包み込む雨音

安居(青色のヒルガオ/ブリンガー(元エクリプス))


「嫌ぁな空しとるなぁ」

 見上げた先は酷く歪んだ色、そこから降り頻る雫が地面に叩きつけられる音に安居は眉を寄せる。隣の晴夫の様子も似たようなもので、普段は明るい顔には精一杯の難し気な色が浮かんでいた。

「ホント、ヤな天気。って言うか、オレらってもう戦えないんじゃなかったっけ?」

「非常事態やしなぁ。まぁ確かにそう言われれば、最初からそんな約束だったような気もするけどな」

 嘗て、ロアテラの洗脳を解かれた際に星の騎士の力は確かに失われた筈だった。けれど今、またあの頃と同じように戦う為の力が与えられたのは、一体どういう絡繰りが働いているのか。それを知る術を持たない彼らだが、だからと言って怖気づいている訳にもいかない。

「ま、ええやろ。こんな時にもなって大人しくしてるんも決り悪くてかなわんやろ」

「それもそっか。前みたいにカッコイイあんごっちの活躍に期待ってことで。オレも頑張るぞー!」

「……ほんま、ハルが居ると頼もしいわ」

 握り拳と共に高らかに宣言する彼は、まさに名前の通りの明るさを放っている。晴れやかな態度に笑い、安居は以前と変わらない言葉を晴夫へと向ける。

「明日天気になりますように」

「いつかの夢の空のように」

 童謡のそれに準えた言葉を口にする。途端に少年の姿は消えて、濃紺の袈裟姿の僧侶が一人、錫杖を鳴らして空を見上げていた。

「ちゃんと晴らさんと、〝てるてる坊主〟の甲斐もないしな」





*****


水流崎 麻斗(黄色のヒルガオ/シース)


「アンタ、またそれ飲んでるのかよ」

 赤い液体を飲むルーファスの姿に、麻斗は溜息を吐いた。

 嘗ては酒に偽造していた液体の正体を知っているから、それ自体を窘めはしない。

 吸血鬼という正体を抱えている男は、疑似血液で喉を潤しながら麻斗に笑う。

「景気付けって訳でもないけど。いざって時に力が出ないと情けないからさ」

「吸いたきゃ好きにすればいいって言ってるだろ」

「……いや。それは流石に、ね」

 己の首筋を指す麻斗に対してルーファスは苦笑してみせる。一見して緩い態度だが、折れたことは一度も無い。

「つーか、こんな世界の危機みたいな状況にもなって力が出ないとか冗談でもやめてくれよな。気が気じゃない」

「はは。本当にそんな事になったら、君に物凄く怒られるだろうね」

「当たり前だろ!?」

 睨む視線に肩を竦める。グラスの赤を飲み干した吸血鬼は、自分よりも遥かに若い青年の目を見詰める。

「君の未来に、自由を」

 それが紛れもない本心からの言葉だとは分かっている。しかし――だからこそ、麻斗もルーファスに向けて己の願いを言葉にして返す。

「アンタの苦悶に、解放を」

 我を通す事が相手の望みに沿わないものだとしても。互いを想うが故のそれは、何よりも強い感情だった。

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