5.5 幸せな家族

「ハッピバースデートゥーユー」


 愉快な音楽を歌いながら、父さんは暗くした部屋の奥から現れた。五つの炎が揺れている。その下には父さんの顔よりも大きなものがあった。それは甘い匂いを漂わせながら近づいてくる。父さんの歌が止まると六つの目がこちらを見ていることに気が付いた。


「相良、火を消して」


 母さんがそう言った。だから相良は水の入ったコップを持った。


「違う違う! ふーって吹き消すんだよ」


 間一髪千宜の手が相良の腕を掴んでいた。吹き消す、コップを置いて考えてみる。


「俺の誕生日にもやっていただろ」


 千宜に言われて、相良は思い出した。あの時は白い大きな塊に、「千宜くん」と書かれたチョコレートと真っ赤ないちごが乗っていた。そして、カラフルな蝋燭があった。


「ふー」


 記憶をたどって、千宜の真似をする。炎は一瞬で消えて、代わりにリビングの電気がついた。


「お誕生日おめでとう、相良」


 相良は蝋燭が刺さっているものを見て首を傾げた。千宜の時と同じように、真っ赤ないちごが乗っている。「相良くん」と書かれたチョコレートも。けれど、その下の塊は白ではなく茶色だった。


「これは……?」

「チョコレートケーキだよ」

「千宜の誕生日の時、チョコのプレート食べて喜んでいたでしょ。だからチョコにしてみたの」


 父さんと母さんが教えてくれた。確かに、千宜の名前が書かれたチョコレートを不思議に思って見つめていたら、食べさせてくれた。どうやらそれが影響しているらしい。


「ショートケーキの方がよかった?」

「ケーキ?」


 この茶色いものも、あの白い塊も同じケーキという食べ物なのか。


「相良にとっては全部が初めてだからね。少しずついろんなことを試してみればいいよ」


 父さんの笑った顔がこちらを向く。


「プレゼントだ。開けてごらん」


 渡されたのはケーキより少し小さい赤い袋。角張ったものが入っているのが分かった。相良はそのリボンをほどく。しっかりとした青い紙の箱にアルファベットが書いてある。これが何かわからないまま、今度は箱を開けてみる。蓋を外すとペンのような形をしたものと、黒い液体が入った円状の容器が入っていた。


「万年筆だよ」


 相良は万年筆を知っていた。千宜の部屋で、何回か見たことがある。

 不意に、箱に触れていた手がビリっとした。流れ込んでくる映像。この箱を手に持って微笑む父さんが見えた。


「……ありがとう?」

「うん、どういたしまして」


 相良はもう一度万年筆を見た。自分の内側が少し熱くなって、変になるのが分かる。この感情が何かを、相良はまだ知らない。


「ケーキ切れたよ」


 円から三角になった茶色いチョコレートケーキが相良の目の前に運び込まれる。フォークを手に取ってその上の柔らかい部分を少しだけ乗せる。一体どんな味なのか。甘いチョコレートの匂いを感じてから相良はクリームを口に入れた。


「いい顔!」


 母さんがそう言って、父さんも千宜も笑った。


「おいしい」


 今なら真似できるような気がして、相良は同じように目を細めた。

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