積層都市アーセルトレイに響くノエル
榊 恭介(黒色のヒルガオ/ブリンガー)
根城にしている特別教室の準備室、その窓から見える外の様子を伺う。
眼鏡越しに映す空は、見たことのない歪な色をしていた。隣で同様に空を眺めていた彼もまた、その綺麗な顔を顰めている。
「わぁ、ヒドい空。これじゃあデートも出来ないよ」
「全くだ」
憮然とした態度で頷く。
学校という場で、教師と生徒という立場で互いの関係を示す態度を取る恭介ではないのだが、今回は状況が状況だ。特例と位置付けても問題ないと恭介自身が判断した。
猫のようにするりと隣に身を寄せる彼の細い顎を取り、その目を見詰める。惜しみない信頼と、愛情を込めて。
「さて、授業はお終いだ。ここから先は、分かっているな?」
「じゃぁ、遊びの時間だね?それなら沢山――甘やかしてね?」
危機的状況を感じさせない程に蠱惑的で、この上なく魅力的な笑みが楓の顔に浮かぶ。それに釣られるように、恭介の口角も上がった。
「イケナイ子だ」
唇が触れる刹那、彼の姿は消える。緩く、しかし品良く着崩したタキシードを身に纏った男が、己の手にある両手剣を撫でて、小さく呟いた。
「――続きは戻ってきてから、な」
*****
ケイ(白色のヒガンバナ/シース(元エクリプス))
ピアノの上に無骨な指が下りる。一つ音が落ちるが、それだけだ。続く演奏は今この場では無かった。
その指に、別の手が触れる。比べれば白く華奢なそれは、労わるように柔らかく包み込む。伝う温かさに、アレクは険しい顔つきを僅かに緩めた。
「また、戦いに赴く事になるとは」
「……気が進みませんか?」
「いや、この状況下だ。戦力は多いに越した事はないだろう」
世界の危機など、到底看過できるものではない。自分たちがこの状況で、多少なりとも尽力出来るなら。その思いは二人に共通していることだった。
ケイ、とアレクが呼ぶ。白と黒の鍵盤の上にあった機械の手が、ケイの頬に触れた。
「――君を傷付けたくない」
「それが全て、ですか?」
赤い瞳に彼の姿を映し、嘗て口にした言葉を敢てそのままに返す。
かつて、自分達が知らず道を踏み外した時に口にした台詞であり、同時に戻ってくる切っ掛けにもなった言葉だった。
穏やかな問いに微苦笑を浮かべたアレクが彼を抱き締める、その瞬間にケイの身体は光に消えた。
戦いに赴く貴方が傷つく事の無いように。その想いを残して。
敬称のない呼称に応えるように、白馬は狭霧を抱き寄せる。
彼女の胸元に現れた一振りの剣を引き抜く。その瞬間に彼女の姿は光に消え、ただ一人を守るための衣装と為った。
白亜の騎士となった彼と、何処までも共に在る為に。
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