ワールド:オルトリヴート 雨夜の捜査官
弥生 尚(黒色のヒガンバナ/ブリンガー)
緊急指令と銘打たれた端末の文言を確認した尚の性別不詳の美貌に冴え冴えとした色が滲む。同様に文面を眺めていた愛染もまた眉を寄せていた。
「何だァ、随分と仰々しい」
「敗北がそのまま滅亡に繋がるんだから、普段と大差無いとは思うけどね」
「ハッ、違いない」
拳を鳴らす愛染の動作は、理知的な雰囲気を裏切るには十分なものだった。眼鏡越しの目には何処までも獰猛な光が宿っている。
「分かってンだろうなァ、弥生。ブチ殺すのに変な事なんざ考えるんじゃねぇぞ」
「へぇ。一体誰に向かって言っているんだか」
冷笑を浮かべる尚の立場がどうであれ――捜査官と名乗りながら、その実ヤードに潜入している間者であっても、この世界を脅かす脅威に対して一片たりとも慈悲を掛ける心算は無かった。一応は尚の監視役である愛染だが、その気性と意思を認めているが故に「念を入れてやったまでだ」とそれ以上踏み込んでは来なかった。寧ろ戦う事に対する熱意の比重の方が圧倒的に高いと来ている。
そんな相手だからこそ、あらゆる意味でこれ以上なくやり易い。口にした煙草の先端に熱を灯し、愛染の方を向く。
「待ても容赦も私達には必要ない。そうだろう?」
睨むような視線を向けながら、咥えた煙草の先端を尚のそれに押し当て、火を宿す。
「そうだ。もう一つ要らねえものがある。私の前で取り繕うな」
紫煙と共に吐き出された言葉を残して愛染は消えた。彼が形作る銃を手に、尚は姿を街の闇に溶かした。
*****
ニコル・ヤーノルド(青色のアルストロメリア/フォージ)
今から対象すべき脅威は、かつてこの世界の崩壊を招いたそれと同種のものだという。フォージとして生まれたニコルにとって、それは知識として理解しているものでしかない筈だった。
しかし、目の前に迫り来る脅威を直に感じ取った彼女の深層心理は、それだけではない何かを訴えていた。
(あれを、私は――)
「ニコル!」
ヴィンセントの声に、ハっとニコルは呼び戻される。彼もまた、下された緊急指令に強張った顔をしていたが、それでもニコルを気遣う優しさは損なわれないままだった。
「大丈夫? ……無理しないで、って言えないのが辛いけど」
「いいえ……大丈夫です、から」
心配を掛けまいと首を横に振ってみせる。自分達に戦わないという選択肢は存在しない。目線でそれを伝えれば、やや不安げな顔のままヴィンセントは頷いた。
「本当に? ……じゃあ、行こうか」
彼もまた、戦いを避けられないことは承知していた。ニコルというフォージを傷付ける可能性に悩みながらも、それが世界の為ならばと銃を取る道を選んだのは他ならぬヴィンセント自身なのだから。
「未来に希望を繋げるために」
ヴィンセントの宣言に、ニコルは胸の前で手を組む。彼の望む未来と、彼自身を守る祈りの言葉を彼女は告げた。
「その希望が、途絶えること無く続きますように」
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