彩和奇譚
英(白色のヒガンバナ/ブリンガー(元エクリプス))
ピリピリと肌を刺すような瘴気が周囲を漂っている。そういったものを齎している存在がごく身近に居るけれど、それとは明らかに種類の異なるモノだった。
「……嫌な気の巡りだ」
「そうか? 俺にとっては随分と心地が良い」
「そう感じるのは主くらいだろうな」
呵々と笑う怨霊たる男とは反対に、力を失いつつある神の一柱である存在は布面の下で眉を寄せる。見えない筈の表情を目に留めた墨虎が、英の頬と髪に挿した白椿に触れる。
「……何の心算だ」
「いや、な。今ではない気がするんだよなぁ」
何時風に掻き消えてしまうともしれない儚く、また己が喰らおうとした事も数知れない。しかし、今の墨虎は英を惜しむ気持ちに傾いでいるようだった。
「そうか。ならば、都合が良い」
世界を巡らせる風を司るモノとして、一度確かに失ったはずの力が揮えるのなら。
布面が、ざわりと吹いた風に揺れる。
「遍く渡らせし和魂の写し身として、この現世に彩を運ぶ風と為らん」
「ならば渡り巡るといい。だが最後は俺の下で吹け」
不遜な言葉と共に、墨虎の手が靡く布面を取り去り、それごと掻き消える。
白の束帯を纏った神が、携えた鉄扇を風にひらりと舞わせた。
*****
柏木 穂高(黒色のアネモネ/シース)
「怖い?」
問い掛けに杏子は一瞬首を横に振りかけて、しかし穂高の視線を受けて、観念したように俯いた。
「正直、少し……情けないとは思うんですけど」
「いいえ、アタシも同じよ。それに、急に世界の危機なんて言われてもねぇ」
嫌な気配はひしひしと感じるが。しかし、戦わなければ小さな自分達のカフェを――そこに集う人々の笑顔という、ささやかで掛け替えのない幸せを守る事が出来ないというのなら。
「でも大丈夫よ。店長……アンちゃんなら、強いから」
「えっ、そんなことは……」
「お兄さんを薙ぎ払った薙刀捌きは見事だったわ」
「か、からかわないでください!」
わたわたと表情を変える杏子から、緊張の色が抜けるのを見て穂高は目を和らげる。
それに気付いた彼女は一瞬ハッとし、次いで両手で自分の頬を軽く叩く。深呼吸を一つしてから、穂高に真っ直ぐな視線を向けて口を開く。
「大切な場所のためになら、私、戦えます。だから柏木さん、私に力を貸して下さい!」
「勿論よ。大事なものを守るため――そんなの貴女一人だけに背負わせるものですか」
何があったって、大切な貴女の事は俺が守るから。
その想いが伝わるようにと、穂高は力強く微笑んで杏子を包むドレスと揮う武器となった。
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