「社畜のサガ」②
大きな棍棒のようなものを持った、悪臭を振りまく巨体が私に近づいてきた。優に私の体の3倍はあるであろうそいつは鼻息を荒立てながら、
「うへへへ、うまそうな女だ。」
どこかで聞いたようなセリフを吐くそいつのことを、私は精一杯のあがきと言わんばかりに睨み付ける。
「……私をどうする気なのよ。」
「おいおい、この状況でそんなことを聞くのか?言わなくても分かるだろう。これからお楽しみの時間だ。ぐふふ。」
やはり、すぐには楽になれないようだ。かといってこの場から逃げ出す手段も今の私は持たない。
その巨体は、私の顔の前まで近づいてきて舐めるように体を見てくる。
「だけどなんだ。けっ、しけた体だな。久しぶりの女だってのによ。俺はもっと肉付きのいい女が好みなのによ。ろくに凹凸もねえ女じゃねえか。」
「……は?」
その言葉が、一気に私を現実へと引き戻した。幾度となく浴びたその罵声。
「あんたねえ、今からナニしようとしてる女の体に文句言うとかセンス無さすぎなんだけど。そりゃ私だって分かってるわよ。元彼にも散々それでいじられたし、なんならいじられたけどちっともサイズは変わらなかったわよ。」
「……おいおい急にどうしたんだよ。」
「大体なんでこんな意味分かんないところに連れてこられて化け物なんかに私の体の悪口言われなきゃいけないわけ?理不尽極まりないんだけど。あんた何様?」
あの無能な上司のように、早口で捲し立てる。私がこれからどうなるかは置いといて、とにかく今はこの自分の心情をぶちまけることにした。最後なんだからそれくらいしとこうと思う。
「なんで黙ってるのよあんた。図体だけなの?だっさいやつね。それでも男なの?それとも何?私の体だと何も思わないって言うの?失礼すぎない?」
「……てめえ、急にべらべら喋りだしたかと思いきや、人間のくせにいい気になりやがって。」
息を荒げ、私に腕を振りかぶる。覚悟は決めた、できることなら避けてやる。避けれるとは言っていないが。
その時、
「でやああああ!」
と知らない女性の声が鳴り響く。
トロールのような化け物の動きも止まった。そいつはどうやらその声の正体を探しているらしい。私もつい、その声の正体を探す。どうせこのままだと逃げられない。助けてもらえるなら助けてもらおう。
すると少し先の獣道で、同じようなトロールと鎧を纏った騎士のような女性が、対峙しているのが窺える。大きめの剣のようなものも持っているし、これはもしかしたら助けてもらえるかもしれない。
……大きめの剣?なんだろうか、その状況は。と考えたところで、目の前の化け物を見て今更感を感じる。
助けて!と声をあげようとしたが私はその言葉を喉に引っ込めた。希望は見事に打ち砕かれたのである。
劣勢だ、女騎士が。少しトロールに押されている。大きな剣は空を切り、なかなかトロールには当たらない。そうして見ていると、あれよあれよという間に女性は追い詰められてしまった。
まずい、私が望んでいた展開とは大きく異なっている。このままでは二人ともやられてしまう。何か切り口はないのか、この危機を脱する手は。
そう考えているとトロールが不思議なことを呟いた。
「トロ子……。」
とろこ?なんだそれは。寿司ネタか何かだろうか。見てみると、そのトロールは、もう一体のトロールに夢中のようだ。今なら、もしかしたらこの危機から脱することができるかもしれない。しかし、ヒールが折れて足も挫いてしまった今の私では、逃げ出したところですぐ追いつかれてしまうのが関の山だろう。
私は、湖から這い上がった時に考えていたことを思い出した。私は一度死んだ身だ、今からどうなろうと一度死んでしまっている身なのだ。そう思うと、なんだかなんでもできる気がしてきた。仕事でもそうだった、成せば成る。そう、なるようになるのだ。今ここで手をこまねいていても、結果は変わらないなら何かをするしかない。勇気を出せ、私。
様子を観察していると、どうやら向こうで暴れているトロールの声色は、やや高めのような気がする。オスやメスという概念があるのであればメスなのではないのだろうか。そして、私の目の前にいるトロールの様子。これはひょっとしたらひょっとするかもしれない。
「ちょっとあんた。もしかしてあの彼女?で合ってるのか分からないけど、あんたのコレなの?」
小指を立て、トロールに問いかけてみる。我ながら馬鹿なことをしているとは思う。そもそも私が伝えたいことが伝わるのだろうか。
「あ?な、なんだ?お前に俺の何が分かるってんだ?」
……まさかのビンゴだ。やはりそういうことだったらしい。これは私にも希望が見えてきたぞ。
「なーんだ、そういうことなの。で、仲はいいの?」
「うるせえ!人間風情が俺様たちの何が分かる!」
なるほど。そういう感じなのか。
「まあまあ落ち着きなさいよ。あなた私と取引しない?もしこの場を見逃してくれるなら、仲を取り持つ手伝いをしてあげてもいいわよ。」
「は、はあ?人間の手を借りる必要なんざねえ。てめえが逃げるための言い逃れにしては苦しすぎるだろう。」
それに関しては悔しいが全くもってその通りである。しかし、ここで食い下がるわけにもいかない。
「そうは言っても、あなた彼女とうまくいってるの?そこらへんどう?」
トロールは押し黙ってしまう。そして、ちらりともう一方の方を見てみると勝負が決してしまいそうだ。まずい、急がないと。
「ほら!急がないとチャンスがなくなっちゃうわよ!どうするの?あなた、自分の惚れた女よりもたった一度の凌辱と食事を取るの?男ならはっきりしなさい!」
どうやらこの言葉がとどめとなったようだ。トロールは俯き、僅かに頷いた。
さて、ここからどうしたものか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます