「初出勤」③

化粧道具を返し、一息ついたところで次の行動を考えることにした。人間が増え、脳の数が増えたことで、打てる手は多くなったはず。

「えーっと、じゃあさっき話してた家についてなんだけど。なんか借家とか借りれるところないのかしら。」

「あ!よく考えたらうちの別荘とかお貸しすればいいのではないので――」

「ダメです。」

 早い。

「お嬢様は一人立ちする、と先ほど言ったばかりではありませんか。あゆ様にはお気の毒ですが旅は道ずれ。ここはお付き合いいただきましょう。」

「いや、まあそのつもりはなかったから私はいいんだけど。だから、どうするか考えないと。」

「それでしたら、とりあえずカエさんに聞いてみましょう。」

 すごい便利屋なのね、あのバーテンダー。


 というわけで、先ほど化粧道具を返したついでにその話を聞きに彼女の元へとやってきた。

「ふ~む、借家ですか。予算はどの程度でお考えで?」

 話が早そうだ。しかし、私はお金なんて持っていない。

「とりあえず最安値で……。」

「それならいい物件があるわよ~。それなりに年数が経ってるけどかなり外観は綺麗なの。すぐ近所だし。」

 どれくらいですか?と金額を教えてもらう。

「ふむ、かなりお安めですね。一軒家で部屋の数もそれなりにある。これは何か臭う物件ですね。」

 と、ヒラヴィスが渋い顔をする。確かに安くて良い物件なら絶対に何かある。

「そうなの~。その家の持ち主がちょっと変わっててね~。みんな会いに行くとやっぱりやめたって言うのよ。」

 そういうパターンか。しかし余裕もないし、一度会ってみるだけでも価値はあるのではないのだろうか。




 ――その家主のところへとやってきた。家主の家は結構豪華で、こちらが身構えてしまうくらいだ。

「結構大きい家ですね~。うちの別荘くらいはありそうです。」

 さらっとアイリスが爆弾発言をする。そんなに金持ちなのか……。こんなことに付き合わせているのが悪い気がしてきた。意を決して、扉をノックする。数秒後、キィと音を立て扉が開いた。

 扉から出てきたのは、若そうな男だった。ヒラりんほどの華奢な体系で、好青年といった感じだ。

「何か御用ですか?」

「ええ、実は借家で出していらっしゃる家のことでお話をお聞きに……。」

「おお、あの家ですか。申し遅れました、私レオと申します。中へどうぞ。」

 その青年は扉を大きく開き、手で私達を招きいれた。3人で家の中に入ると、まず気になったのは生き物の鳴き声だ。鳥?なのか獣なのか、とにかくいろいろな生き物の鳴き声が聞こえる。


 通されたのは書斎のようなところだった。どうぞお座りください、と席を指定される。言われるがままに席に着くと、ヒラヴィスは口を開き始めた。

「随分と珍しい生き物を飼われていますね。それもかなりたくさんいるようです。」

「おや、ご存じですか。珍しいものへの欲求が高くてね。生き物以外にもいろいろありますよ。」

 辺りを見回してみると、大きな額縁の中に収まっている変な絵や、やたらと高そうな壺なども見受けられる。いかにも金持ちの道楽といった感じだ。

「それよりあの借家どう思われますか?かなりお安めに設定していますが。」

 ヒラりんが口を開く。

「かなり安いですね、本来ならもう3倍の値段はあってもいいと思います。」

 まじか。そんなに格安物件なのか。

「実はね、私があの家を安く売りに出しているのは理由がありまして。」

「ほほう、それは。」

 なんかこのヒラヴィスという男、かなり慣れてそうな感じがする。財布と言われている理由も若干分かってきた。


「お金以外に欲しいものがあるんですよ、私には。なんならそれが手に入ったら家賃はあまり大きな問題ではないんです。」

「まあ、それは一体なんなんですか?」

 アイリスが興味深々に尋ねる。恐らく金持ちに通ずる何かがあるのだろう。

「いやあ、それはですね……。」




 ――私の初仕事が決まった瞬間であった。

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