出勤一日目「社畜のサガ」
「社畜のサガ」①
目が覚めると、不思議な浮遊感と疾走感を覚える。私は死んでしまったのだ。そして、カッシーワと名乗るわけの分からない神様とやらに別の世界へと連れてこられた。
なのになんだろう、この浮遊感。改めて状況を確認してみる。
「おーーーちーーーてーーーるーーー!」
そう、私は落ちている。冷静に状況を確認しても変わらない。落下しているのだ。周りを見ると空、それから下には絵に描いたような木々の群れ。そこそこ高い位置から私は現在進行形で落下している。
え?落ちてる?よね?落ちてる!
また死ぬのか、と覚悟を決めたがどうやら私の直下にあるのは大きな湖。死ぬことはなさそうだ。湖の中にワニやカバがいない限りはだが。
鼻をつまみ足から着水するように態勢を取り、バシャーンと大きな音を立て、湖へと落下する。
痛ぇ!いくら水とはいえ、体がうちつけられた痛みが襲ってくる。そして何よりこの湖、深い!深いから、深い!
死にもの狂いで、水面へ浮上し顔を出す。幸いにも、今のところ生き物に襲われそうとかはなさそうだ。陸もそこまで遠くないし、とりあえずそこまで泳いでいくことにする。
考えてみれば、泳ぐのは何年振りだろう。最後に海やプールに行ったのっていつだっけ。あの会社に勤めてから、まともな休みなんてほとんど無かったし、私ってほんとに何してたんだろう。
そんなことを考えながら、陸へと這い上がる。濡れたスーツが重い。というか私って今スーツなんだ。会社帰りの服装そのままのことに今気付く。あと、今手に鞄を持ってないが、手ぶらでこんなところに放り投げられたのだろうか。財布とか化粧道具とかどうすればいいの。
そんなことよりも、と我に返り辺りを見回してみる。イメージとしてはやはり森だろうか。生き物の鳴き声などは聞こえないが、木や湖があることからそうなのだろうかという想像がつく。
いきなりこんなところでびしょ濡れで何をしろというのか。もう少し配慮できなかったのだろうか、あの神様気取りの関西人は。
とにかくその場に佇んでいるわけにもいかないので、歩いてみることにする。もし、こんな場所で夜なんて迎えようものなら、本当にどうなるか分かったもんじゃない。
――十分程歩いただろうか。見える景色は幾分か変わりはしたが、依然森なのは変わりない。果たして私は今後どうなるんだろうか。今と違う世界と言っていたが、どんな世界なのだろうか。何より気になるのは、あまり平和な世界ではないと最後に言っていたことだ。平和な世界ではないとはどういうことだろうか。現地のインディアン的な存在に襲撃されるからなのか、戦争でもしているのか。
落ち着け私、落ち着くんだ。私は一度死んだ身、今更死の危機に瀕しようが本当に今更としか言いようがない。落ち着いて冷静に対処しよう。
その時、かすかに地面が揺れた気がした。少し立ち止まってみる。やはり気のせいではないようだ。なんだかドシン、ドシンという音も聞こえてきた。
いや嘘でしょ、さすがに。なにこれ何の音?
そんなことを考えていると、音が近付いてきた。まずい、多分まずい。そう直感が告げている。とりあえずこの場から離れよう、そう思った時にドスの聞いた低い声が木々を掻き分け鳴り響いた。
「なんだあ?人間の女じゃねえか。こりゃあうまそうだ。」
そこに立っていたのは某SF小説で見たことのある、私の体の2倍、いや3倍はありそうな図体の巨人だった。なんだったか、トロールとかそう呼ばれてた。
考えることはやめた。今すべきことは体を動かすことだ。一目散にその場から走りだした。
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