宵花と祭囃子

竜胆 蓮月(紫色のオダマキ/ブリンガー(元エクリプス))


 生者と亡者の境界も、この世界の危機という状況下にあっては多少緩くなるようだった。

 久々に己の肉体を得た蓮月は、己の掌にある狐の面を見遣る。目の部分を覆う意匠のそれは機械仕掛けの逸品だ。

 揃いのものを手にした幼馴染の顔に不安が滲む。今の状況的には尤もなリアクションなのだが、敢えて蓮月は明るい声をかける。

「前向きに考えようぜ。今回また勝てば、願いに近付けるんだから」

「うん……そうだね、兄さん」

 それに、と。蓮月は内心で言葉を付け加える。

 あきらには、まだ〝こちら側〟に来てほしくなかった。今となっては姿だけは同年代だが、彼女の幼い頃を知る年長者であるが故の、偽らざる彼女への想いだった。

 また共に年を重ねたい。一度折られても尚も諦めきれなかった願いの為に、自分たちは仮面を取り戦う事を選んだのだ。世界の危機という局面であっても、それが願いの成就に近付けるのなら躊躇ってなどいられなかった。

 顔を上げて、自分を見詰めるあきらの一途な瞳に蓮月は頷きを返し、口を開く。

「遠い日の夢を明日に咲かすために」

「明日も明後日も、新しい夢を叶えていけるように」

 言葉を交わした直後、少女は一瞬の光に消え、十代の青年も姿を消した。

 着物を纏い剣を携えた、二十代半ば程の男の姿がそこにはあった。





*****


ヒューゴ・ロビンズ(白色のヒルガオ/シース)


 荒れた空も、乾いた空気も、ヒューゴにとってはごく馴染んだものだった。

 こちらの世界に来てからは久しく縁のないものだったが、彼が嘗て生きていた戦場では日常的なものだった。

「どうしましたの? 黄昏たような顔をして」

「ン? あぁ……懐かしいってだけだ」

 尋ねたレイラが、納得したような目をヒューゴに向ける。

「えぇ。確かに、懐かしいと言えるのでしょうね」

「……覚えてんのかよ」

「何となく、ですが」

 ヒューゴより年下で、しかも当時は完全な民間人であった彼女にすら荒廃した世界の記憶は存在しているらしい。その事実に彼は顔を顰めた。

「何でそんなロクでもねぇモン覚えてんだよ」

「そう言われましても。そこで生きていたのですから。ヒューゴだって同じでしょう?」

 淑やかにレイラは首を傾げる。その瞳には、強い意志の光が宿っていた。

「だからこそ、こんな状況は打破しなくてはなりませんわね」

 ああ、とヒューゴは小さく零す。華奢な身体が持つ強さを思い知らされるのはこんな時だ。

 確かに、戦いの矢面に立つのはレイラだが、それに任せてばかりではいられなかった。彼女に向けて、言葉をかける。

「打ち上がる火が、傷付けることの無いように」

「世界中の人々に平穏を」

 自分達が居た世界の二の舞は踏ませない。平和な世界を齎すことが自分達の掲げた願いだ。思いを胸に、二人は共に戦禍へと身を投じたのだった。

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