君が生まれた今日この日

加賀美 瑛眞(赤色のバラ/ブリンガー(元エクリプス))


「また戦うのね」

「あぁ。まさかまた、だけどな」

 一度は戦う事を放棄した筈なのだが、この世界の危機はどうやら特例らしい。尤も、為す術も無くただ様子を伺っているだけというよりは、気持ち的にはマシだが。

 商売道具である生花を水に活ける瑛眞の手つきは淀みない。明日が今日と同様に迎えられる事を信じて疑ってないが故の動作だった。

「大体なぁ。お前と一緒に居るって誓った一生が、こんな短く終わって堪るか」

 憮然とした顔で言い切る瑛眞に、薔子は目を見張る。そんな表情も可愛らしいと思うのは瑛眞の欲目だろうか。

「何だよ。薔子は違うのか?」

「ち、違わないわよ」

 即座に否定されたことに、瑛眞は満足げに笑う。こんなにも愛しい彼女が付いているのだから、自分に恐れるものなど皆無である。

 表情を改めて、以前と同じ言葉を薔子に向ける。

「この美しい花に誓おう。祝福と勝利を、お前に」

 薔子の頬に片手を添えれば、彼女は瑛眞のもう一方の手を取った。

「この大きな手に願うわ。希望と愛を、貴方に」

 咲き誇る薔薇の花に勝るとも劣らない美しい彼女が光となって瑛眞を包む。

 以前と変わらない黒いタキシードを思わせるスーツ姿の男は、薔薇を思わせる細工が施されたランスを愛おし気に握り締めた。





*****


鏑木 恵音(黄色のヒルガオ/シース)


 亡き妻の写真に向けて鼓は手を合わせる。その動作自体は、ごく日常的に行っているものだった。しかし、今日は目を伏せている時間がいつもより長い。

 不思議そうな愛娘の視線に気付いた父親は、ふわりと表情を和らげた。

「恵音と、恵音の生きていく世界をちゃんと守るからって、お母さんに伝えていたんだよ」

 星の騎士である以上、戦う事を避けては通れない。世界の危機であるのなら尚の事だ。

 それでも、何よりも大切な存在だけは傷付けることなく守り抜くからと、鼓は恵音の髪を撫でる。最初こそ大人しく撫でられていた恵音だったが、一向にその手が離れる気配を見せないのを察して僅かに父親から距離を取る。

「恵音……!」

「お父さん。時間」

 絶望の絵に描いたような形相の父親に冷静な言葉を掛ける。

 しっかり者に育った娘に、父親はほんの少し寂し気な、同時に何処までも誇らし気な顔を向けた。

「大丈夫。恵音が一緒なら、お父さんはどこまでも強くなれるんだ」

 うん、と頷く。恵音も遠い昔に、母親に言われたのだから。

『お父さんのこと、よろしくね』と。

「ちゃんと一緒に、見てるから。だからね、お父さん、無茶はしないでね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る