑の眼差しを向けるヒラりん。いや、私が今一番困惑しているんですけど。それに何度も言っているが、私もアイリスは家に帰るべきだと思う。


「いや、私は――」

「分かりました。お嬢様がそう言うのであればこちらにも考えがあります。」

 いやちょっと待てーい。私は今肯定しようとしたんだが。

「あの、だから――」

「私も実は、お嬢様が駄々をこねた時はお前が面倒を見てやれ、とのことで仰せつかっております。ですのでお嬢様が家に帰らないというのなら、私もお嬢様についていきます。」

 えぇ……、そういう感じか。私的には、頼れる人間が一人増えていいんだけど、本当にそれでいいのか。ていうか全然私の話聞いてもらえないんだけど。

「失礼ですが、先ほどからお嬢様は、師匠と呼ばれているのでお名前が分かりません。どのようにお呼びすれば。」

「あ、えーっと、あゆです。」

「そうですか、ではあゆ様。私もお嬢様に同行させていただきます。」

「ところで、財布って一体なんのことなんですか?」

「家の経理を少し、それからお嬢様の財布も管理していました。」

 目を逸らしながら、ヒラヴィスは答えた。

 



 ――そんなわけで、執事が一人仲間になった。

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