「社畜のサガ」③

「くっ……。殺してください……!」

 女騎士は、強がりにも見えるようなセリフを吐く。どこかで聞いたことがあるようなセリフだ。

「分かってるでしょうね、話した通りにやりなさいよ?」

 トロールに指示を出す。全く、なんでこんな不可解なことになってしまったのか。私も意を決することにした。


「よく持ちこたえたわね!」

 と、颯爽とその場に駆けつける。裸足、もといストッキングで。その女性とトロ子と呼ばれるトロールは一瞬あっけにとられた顔で、私の方を見る。

 近くで見てみると女性の姿がはっきり分かる。白い鎧のようなものを纏ってはいるが、ところどころ肌が見え隠れする。重厚というよりは半ば造形美とも言えるその鎧とマントからは、神聖さすら感じる。加えて、女性自身も美しく、淡い水色の長髪が目立つ。まるでゲームやアニメの世界に入り込んだみたいだ。

 その女性も我へと返ったのか口を開く。

「あ、あなたは」

 彼女が全てを口にするより早く次の言葉を続ける。

「もうすぐ私たちの仲間が到着するわ!これで愚かなトロール達もおしまいね。」

「な、なんですって?」

 トロ子とやらが少し動揺したように見える。押しかけるなら今しかない。

「さあ立ち上がりなさい。こんなところで負けるなんて私の弟子らしくないわよ。」

 彼女の手を引きあげながら、トロ子を見上げる。頼むからうまくいって、ほんとお願い。

「よくも私の可愛い弟子を弄んでくれたわね、どうやら彼女ではあなたに負けてしまったようだけれど、師の私と彼女が一緒ならどうかしらね?更に私達の仲間ももうじき駆けつけてくるわ。」

 トロ子は一歩後退した。いいぞ、うまくいっている。私は間髪入れずに次に発する言葉を模索する。

「さあ、覚悟しなさい。行くわよ、えーっと……。弟子!」

 彼女はあっけにとられていたが、はっと立ち上がり、

「はい!師匠!」

 とノってきてくれた。そして、私は合図のように片手を大きく振りかざした。


 そして次の瞬間、先ほどのトロールがドシドシと駆けつけてくる。

「大丈夫か?トロ子!ここは危ない!早く逃げるぞ!」

 傷だらけのトロールはトロ子と呼ばれているトロールの手を引く。

「トロテ!なんであなたそんなに傷だらけなの!?」

「さっきまでそいつらが言っている仲間とやらと戦っていたんだ。それなりに人数も多い、こっちに逃げるぞ。」

 そう、この演技のためにわざとこの巨体を泥の上で転がして、木でそれっぽく傷まで付けたんだ。


 と、トロ子と呼ばれるトロールの手を引き、去ろうとする。全てがうまくいった、そう確信をした。しかし、トロテと呼ばれていたトロールがこちらを振り返る。まずい、何かしくじっただろうか。

 するとどうしたことだろう。親指を立て、僅かにニヘラァ、と笑顔を作った後ドシンドシンと走り去っていった。

 ……なんとかなったと思っていいのだろうか。取り残された私ともう一人の女性は暫く沈黙が続く。そして、沈黙を破ったのは彼女だった。


「あの、ありがとうございました。おかげでなんとか助かりました。」

「ああ、いや、そのー……私もなんとかなるとは思ってなかったけどよかったわ。あと私が言ってたこと百パーセントデタラメだから。仲間とかいないから。それから勝手に弟子とか言っちゃってごめんなさい。」

「ええっ!そうなんですか?私まで信じ切っちゃいました。それにとても心強かったのでこの人に任せていればなんとかなるって思っちゃいました。」

 勘弁してくれ。どうにかしてほしかったのは私なんだ。なんでこの世界で生きてる彼女を私が助けているんだ。どう考えても私が助けてもらえる立場だったじゃないか。

 

 しかし、人生何がどこで役に立つかなんて分かったものではない。高校生の時は演劇部に所属していたのだが、それが功を奏した。

「それはともかくなんでこんなところにいたの?」

 と、問いをかけてみる。

「ああ!そうでした!私は薬草を集めるクエストの途中なんでした!その帰りにさっきのトロールに襲われたんです。」

 聞き覚えのない単語が出てきた。薬草はまあ分かるとして、クエスト?なんだろうそれは。

 全て私の事情を話た方がいいんだろうか。私もこれからずっとこの世界の住人を演じるわけにもいかないし。ただ、彼女は信用に値する人物なのか。そう思い迷っていると、

「あ、挨拶が遅れました。私アイリス・ローゼンフェルドと申します。代々ヴァルキリー、もとい聖騎士の家系で私はその末裔なんですけどまだまだひよっこで……。」

 

ヴァルキリーとは一体なんなんだろうか。家系と言っているし彼女の職業か何かなのだろうか。

「よければあなたのお名前もお聞きしてもいいでしょうか?」

「ああ、ごめんなさい。私はさちみつあゆ。歩望でいいわよ。」

 私の名前、不自然じゃないかしら。アメリカで日本名そのまま告げてるみたいになってないかしら。

「あゆむさんですね!もしよければ王都まで一緒に帰りませんか?助けていただいたお礼もしたいですし。」

 意外とすんなり受け入れられた。それに、これは願ったり叶ったりだ。恐らく街まで一緒に連れて行ってもらえるのだろう。この人はもしかしたら信用してもいいかもしれない。

「それに……。」

 と、彼女は言葉を続ける。

「私、あなたに弟子入りしたいです!」

「えっ。」




 さっきから逆だよ、逆。本当に。

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